#6 Love
玄関のドアを開け、唯は自宅に入る。
靴を脱ぎ、リビングに入る。
ソファにバッグを置き、隣の和室に移動。
和室に置かれた仏壇の前に座り、遺影を見て笑みを浮かべる。
「ただいま、蓮」
遺影には小学校の制服を着た唯の弟、
登校前には必ず「行ってきます」と言い、帰宅後には必ず「ただいま」と言い、朝起きれば「おはよう」と言い、寝る前には「おやすみ」と言う。
「お姉ちゃん頑張るから……絶対、見つけてあげるから……」
唯には親がいない。
小学校の頃に両親が離婚し、中学校の頃に引き取り先である母親が急逝した。
子宝に恵まれなかった叔父夫婦の援助を受け、唯と蓮は現在の家で2人暮らしをしていた。
「もう少しだけ私を見守ってて……」
しかし今年の10月19日、蓮はプロキシーに殺された。
夜だったため顔も分からず、アクセサリーも分からなかった。ただ分かっているのは、緑色の髪ということだけ。
それ以降唯は蓮を殺したプロキシーを追い、緑髪のプロキシーを見つける度に本人確認をしている。
「絶対に……あいつを殺すから」
◇◇◇
夜、緤那は文乃と通話をしていた。2人は毎週通話をして、会えない寂しさを紛らわせている。
「文乃……変なこと聞いていい?」
『え?』
突然のことだった。
いつも通り、アニメの話や世間話をしていた時、緤那は全く違う話題を切り出した。
「もし、私が怪物になって、文乃のことも分からなくなったら……どうする?」
緤那はナイアと融合し、プロキシーと戦った時から考えていた。戦いの果て、自身は人間とは違う存在になり、文乃すら分からなくなってしまうのではないかと。
ナイアと融合した時、緤那は"自分の身体が自分ではなくなる"感覚に陥る。その感覚はいつか"感覚"という枠を越え、本当に緤那の身体を変えてしまうのではないかと。
プロキシーは怪物ではないが、人間に害を及ぼすという点では怪物そのもの。しかし怪物扱いされたナイアは、緤那の発言に少し眉を顰めた。
『そうですね……例え怪物になっても、緤那さんは緤那さんです。だから私は今まで通り愛します。もう記憶が戻らないのなら、また1から2人の思い出を作っていきます』
文乃は以前、主人公が人間では無くなってしまう作品を見たことがある。それ以降何度も、緤那或いは自分が人間でなくなってしまえばどうなるのか。そう考えていた。
しかし考える度に文乃は答えを出した。変わらず愛し続けると。例え自分が怪物になり、緤那に愛されなくなったとしても、緤那を愛し続ける。例え緤那が怪物になり、愛を忘れてしまったとしても、緤那を愛し続けると。
「……よかった」
『でも、1番はそんな状況に陥らないことです。非現実的な話は怖いですし、お互い努力しましょう』
非現実的な話だとする文乃。しかし状況は違えど、非現実的な話が緤那の身に起こっている。緤那だけではなく、街全体に起こっていると言っても過言ではない。
「それとさ……来週の土曜日、空いてる?」
時計を見て、再度話題を変えた緤那。緤那の質問を受け、文乃は頭の中のスケジュールを確認した。
『何も言われてないんで空いてると思いますけど……家来ます?』
「か、私の家に呼ぼうかなって。ただ夕方から用事があるから、それまでの間なんだけど」
『分かりました。なら午前中から夕方にかけて予定空けときますね』
「ありがと。んじゃそろそろ……」
『はい、また学校で……愛してます、緤那さん』
「私も愛してる。じゃあね」
通話を終了した緤那はスマートフォンに充電ケーブルを挿し、ベッドの上に置いた。
「人間は雄と雌が愛し合うって思ってたけど……愛に性別は関係ない、か」
「人間は不思議でしょ? 何せ今のご時世、同性愛なんて当たり前だし」
「……でも、同性なら交尾できないんじゃない? 子孫も増やせないし」
「……確かに子供はできないけど、その……こ、こう……び……はできるよ」
交尾という言葉に赤面する緤那を見て、ナイアは不思議そうな表情で首を傾げる。
「緤那は文乃と交尾したことはあるの?」
「~っ!! もうこの話題おしまい!!」
枕に顔を埋める緤那。ナイアは再び首を傾げた。
「やっぱり、人間で不思議……」
◇◇◇
通話を終えた文乃はベッドから下り、卓上カレンダーに予定を書き込むためボールペンを取った。
(来週の土曜日……あ……)
カレンダーを見て、文乃はようやく気付いた。なぜ緤那が指定したのが来週の土曜日なのかを。
(緤那さん……覚えててくれたんだ)
来週土曜11月18日は、文乃の誕生日。文乃にとっては特別な日であり、緤那にとっても特別な日。
文乃は自身の誕生日自体は把握しているものの、誕生日まであと何日かなどとは考えない性格である。それを知っているからこそ、緤那は会話の中で"誕生日"という単語を出さず、18日ではなく来週の土曜日と発言した。
文乃は口元を緩ませながら、カレンダーの11月18日の枠にハートマークを書き足した。
(やっぱりウチに呼ぶんじゃなくて、緤那さんの家に行くようにしよ。ウチだと姉さんいるし、声出したら聞かれちゃう)
文乃は再びベッドで横になり、緤那の姿を思い浮かべた。
(誕生日に緤那さんと2人きり……今から楽しみ……)
この日、文乃は土曜日の妄想に耽り、なかなか寝付くことができなかった。
◇◇◇
深夜2時過ぎ。色絵町の住宅街でプロキシーが実体を得た。プロキシーはアクセサリーのボウガンを持ち、実体を得た喜びに浸る。
しかし喜びも束の間、後方から飛んできたジャマダハルがプロキシーの身体を貫き、患部から徐々に炎が伸びる。
プロキシーはその熱さに悶えながら、ジャマダハルを投げたであろう後方の人間を視認。
「っ!!」
ジャマダハルを投げたプレイヤーは、飛び上がりプロキシーに脚を向けている。ジャマダハルを刺した上、飛び蹴りを食らわせようとしていた。
悶えるプロキシーだが、ただの飛び蹴りであれば難なく耐えられる。しかし、それはあくまでも"ただの"飛び蹴りであればである。
プレイヤーの身体は紅の炎に包まれ、夜の闇を照らしながら真っ直ぐプロキシーに向かう。炎を纏った姿を見た瞬間、プロキシーは自らの死を悟った。
炎を纏った飛び蹴りはプロキシーの身体を患部から分断させ、上半身を焼いた。プロキシーは熱さを越えた痛みを味わいながら、炎の中で息絶えた。
燃えた上半身は灰になり、下半身を残して先に消滅した。
(明日休みやからって、調子こいて夜更かしして正解やった)
韓紅の髪の少女は、プロキシーが燃え尽きる様を見届けた後、静かにその場から去った。
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