#16 Lingerie

 文乃は事ある毎に緤那のことを考えている。休日の寝起きでも、出先でも、テレビを見ている時も例外ではない。無論、授業中でさえも。

 1時間目の英語では、さながら「聞き流すだけで英語が話せるアイテム」のように授業を聞き流し、緤那との会話シミュレーションをする。

 2時間目の数学では、真面目に授業を受けながら真面目に緤那の姿を思い浮かべ、教師が不意に放った「代入」という言葉に反応した。なぜ反応したかは割愛。

 3時間目の科学では、後日緤那と鑑賞するアニメや映画を考えながら、教師の「結合」という言葉に反応した。なぜ反応したかは割愛。

 4時間目の体育では、飛んでくるボールをプロキシーの攻撃に例え回避し、プロキシー繋がりで緤那が連想された。おかげで文乃は最後までボールに当たることなく生き残った。

 昼休みでは、オタク仲間であるクラスメイトと弁当を食べながら、珍しく緤那のことを考えずにアニメについて語り合う。

 5時間目の美術では、デッサンのモデルである女性の彫刻を見つめ、緤那の方が美人であると考える。

 6時間目の歴史では、もしも自身と緤那が「その時代」にいたならば、2人はどのように出会いどのような未来を歩むのだろうと考える。

 そしてほぼ一日中緤那のことを考え、退屈な6時間の授業は終了した。


「じゃあね文乃~」

「じゃ~」


 電車通学の文乃は駅に向かい、途中ですれ違う自転車通学の友人と手を振り合う。次第に友人が見えなくなり、文乃は駅に着く。

 文乃達の通う白羽高校は比較的自転車通学者が多く、電車通学の生徒は各々用事や到着タイミングの影響があり、駅に生徒が密集することは殆ど無い。


「あ……」


 駅の自動販売機の前に置かれた青いベンチに、スマートフォンと向き合う緤那が座っていた。

 風に靡くアッシュゴールドの髪からは、相変わらずシトラスの香りが放たれている。

 緤那の横顔と香りに恍惚とした表情に変わる文乃だったが、すぐに理性を取り戻し緤那に歩み寄る。


「緤那さんみーっけ」

「……かわいい」

「……2日ぶりに会っての第一声がそれですか」

「だって今の言い方かわいかったもん。勿論文乃も可愛いけど」


 文乃は緤那の隣に座り、周りの目も気にせずに肩を寄せ合う。

 近くにいる一般男性や一般女性はそわそわしながら2人を見つめるが、一瞬で2人の世界に入ってしまった緤那と文乃は気にしなかった。


「ん~……相変わらずいい匂い。シトラスの妖精とか名乗ってみます?」

「妖精って柄じゃないし、そもそも恥ずかしいから無理。文乃この後暇?」

「帰って緤那さんのこと考えながらオナ……」

「暇ね。じゃあ一緒に買い物行かない?」

「いいですよ。その後は帰ってオ」

「女の子が外でそんな卑猥なこと言うんじゃありません」


 身を寄せ合いながら会話をする2人を見ながら、周囲の人間は「そわそわ」を通り越して「ムラムラ」しているのだが、緤那と文乃にとってはどうでもいいことである。


「ところで何を買うんですか?」

「新しい下着」

「是非お供させて頂きます」


 緤那の下着選びに付き添える喜びを噛み締めながら文乃は拳を強く握り、数秒後に電車が到着したため緤那と共に立ち上がった。


 ◇◇◇


 商店街のチュ○ュア○ナに出向いた緤那と文乃は、緤那の下着を探すと同時に少し店内を探索した。

 最終的に緤那は下着を3セット(うち1つは文乃の推し)購入したが、文乃は何も買わなかった。しかしなぜか緤那よりも満足気な文乃を見て、店員は何かを察したのか顔を赤らめていた。


「可愛いのあってよかったですね」

「だね……けど文乃が選んだのは学校に着けてくにはちょっと派手というか、なんというか……」

「卑猥ですね」


 文乃が推したセットは、選んだ文乃ですら少し卑猥だと感じている。

 色は黒でレース生地。ブラは辛うじて乳頭と乳輪を隠せているものの、全体的に透けている。ショーツも同様に透けているが、それ以前に股上が浅く、履けば恐らく僅かに尻がはみ出る。

 プライベートであれば着用できるが、体育などで脱ぐことのある学校に着けていくには少し向いてないように思える。


「けどその下着を着けて登校して、なんとかバレないように1日過ごすのも面白くありませんか? 勿論体育がない日で」

「……バレたら恥ずかしいし、これはもうプライベート用確定」

「私と2人きりになれる日もプライベートに含めてくださいね」





「……聞こえましたね」

「うん……行こう」


 か細く、雑踏に掻き消されてしまいそうな女性の声。

 それでも緤那と文乃は聞き逃さなかった。

 拠り所になった人間の声は、言わば助けを求める声。その声を聞き逃さないのは、緤那や文乃が敬愛するヒーロー。

 今、緤那と文乃は普通の人間には無い力を持っている。そして、拠り所から分離したプロキシーを殺せるのは緤那達プレイヤーのみ。

 即ち、緤那と文乃は助けを求める拠り所にとって、ヒーローである。ヒーローは声を決して聴き逃さない。


「誰かが私達を呼んでる」


 2人は声の聞こえた方へ走る。

 パイロンのように立ち塞がる通行人を躱し、商店街を抜け、横断歩道の前で立ち止まる。

 声の聞こえたのは確かにこの近辺であった。しかし周囲に拠り所らしき人間は見当たらない。


「……いない?」

「いえ……多分この下です」


 文乃が指さす先には、地下駐車場に繋がる階段。出家したのが地下駐車場であれば、地上を探しても見つからないのは納得できる。


「行ってみよう!」


 2人は階段を駆け下り、地下駐車場の1階に立ち入った。

 駐車場内を駆け回るが、依然拠り所らしき姿は見当たらない。


「私は2階に行ってみます。緤那さんはこのまま1階を探してみて下……っと、どうやら向こうから来てくれたみたいです」


 地下2階から繋がる階段を上り、明らかに緤那達に接触しようと近付く女性が1人。


「しかも拠り所とセットか……」


 緤那と文乃に近付く女性は拠り所。中にはプロキシーが宿っていることはすぐに分かった。

 見たところプロキシーはアクセサリーを所持しておらず、未だ実体を保てない状態にある。


「私の……アクセサリー……!」


 女性に寄生したプロキシーは右手に黄色いライティクルを集約させ、手を真上に伸ばした。


「ナイア、あれは?」

「アクセサリーを引き寄せてる。もうそろそろアクセサリーがどこかから飛んでくるよ」

「引き寄せられるの!? 自分で探すんじゃなくて!?」

「言わなかった?」

「言ってない! まあいいや……とりあえず戦いに備える!」


 緤那と文乃はアクセサリーを握り、各々足に装着した。


「「変身!!」」


 2人を包む黒と緑のライティクルは、暗い駐車場内を照らす。そして2人から発せられたライティクルに呼応したかのように、どこかから飛来してきたアクセサリーが女性の手中に収まった。


「これでようやく出られる……」


 女性の身体からプロキシー"ネグマイラ"が分離し、アクセサリーの槍を地面に突き刺した。

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