#8 Blaze

 拠り所の声が聞こえた方へ走る緤那。その途中、緤那は唐突に違和感を覚えた。

 これまで緤那は、今回を含め3回プロキシーに出会っている。しかしその3人は、全て色絵町内で出現している。偶然かもしれないが、なぜか気になってしまった。

 思考を共有しているナイアは緤那の違和感を聞き取り、走る緤那に違和感の答えを吹き込んだ。


「偶然じゃない。プロキシーは色絵町にしかいないし、アクセサリーも色絵町にしか存在しない」

「何で?」

「この町は呪われてる。原初の神が世界を作った時に何かしたのか、なぜか私達はこの土地から抜け出せない」


 プロキシーの本体とアクセサリーが分離した際、拠り所探しとしてナイアは彷徨った。その途中でナイアは色絵町の外に出ようとしたが、まるで見えない障壁に阻まれたかのようにそれ以上前には進めなかった。

 何度か試したナイアだったが途中で諦め、色絵町内で拠り所を探した。


「地縛霊みたいなもの?」

「地縛されてる霊ね。けど人間に寄生してれば出られるみたい。実際、緤那の学校は色絵町の外にある」


 寄生している間、プロキシーの実体は人間という扱いになるのか、拠り所の中にいれば色絵町の外に出られる。そのため、必ずしも外に出られないという訳では無い。

 しかし、なぜ外に出られないのかはナイアですら分かっていない。


「見つけた!」


 発見したプロキシーは既にアクセサリーを入手し、拠り所から出た後だった。

 プロキシーの名はディノ。かつてナイア達と共に現世を管理していたプロキシーであり、ナイアもディノを覚えていた。


「ディノか……確か能力は液状化だったかな?」


 ディノの持つ能力は、自らの身体を水へと変化させる液状化。液状化を使用すれば、まず物理攻撃は効かない。そのことに気付いたナイアは、優勢で戦いを進めることが難しいと感じた。


「やったら、私の方が向いとるね」

「……プレイヤー?」


 突如ダークブラウンの髪の少女が現れ、緤那達に声をかけた。

 緤那はその少女を知らない。しかし、少女は緤那を知っている。


「私は吹雪。ここは私達に任せて……水が相手なら私は負けない」


 現れたのは唯の友人、高山吹雪。吹雪もまたプロキシーとの親和性が高く、プレイヤーとして活動している。


「アビィ!」


 吹雪はスカートからぶら下げたチェーンを掴み、ジャマダハルに変化させた。同時に吹雪の中から韓紅の髪のプロキシー"アビィ"が現れ、吹雪の隣に並び立つ。


「「変身!」」


 吹雪とアビィは赤いライティクルに包まれ、融合、変身した。

 ダークブラウンのロングヘアは韓紅に変わり、服は赤と灰色のランニングシャツとランニングパンツに変化。

 雨の中両手にジャマダハルを持ち、ランニングウェアで路上に立つ吹雪を見て、緤那は周囲の目が気になってしまった。それと同時に、プロキシーが纏う服が独特であることにもようやく気付いた。


「緤那ちゃんはそこで見てて。私達強いから」

「え……?」


 緤那の記憶が正しければ、緤那と吹雪は初対面であり、尚且つプロキシーを発見してから1度も"緤那"という単語は出ていない。


「拠り所と融合したの? アビィもナイアも物好きね」

「あれ、私のこと覚えててくれたの?」

「一時期とは言え、アビィもナイアも一緒に現世を管理してた仲でしょ。忘れるなんて有り得ない」


 ディノの発言に対し、ナイアは「ギクッ」といった反応を示した。


「……まさか全員の顔と名前覚えてないの?」

「……いや、数多かったじゃん? それで……まあいいでしょそんなこと」


 ナイアの記憶力を思い知ったディノは、呆れた表情でため息を吐いた。


「で、どうする? 私は削減なんて興味無いけど……私達は戦う運命。分かってるよね?」

「勿論分かってる。だからこうやって殺しに来たんじゃない。まあ相手するのは私じゃないけど」


 プロキシー達はリセット云々よりも先に、自分達はこの世界にとって不要な存在であると思っている。元より、原初の神が世界を創った時点で、神とプロキシーが存在する理由なんて無かった。

 プロキシー達は例え友人であっても、この世界にとっての害である自分達を殺す必要がある。そう思っているからこそ、クピドのような性格をしていなくとも、プロキシーと出会った時点で戦いを始める。


「てな訳で、あんたの相手は私がしてあげる」

「……初めて戦う相手はアビィか……どっちが強いか決めようじゃない」


 ディノはアクセサリーの西洋剣を構え、アクセサリーにライティクルを集約させた。


「悪いけど、もう決まっとるよ」


 吹雪はジャマダハルにライティクルを集約させ、韓紅の炎を身体に纏わせた。

 アビィの能力は"炎"。身体から発した韓紅の炎を自在に操るという能力であるが、そこで緤那は気付いた。

 先程吹雪は、水が相手なら負けないと発言した。ゲームなどでは、基本的に火は水に弱い。実際、火に水をかければ簡単に消える。

 しかし吹雪が纏う炎は、雨の中でも全く弱まっていない。


(あの自信は一体……)


 ディノは能力を発動し、身体を液状化させる。


「来いアビィ!!」

「言われなくとも!!」


 吹雪は助走をつけジャンプする。緤那程の跳躍力はないが、それでもプロキシーによる身体能力の上昇により、普通の人間よりは高い。

 身体に纏った炎は脚に集約され、ライティクルの光と共に吹雪は輝きを放つ。


(またこうしてアビィの炎を見られるなんて、それもアビィの炎に消されるなんて……私は幸せだ……)


 吹雪は分かっていた。自分の能力ではアビィに勝てないと。アビィの炎の前では無力であると。


「「キッキングブレイズ!!」」


 吹雪のプロキシースキル、キッキングブレイズ。温度を上げた炎を集約させ、対象に飛び蹴りを放つ。当てた際に相手の身体へ炎を移す、或いは炎の熱を流し込むことで体内の水分を蒸発させることができる。

 キッキングブレイズは液状化したディノを蒸発させ、ディノは跡形もなく消滅した。


「……どう? 私、強いでしょ?」


 単なる偶然であるが、ディノが消滅した直後に雨は止み、雲が割れ青空が顔を覗かせた。


「お、晴れた晴れた。いやー、それにしても緤那ちゃんがプレイヤーやったとは」

「……ねえ、なんで私の事知ってるの?」


 怪しい人物かもしれない。そうとも思った。しかし吹雪は怪しくもなければ、緤那にとってマイナスになりうる存在でもない。


「初めて見た日から綺麗な子やな~って思ってて、友達から教えて貰ったんよ。その子曰く、どうもファンクラブ的なものもできてるらしいよ」

「え……」


 吹雪の衝撃発言を受けた緤那は、瞬間的に背筋を虫が這ったような感覚に陥った。

 しかし緤那がファンクラブについて追求するよりも先に、吹雪は緤那に質問をした。


「最近プレイヤーになったん?」

「一昨日に唯ってプレイヤーに会って、その時にいろいろ聞いた」

「黒井唯?」


 驚いたような表情を見せた緤那は、「うん」といいながら首を縦に振った。


「やったら私と一緒やね。唯の友達は私の友達……ってことで、これからよろしく」

「よろしく。それより、さっきのファンクラブって一体……」


 ようやく追求のタイミングが訪れ、緤那の質問に対し吹雪は快く回答した。


「表向きには美術部なんやけど、その実態は緤那ちゃん大好き集団らしいよ。たしか100年に1人の美少女が降臨した……とか、いろいろ頭おかしいこと言ってるけど」

「うぇ、気持ち悪……って、こんなこと言ったら傷付くかな」

「寧ろ興奮して鼻血噴出するね」


 美術部改め緤那ファンクラブは、奇跡的に変態のみで構成されている。

 緤那がファンクラブを褒めれば、メンバーは興奮の後昇天。蔑めばメンバーは興奮の後鼻血。無視すれば勢力拡大。

 緤那も誰かから好かれること自体は嫌いではない。しかし歪んだ好かれ方をするのは嫌だと言うことが分かった。


「そうや、これから暇やったら一緒にどっか遊びに行かん? 交流を深める、的な?」

「丁度暇してたし喜んで。あーでも……1回帰って着替えてからでもいい?」


 雨の中傘もささずに走った緤那と吹雪は、服がびちゃびちゃになっている。


「やね……んじゃ、一旦帰ってまたここに集合でいい?」

「うん、じゃあまた後で」


 ファンクラブの存在を知り、今年に入って1番の寒気を感じたが、暇なまま終わると思われた土曜日は吹雪の介入によって楽しく過ごせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る