#9 Singing
水曜日。緤那達は土曜日以降、拠り所の声を1度も聞いていない。単純にプロキシーが寄生していないのか、声が届く範囲外にいるのかは分からない。
プロキシーか出現しないことに緤那と吹雪はこれといった不安はないが、唯は蓮のトラウマから、また誰かが殺されているかもしれないと不安がっている。
しかし実際は前者であり、プロキシーは拠り所に寄生していない。
「え、緤那に会ったの?」
「うん。相変わらず綺麗やったよ」
会話の最中、吹雪は緤那の話題を出した。これまで2人の会話に緤那が出たことは無かったため、唯は吹雪と緤那が接触したことを悟った。
「緤那強かったでしょ」
「あー……私1人で戦ったけん見てない。でも相手の能力は液状化やったけん、緤那ちゃんやったら苦戦しとったかもしれん」
「液状化か……じゃあ私でも苦戦してたわ。出てきたのが土曜日でよかった」
唯と吹雪は同じ花屋でアルバイトをしているが、プロキシー駆除のことを考え、2人同時には仕事をいれないようにしている。
吹雪は日、火、木曜日に出勤し、月、水、土曜日に出勤。金曜日は職場が定休日であるため、2人ともプロキシーに対応できる。
もしもディノが現れたのが吹雪の出勤タイミングであれば、緤那も唯も物理攻撃が効かない液状化を前にして絶望したのだろう。
「て言うかさ……」
「ん?」
「ラリーしてるのに、よくこんな平然と会話できてるね、私達」
唯達のクラスは体育。唯と吹雪の選択科目は卓球。他の生徒達と卓球部の部室を使っているが、他のテーブルは異常な程の熱戦を繰り広げているため、唯と吹雪の会話は聞かれていない。
唯と吹雪はラリーを始め暫く経っているが、ラリーも会話も1度も途切れていない。
「戦いのお陰やない? 唯もアスタと喋りながら戦うでしょ?」
「あー……なるほどね」
11月とは言え、動けば汗が流れる。唯と吹雪がピンポン玉を打ち返す度に、2人の身体を流れた汗は煌びやかに宙を舞う。
永遠に続くように思えたラリー。しかし授業が終わる15分前、吹雪が打ったピンポン玉はネットに当たり、ラリーは唯が制した。
「がぁぁぁぁ!!」
「ぅっしゃあ!!」
唯は両拳を天に掲げ、吹雪は床に両膝と両肘をつく。
ラリーが始まる前、2人はある決め事をしていた。その決め事とは、
「吹雪の奢り決定!」
負けた方が自販機のジュースを1本奢るという高校生あるある、である。
◇◇◇
「何飲もっかな~」
「ぐぅ……次の勝負は私が勝つ」
放課後、自転車から下りて自販機の前に立つ唯と吹雪。炭酸から水までが揃っている、どこにでもある平凡な自販機。唯は少し悩んだが、
「じゃあ……これ!」
選んだのは、○鷹でした。
「綾○好きやね……私は綾○より伊右○門派かな」
そう言いながら、吹雪は小銭を自販機に投入した。
「あ、伊○衛門派なのに爽○美茶買うんだ」
「今の気分は爽健○茶やもん」
2人はキャップを開け、各々お茶を口の中に流し込む。
しかしお茶を飲み込んだ瞬間、拠り所の声が唯と吹雪の脳内に響いた。声には慣れているものの、飲み込んだ直後であったためか2人は噎せた。
「出勤前に出現とかぅげほっ!」
「唯はバイト行きや……っと、違う違う。ここは私に任せて……早く行きげほっ! うぇ……ごほっ!」
噎せながらも会話を成立させる唯と吹雪。今日は水曜日であるため、今日の駆除担当は吹雪。唯はプロキシーから目を逸らし、バイト先に向かわなければいけない。
「んじゃお言葉に甘えて。気を付けてね」
「あいよ!」
吹雪は拠り所のいる方へ走り、唯は予定通りバイト先へ向かった。
「吹雪!」
「ナイスタイミング緤那ちゃん!」
別ルートから走ってきた緤那と遭遇した吹雪は、咄嗟に緤那の走るテンポに合わせた。緤那は運動神経が秀でている訳では無く、対する吹雪は運動神経に自信がある。もしも2人が本気で走れば、緤那は吹雪に置いていかれる。
「また液体のプロキシーだったら任せていい?」
「モチのロン! っと、見つけた!」
発見した時、プロキシーはアクセサリーを取り戻し、拠り所から分離している最中だった。
青いショートヘアのプロキシーは、ナイアもアビィも見覚えがない。何せそのプロキシーは、プロキシーが3分割された後に、天国を管理するために生み出された存在。ナイアもアビィも天国担当ではないため、知らないのも無理は無い。
「髪の色的に……水?」
「であって欲しいけど……とりあえず分からない以上、油断せずに行こう!」
2人はアクセサリーを装備し、
「「変身!」」
ライティクルを纏い融合した。青いプロキシー"二ーシャル"は、融合の瞬間を目撃し衝撃を受けた。
二ーシャルは当初、人類削減を目論んだクピド派ではなかった。しかし第二次世界大戦を観測するうちに人間に絶望し、二ーシャルは他のプロキシー同様に人類削減、もとい絶滅を目論んでいる。
しかし滅ぶべき人間と、分かり合うべき同胞が融合している。その瞬間二ーシャルは察した。ナイアもアビィも、二ーシャルとは違う思考を持つ"敵"であることを。
「敵……殺す」
二ーシャルはアクセサリーであるレッグアーマーに青いライティクルを集約させ、能力を発動した。
「「っ!!」」
緤那と唯の前に立っていた二ーシャルは、いつの間にか2人に分裂していた。分裂の瞬間は見ていない。否、見えなかった。
「同じプロキシーが2人……!?」
「いや違う! 3人!」
吹雪に言われて、緤那は初めて二ーシャルの数に気付いた。しかし緤那が2人と言えば吹雪が3人と言い、吹雪が3人と言えば緤那が4人と言い、緤那が4人と言えば吹雪が5人と言う。
二ーシャルは音もなく数を増やしていく。そして増えた二ーシャルは各々別の動きを見せ、緤那と吹雪を混乱させる。
「殺す」
「お前」
「達」
「敵」
「殺す」
「お前」
「達」
「敵」
「殺す」
「お前」
「達」
「敵」
二ーシャル達の声は徐々に重なり、聞くものを発狂させるような輪唱を続ける。
「あああ! 頭がおかしくなる!」
「吹雪! 半分は任せた!」
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