#7 Mythology

 土曜日。

 夜明け頃から降り続く雨は、外出する予定だった人達の顔を曇らせる。

 そしてここにも、顔を曇らせる少女が1人。


「ああぁぁぁ……」


 特に外出する予定は無かった緤那。しかし雨が降っているというだけで起きた時から憂鬱。

 両親共に仕事であるため家には1人。ただ元より泊まりが多い仕事であるため、1人であることは今に始まったことではない。

 こんな日は大概スマートフォンでアニメを見ている緤那だが、戦いに巻き込まれたせいか気が乗らない。


「……ナイア~、暇だからプロキシーのこと聞いてもいい?」

「いいけど……私も全部を知ってるわけじゃないから、答えられる質問しか答えないよ?」

「暇さえ潰せれば文句はないよ」


 ナイアは緤那が横たわるベッドに腰掛け、2人は質疑応答を始めた。


「前にさ、プロキシーは神でも悪魔でもないって言ってたけど……神と悪魔って本当にいるの?」

「今はいないみたいだけどね。実際に存在していたのは5人。私達はその5人を原初の神って呼んでた」


 世界を創り、命を生み出したティアマト。

 世界に時間の概念を植え付けたクロノス。

 世界に生と死の概念を植え付けたゾ=カラール。

 世界に運命を植え付け、平行世界を創ったフォルトゥーナ。

 世界に性愛の概念を植え付けたクピド。

 5人の神は今の世界に直結する"ベース"を作り出し、その後世界の管理を行う為にプロキシーを生み出した。

 原初の神は生命の行き着く先として、天国と地獄を創った。フォルトゥーナはプロキシーの一部と共に天国を管理し、ゾ=カラールはプロキシーの一部と共に地獄を管理。

 天国を管理することとなったプロキシーは天使、地獄を管理することとなったプロキシーは悪魔、現世を管理することとなったプロキシーは神として、プロキシーは3つに分かれた。

 ナイアは神として、クロノス、ティアマト、クピドと共に現世を管理していた。


「最初はいい感じに管理してたんだけど……いつの間にか調律を崩していって、事件が起こった」

「事件?」

「そう。事の発端は、クピドの死だった」


 ある日、現世を管理していた原初の神クピドが、何者かによって殺害された。

 世界において例外の存在である神と、神をベースに作られたプロキシーは、老いる事も無ければ病むこともない。しかしそんな神でも、プロキシー同様に同胞からの攻撃を受ければ簡単に死ぬ。

 言い方を変えれば、同胞と争わない限り神もプロキシーも死なない。

 即ち、クピドは殺された。


「現世を管理していたプロキシー、セーラがクピドを殺した。クピドは人類増殖を危惧して、増えすぎる前に人類削減を目論んでた」

「人類削減……それっていつ頃のこと?」

「……とりあえず、緤那が生まれるよりも前、とだけ言っとく」


 緤那は敢えて時期を濁した。


「人間を守る為とは言え、セーラの神殺しは重罪。セーラはフォルトゥーナが作ったアクセサリーに封印された。けど、クピドの目論みは簡単には潰せなかった」


 殺されたとは言え、クピドは原初の神。プロキシーのセーラが目論みに気付いた時には、既にクピドは必要最低限の準備を終わらせていた。

 クピドは知っていた。人間は短気で、少し叩けばすぐに熱くなる。そして、人間は大義名分のためであれば、躊躇い無く人間を殺すと。


「クピドはガヴリロって人間に細工をして、1914年に6月に事件を起こした。そして翌月クピドの目論み通り、人間は戦争を起こした」

「1914年……第一次世界大戦!」


 クピドはセルビア人のテロリスト、ガヴリロの身体をほんの少しだけ改良し、発砲した銃弾が的中する確率を上げた。ガヴリロの発砲は事を大きくし、最終的に第一次世界大戦を勃発させることとなる。


「その通り。世界大戦を起こせば、人間は必ず数を減らす。クピドはそう考えて、最も戦争を起こしやすい状況を見つけて細工をした」


 第一次世界大戦は地球の歴史に残る大きな戦争である。教育を受けている者であれば知らない者はいないであろう。

 地球の歴史の中で起こった戦争の中でも特に激しく、死者は数千万人にも及ぶ。そしてこの時期、スペイン風邪によるパンデミックが起き、人類は数を減らした。


「戦争が終わって、ようやくクピドの災いが終わったと思ったのに……今度は誰も干渉せずに人間は戦争を起こした」


 1939年、現世では第二次世界大戦が勃発した。第一次はクピドの干渉により開戦したようなものだが、第二次に関しては神もプロキシーも一切干渉していない。

 干渉していないにも関わらず、人類は歴史上最悪とも言える戦争を起こした。戦死者数は第一次世界大戦よりも多く、無慈悲な大量虐殺も行われた。


「私達は戦争で人間達が死んでいく様を見て絶望した。何で人間同士がこんな無慈悲で、残酷で、非人道的な戦いを起こすんだろうって」

「……それは私も賛成。アニメ見てて、どれだけ戦争が愚かなことか知ってるから」

「教科書や授業じゃなく?」

「所詮教科書なんて規制に規制を重ねた結果だから、戦争を描いたアニメの方がリアルで残酷な印象を持てるもんなの」


 緤那は時折、戦争を題材としたアニメを見ている。

 戦争ものが好きという訳では無い。ただ、目を背けてはダメだと思っている。

 学校で習う範囲では、戦争の名前や出来事を知れてもどれだけ残酷かは伝わらない。だからこそ戦争を鮮明に描いたアニメを見て、緤那は戦争と向き合っている。


「……とにかく人間は、2度に渡る世界大戦で数を減らした。クピドの目的は果たされたってわけ……っと、ちょっと話題逸れちゃったけど、神は本当にいたよ」

「……つまり、オリジナルの神は4人だけなんだよね。なら神話に出てくる神とか悪魔って、全部プロキシーなの?」

「神話なんて所詮人間が作った壮大なおとぎ話。最初に"この作品はフィクションです"って付けるべきよ」

「あ、あー……フィクションね……」


 この瞬間、世界中に伝わる数々の神話は、かつて神と呼ばれたプロキシーによって全否定された。


「神話にはナイアって出てくるの?」

「出てきてたけど、なんか名前違ってるし、それ以前になんか見た目気持ち悪いし……最早私じゃない」


 ナイアは神話において、ニャルラトホテプと呼ばれる存在になっていた。


「それ以前に1番許せないのは、なんか神が男女に分かれてることよ!」

「違うの?」

「男と言うか雄は世界創造の際に作られたただの汚物! 繁殖のためだけにある精子袋にすぎない!」


 全力で男を否定した挙句暴言を吐くナイアは、プロキシーと対面している時以上に熱かった。


「男がいないんだったら、プロキシーはどうやって増えるの?」

「私達はライティクルの塊。繁殖なんてしないし、繁殖能力も無い。交尾も必要ない。そもそも何!? あの雄の股にぶら下がってる棒と袋! 気持ち悪いんだけど!?」

「ナイア落ち着いて!!」


 ヒートアップするナイアを制止する緤那。そんな矢先、緤那とナイアの脳内に拠り所の声が届いた。


「さあ行くよナイア! もうこの話はおしまい!」

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