#10 Illusion

「うーっす唯ちん」

「ちわーっす」


 唯はバイト先「AmagiFlower」の店主、天城あまぎ樹里いつきに挨拶をした後、スタッフルームでエプロンを着て売り場に出た。

 樹里は唯と吹雪の中学の先輩であり、高校には入学せず、以前から母親が経営していた花屋で働いている。

 現在母親は花屋の隣でハーブティー専門の喫茶店を経営しており、来客に花屋の宣伝をしている。両店共に常連客は多く、ハーブティーや花ではなく天城親子目当てでやってくる客も多い。


「さっき拠り所の声聞こえなかった?」

「吹雪が行ってくれました」


 樹里は唯の少し後にアクセサリーを拾い、直後にプロキシーの拠り所となった。しかし能力、プレイヤースキル共に戦闘向けではないという理由から、樹里は基本的に戦いには参加しないらしい。

 プロキシーの名はベル。アクセサリーは盾。能力は対象プロキシーの身体ダメージを癒す"回復"。プレイヤースキルは対象プレイヤーの身体ダメージを癒す"回復"。

 プロキシーはプロキシーを癒し、プレイヤーはプレイヤーを癒す。唯とアスタも1度だけ回復の世話になったが、それ以降樹里は1度も変身していないという。


「ごめんねぇ、戦えるだけの力持ってなくて」

「先輩は私達には無い回復能力があるじゃないですか。怪我しても治してくれる人がいるから、私達は安心して戦えるんですよ」


 唯の発言に感動したのか、樹里は大粒の涙を零しながら唯に歩み寄る。


「唯ちぃぃぃぃ……」

「泣かないで下さい先輩なんですから」


 バイト先の店主をあやす唯……に偶然居合わせてしまった女性客は、そわそわしながら2人の様子を伺っていた。


「っ! いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧になって下さい」

(花を!? それとも2人を!?)


 唯の何気ない発言に戸惑う女性客は、花を選ぶ最中に時折視線を唯の方へと移した。


 ◇◇◇


「「はああ!!」」


 身体を加速させ回し蹴りで攻撃する緤那と、炎を纏ったジャマダハルで攻撃する吹雪。しかし駆除しても駆除しても一向に減らない二ーシャル。

 1人が死ねばまた1人増え、増えた二ーシャルはさらに数を増やす。


「ああもう!! どんだければ終わんねん!!」

「落ち着いて! 絶対に打開策はあるはず……勝てる方法はある!」


 苛つく吹雪に対し、緤那は冷静さを保ち打開策を考える。

 二ーシャルと対面した瞬間から現在に至るまでの流れを、何度も繰り返し脳内で再生する。ただ何度考えても一切手がかりを掴めず、緤那はまた二ーシャルの数を増やす。


(何か……何かあるはず……)


 しかし戦況は、何の前触れもなく突然傾いた。


「っ!!」


 偶然。攻撃を回避した際に、偶然緤那の視線は下に動いた。


「そこだぁぁぁ!!」


 緤那は加速を発動し、吹雪と二ーシャルの群れを突き抜け、群れの後方で待機していた二ーシャルの1体を殴る。


「ぅぶっ!」

「吹っ飛べ!」


 加速を付与した拳を腹部に受けた二ーシャルは、後方へ飛ばされたあげく壁に激突。衝撃で僅かながらも胃液が逆流し、口の中に込み上げてきた直後に盛大に吐き出した。

 拠り所に寄生するまでの間は身体がないため、プロキシーは何も食べたくても生きられる。しかし実体を持った時点で人間と殆ど同じ構造になり、人間が生きるために必要なことはプロキシーにとっても必要になる。

 親和性が高い理由からプレイヤーに寄生しているプロキシーは、拠り所が食事をすればプロキシーも食事をしたことになる。逆にプレイヤーが胃の中のものを吐き出せば、同様の負担がプロキシーにもかかる。

 実体を持ち拠り所から分離したプロキシーには、自分の代わりに体調管理をするプレイヤーがいない。食べるものは自分で調達しなければならない。限りなく人間に近いプロキシーは人間同様、嘔吐もすれば出血もする。

 最早緤那達が戦っているのは、人間と言っても過言ではないかもしれない。


「分身が……」


 緤那の攻撃を受け、二ーシャルが嘔吐した直後、吹雪を囲っていた二ーシャルの分身は一斉に消滅した。


「あれが本体……なんで分かったん!?」

「増えていく個体には影がなかった。けど、あいつには影があった」


 二ーシャルの能力は"幻"。質量のある分身を生み出し、相手を幻惑させる。分身は徐々に数を増やし、相手は増える瞬間を認識できない。

 しかしこの能力には唯一の弱点が存在する。それは、生み出した分身の影。

 実体を持ったプロキシーは、人間同様に光を浴びることで影を発生させる。しかし分身はあくまでも、実体を持ったオリジナルに似せて作られた虚像。質量は持つが、実体ではないため光は分身の身体を透ける。

 即ち、分身にいくら光を当てても、影は生まれない。

 戦いになれば、まず人は相手の足下の影など気にしない。しかし偶然視線が下に動き、尚且つ冷静さを保っていた緤那は、影の有無でオリジナルの二ーシャルを探し出した。


「アクセラレーション……」


 緤那は地面を蹴り加速する。


「スマッシュ!!」


 嘔吐く二ーシャルの数メートル手前でジャンプした緤那は、空中でライティクルをブーツに集約。アクセラレーションスマッシュを発動した。

 二ーシャルは回避も防御もできず、緤那の履いたブーツで頭部を潰された。脳や眼球が、血と脳漿と共に散乱する。


「~……!」


 飛び散った頭を見た緤那は、込み上げる吐き気を必死に堪える。顔を逸らし、電柱に手をつく。しかし緤那は堪えきれずに、口の中に込み上げた内容物を吐き出した。昼食が少なかったことが幸いし、吐瀉物は多くなかった。


「はぁ……んぐ、ゲホッ!!」

「大丈夫……?」

「ん、うん……」


 緤那と吹雪は変身を解除し、その場から去った。


「情けない……」

「死体見て吐いちゃうのは仕方ないよ。私も唯も、最初の頃は結構吐いたよ」


 人は慣れる。いずれ緤那も、死体を見ても吐かなくなるのだろう。


「ごめん、もう大丈夫だから。吹雪は早く家に帰って」

「1人で帰れる?」

「もう17歳だよ? 家に帰る位の体力はあるよ」

「そう……じゃあ、気ぃ付けてね」


 ◇◇◇


「ただいまー」

「おかえりぃ」


 リビングのドアを開け、吹雪は中にいた妹に声をかける。

 高山たかやまひかり、13歳。市内の中学校に通う吹雪の妹である。髪色は吹雪と同じだが、ツリ目の吹雪に対して光の目は下がり気味。


「あれ? お父さんとお母さんは?」

「仕事部屋で死んどった。多分後で編集さんが来るって」

「さっさと原稿終わらせんから……」


 吹雪の両親は2人組の漫画家として、月刊漫画雑誌で連載を続けている。しかし怠惰の限りを尽くしたせいで、現在死にかけの状態で原稿を進めている。


「晩御飯は……作ってないよね。それに今から作るのもな……よし! コンビニ行くよ光!」

「行こう。お父さんお母さん! 後で電話するから、ちゃんと起きとってよ!」


 姉妹仲良く買い物に行き、家族全員で食事をする。これが吹雪にとっての幸せであり、吹雪の戦う理由。

 今の暮らしを壊させない。家族の誰も殺させない。そのために、吹雪は拠り所としてアビィを受け入れた。


(光……お姉ちゃんが絶対守るから……)

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