#15 Parallel

「平行世界って知ってる?」


 唐突すぎたセトの質問に、文乃はポカンとした。

 愛歌と共に緤那達を送り出した後、文乃は自室で積みプラを崩していた。休日であり尚且つ緤那もいないため、コンタクトを外して眼鏡をかけている。


「知ってるけど……それがどうかした?」

「たまに考えるんだ。戦いのない平行世界があるとして、文乃はどんな生き方をしてるんだろうって」


 セトは他のプロキシーとは違い拠り所である文乃を愛している。しかしあくまでも恋人のような愛ではなく、家族愛に近い。

 時折セトは文乃のことを、そして平行世界の文乃のことを考える。

 平行世界は、ベースとなる世界に分岐点が現れることで生まれる。勿論今現在文乃が生きている世界も分岐した世界の1つであり、どこかで誰かが分岐点に立てばその都度世界は生まれる。

 世界が分岐して2つの世界が生まれれば、僅かながらその2つの世界は違う結果を呼び、違う未来を歩む。

 Aの未来を選べばいつか幸せな家庭を築けるかもしれず、Bの未来を選べば孤独のまま一生を終えるかもしれない。或いは、どちらの未来を選んでも幸せな未来が確定するかもしれず、どちらを選んでも絶望の未来が確定するかもしれない。

 どこかの分岐点で平行世界が生まれ、それぞれの世界でそれぞれの文乃が生きている。しかしそれぞれの世界で文乃は別々の未来を歩んでいる。

 それぞれの文乃の未来を考えていれば、セトは退屈しなかった。


「さあね。平行世界なんてあるかどうかも分からないし、考えたことも無い」

「あるよ。原初の神の1人……フォルトゥーナが、世界を作った時に「運命」を植え付けて、世界が分岐するようにした。そのせいで世界はいくつもの分岐点で枝分かれしてる。この瞬間だって、分岐した世界の1つにすぎない」


 フォルトゥーナは世界を彩るために、運命という概念を世界に植え付けた。人と人の出会いは勿論、ゾ=カラールが植え付けた漠然とした死を補正するように寿命を作り、その他様々な捉え方ができる"運命"を与えてきた。

 しかし平行世界は運命を与えてしまったが故に生まれてしまった存在、言わば予期せぬ誕生である。

 それでもフォルトゥーナは平行世界の誕生すらも運命だと受け入れた。かつてゾ=カラールに、無限に創られ続ける平行世界の管理について問われたが、それについては平行世界の自分達に任せると答えた。


「……まあ平行世界の私が何してるかは知らないけど……多分私はどの世界でも、アニメが好きで、特撮が好きで……緤那さんを愛してると思う」


 全ての生命は平行世界の自分のことなど分からない。

 今はプレイヤーとしてプロキシーと戦う文乃も、平行世界ではただの人間として生活しているかもしれない。それは文乃に限らず言えることではあるが。

 緤那と出会っていないかもしれなければ、そもそも緤那と出会う前に死んでいるかもしれない。

 しかし文乃は文乃であり、他の何者でもないことを知っているため、どの世界でもいつかは緤那に会えると信じている。仮に出会う前に死んでいれば、何かに転生して必ず出会うと信じている。


「緤那への愛は深い、か……」

「海溝より深く、空よりも果てしなく、絵画よりも美しい愛よ」

「まあ、その愛してる相手に強制的にグロ動画見せるなんて、結構病んでるけどね」

「苦手を克服して欲しいって言う純粋すぎる愛だと思うけど?」

「……やっぱり病んでる」


 強い愛も、捉え方次第では狂気になる。

 かつてクピドが言っていた言葉の意味を、セトはようやく理解した。


 ◇◇◇


「ねえ緤那、1つ聞きたいことあるんだけど」

「何……?」


 ベッドに転がり、グロ耐性強化計画による精神的な疲労を癒していた緤那に、ナイアは計画開始以前から気になっていたことを質問した。


「人が死んでるとこ見て、人はそれを楽しめるの?」

「……ん?」

「さっき見てた映画でも、緤那が見てるアニメでも、いっぱい人が死んでた。緤那達はそんなの見て楽しめてるの?」


 ナイアは神を名乗るプロキシーとして、人間とは一線を画す存在であることを自覚している。それ故に人間の抱く思考と自分達の抱く思考の違いから生まれる疑問もある。中でも、人が死ぬ様を視聴する人間達には疑問しかなかった。

 プロキシーも神も人間を愛している。人間を削減しようとしたクピドも、人間を愛しているからこそ、人間の未来を救うために現人類の削減を目論んだ。

 他のプロキシーも、人類と世界を愛しているからこそ、クピドの意志を継ぎ人間を殺そうとしている。決して人を殺すことに悦びを感じている訳ではなく、そもそも人の死自体は好きではない。


「……作品の中で人が死ぬのは、作品を美しくするための行程。死ぬこと自体が美しいとは思ってないし、死ぬ場面だけを楽しむ人なんてそんなにいない」

「じゃあ何で生物がいっぱい死ぬ作品を作るの?」

「命を理解してない人達に、命の意味と重みを知ってもらうため。あくまでも私の見解だけどね」


 命について決定的な出来事に遭遇しない限り、人は命の重みを理解しない。故に子供や動物を虐待したり、私利私欲のために平気で人を殺す。

 そんな人間のために、命をテーマにした美しい作品や、命を過激に表現する作品が存在する。


「皮肉……死を目の当たりにしないと命を理解できないなんて」

「それにそんな作品があったからって、命を粗末に扱う人は多分居なくならない。所詮、人間なんてそんなもんよ」


 命はいくつもの死を積み上げ成り立っている。全ての人間がそれを真に理解できるはずがない。無論、緤那でさえも。


「どうする? いっそ人間削減してみる?」

「……緤那が望むなら私はそうする。けど、できることなら私は人間を信じたい」

「信じたところで人間は変わらない。何年何十年何百年経ってもね」


 その時ナイアは理解した。緤那は人類へ絶望していると。


「……緤那、昔何かあったの?」

「何も無いよ。ただ……人が嫌いなだけ」


 ナイアは思った。平行世界の緤那も同じことを考えていれば、もしかしたら人類削減を目論み、人類を敵に回した未来もあるのではないかと。

 しかし現時点での緤那は愛している人間がいるため、人類削減を実行には移さないだろう。


(もし文乃が人間に殺されたら、緤那は……)


 それ以上考えれば、ナイアは緤那に恐怖心を抱く。そう感じため、ナイアは話題と思考を終わらせた。

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