#5 Flower
―――お姉ちゃーん!
黒い髪の少年が、唯を呼びながら駆け寄る。
(夢か……なら、せめて夢の中でくらい)
唯は両手を広げ、駆け寄る少年を抱きしめる。
(お姉ちゃんに戻ってもいいよね、
眠りから覚めた時、唯は涙を流していた。
「お、起きた……どしたん?」
隣の席の女子生徒、
現在唯のクラスは自習中。6時間目の自習ということで、唯を含めた半数以上の生徒は寝ていた。残る生徒は読書か宿題、ゲームに没頭している。
「夢見てた……弟の夢……」
「……そ、っか……」
吹雪は「やってしまった」とでも言わんばかりに、眉を顰め頭を抱えた。
頭を上げた唯は涙を拭い、時計で現時刻を確認した。
(あと15分……もっかい寝よ……)
授業が終わるまで15分。その間に眠りについた唯だったが、夢の中に再度少年が出てくることはなかった。
◇◇◇
終業のチャイムが校内に鳴り響き、生徒達は5日間の授業からようやく解放されたことを実感した。
「
「唯~、バイト無いし、この後どっか行く……って、そんな気分でもないよね」
「気にしないで。でも今日はやめとく。一刻も早く帰って寝たい」
気遣う吹雪に対し、唯は眠気と欠伸で返した。
「じゃあお疲れ。また月曜ね」
「ん、じゃあ」
唯と吹雪は教室で分かれ、各々帰路についた。
自転車で帰宅途中、唯は焔と共に帰宅する緤那を見つけた。しかし声はかけず、気付いていない体を装い脇道に入る。
緤那と唯はあくまでもプレイヤー同士であり、現時点友人とは言えない。それ以前に、2人はクラスも違い、尚且つ唯の私情もあるため、唯は緤那と友人になろうとは思っていない。
唯には元々仲が良かった吹雪がいる。しかし唯にとってはそれで十分。プレイヤーの友人を作れば、そのプレイヤーが消えた時、確実に唯は悲しむ。絆が深ければ深い程、悲しみは大きくなる。
故にこれから作る友人は必要最低限に抑え、既に付き合いのある友人との絆だけを深めていこうと考えた。
(蓮……待ってて。お姉ちゃんが必ず……)
信号が赤に変わり、唯はブレーキをかけた。
(理由があるとは言え、ちょっと無理し過ぎじゃない?)
信号を待ちの唯は睡魔に耐え欠伸をする。唯に寄生したプロキシー"アスタ"は、唯に襲いかかる睡魔を指摘した。
(人間に寄生した可能性だってあるから……できる限りこの目で確かめて、"あいつ"かどうかを判断したい)
(でも、身体には気をつけてよ。戦い過ぎで倒れたりしたら、それこそ……)
(倒れない。例え四肢を捥がれたとしても、私は戦う。"あいつ"を見つけて……殺すまでは!)
唯の抱く野心は女子高生とは思えない程強く、プロキシーであるアスタですら軽く恐れた。
(今の唯を例えるなら……)
アスタは腕だけ唯の外に出し、手中から白と紫の花を唯に見せた。
その花の名はデンドロビウム。花言葉は、わがままな美女。
(わがままではあっても、私は美女じゃないし……選択ミスね)
(……謙遜するのは人間の悪いところね)
アスタは腕を引っ込め、信号は青へと変わる。
ペダルを踏み直進する唯。しかし信号を通過した直後、プロキシーに寄生された人間の声が聞こえた。
(帰って寝ようと思ってたのに……)
唯は急遽進路を変更し、プロキシーの居場所へ急いだ。
(声が聞こえにくい……だとすれば、この分だと緤那には聞こえてないよね)
拠り所の声はある程度の範囲に響くが、通くなればなるほどその声は小さく聞こえる。
プロキシーは拠り所の方角しか分からないが、声の大きさである程度の距離は予想できる。
(唯にとっては都合がいいんじゃない?)
(……まあ、そうかもね)
◇◇◇
「見つけた……」
拠り所の身体を使い、プロキシー"アルティ"は自身のアクセサリーを引き寄せた。槍を模したアクセサリーを武器へと変化させ、アルティは拠り所から離脱。
拠り所は気絶し、その場に倒れる。その瞬間を誰も目撃していなかったため、大丈夫かと駆け寄る者も現れなかった。
「ようやく……ようやく身体を取り戻した……」
実体がある喜びを噛み締め、アルティは空を見上げる。
しかし直後、アルティの後方に唯が現れ、アルティの喜びは失われることが確定した。
「緑のプロキシー……!!」
アルティの髪色を見た途端、唯の顔は豹変した。
一見美しい緑色の髪だが、その髪は唯の内に秘められた憎悪を露出させた。唯が無意識に発した殺意は禍々しく、空を見上げていたアルティも一瞬で戦闘スイッチが入った。
「アスタ!」
唯の声に呼応し、アスタは唯の外に出る。
顔と髪型は違うものの、髪色と服は昨日緤那に見せたものと同様。
唯はリストバンドのファスナーを開け、中から手甲鉤を模したアクセサリーを取り出した。直後に唯とアスタの身体は紫のライティクルに包まれ融合。変身させた。
「
「あんたが敵だから!!」
向かってくる唯に対し、アルティは槍で応戦。しかしアルティの攻撃は回避され、ものの数秒で唯は目の前にまで接近した。
槍は中距離の相手を"寄せ付けない"という長所がある。相手がナイフなどの短距離武器であれば尚更。唯の装備は射程の短い手甲鉤であるため、槍相手であれば少々分が悪い。
しかし槍には弱点がある。それは、長いことである。もしも相手が槍をすり抜け距離を詰めれば、目では追えても槍での攻撃は困難。長所は一瞬にして短所となり、相手の攻撃を受けてしまう。
無論距離を詰められたことで、アルティは唯の攻撃を受け、腕と胴体にダメージを負った。
「フロースインフェロス!!」
ダメージを与え、唯は間髪入れずプレイヤースキル、フロースインフェロスを発動。
「ひっ!!」
フロースインフェロスは、"花"の能力を持つアスタと、花の知識を持つ唯であるからそこ使える能力であり、美しくもおぞましい技である。
発動条件として、手甲鉤で相手の身体の一部を抉る必要がある。スキル発動後、手甲鉤のダメージを負った箇所から、ランダムに植物が成長する。茎や枝はプロキシーの命を吸い、徐々に成長する。
「ラベンダー……デンドロビウムよりも、今の私に相応しい花ね」
今回咲いた花はラベンダー。
ラベンダーの花言葉は疑惑。なぜラベンダーが咲いたのか、アスタはその理由を理解した。
「最期に一つだけ聞かせて……今年の10月19日……どこで何をやってた?」
既にラベンダーは大きく成長し、美しい花を咲かせた。
「その時はまだ拠り所を探してた……」
「そっか……そうだよね、ついさっきアクセサリー取り戻したんだから……」
上がっていた唯の体温は急激に冷め、
「なら、さっさと死んで」
唯は手甲鉤でアルティの心臓を突き刺した。
(どこにいるの……緑のプロキシー……)
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