#3 Trans

 神、悪魔、プロキシー。緤那の問いに対するナイアの回答は、緤那の想像を軽く超える次元の話である。しかし緤那はナイアの話を否定することなく、入浴を終えても質問を続けた。


「次の質問。さっき、唯の姿が変わって、何かと戦ってた。あれもプロキシーなの?」

「殺された方はプロキシーだけど、唯に関しては恐らく……唯の中に宿るプロキシーと融合して姿を変えてたんだと思う」

「普段は人間で戦う時は人外ってそういうこと……でも、なんでプロキシー同士が戦わなきゃいけないの?」

「1つは本能。元々、私達プロキシーは馴れ合わない種族。それでも原初の神が世界と私達を管理してたから、私達は互いに潰し合うこともなかった」


 プロキシー自身は、なぜ馴れ合わないのか。なぜ互いに嫌うのか。その理由が分からない。ただ本能的に、自分以外のプロキシーが嫌いなのだ。


「ある時に私達は原初の神に封印されて、つい最近になって目覚めた。けどそこには原初の神はいなくて、私達を押さえつける重石が無くなった」

「で、戦いたくなったと……とりあえず今日は最後にこれだけ聞くね」


 数ある謎の中でも、緤那が最も気になっていたこと。


「なんでナイアは私の身体に?」


 それは、なぜ緤那が戦いに、ナイアの拠り所として選ばれたのか。


「私達は、原初の神が作った"アクセサリー"に封印された。けど目覚めた時、本来あるはずである私達の力は、アクセサリーに残留していた。私達はアクセサリーがなければ力を使えない……そこで、私達は人間に寄生することを選んだ」

「寄生?」

「人間に寄生して仮の身体を手に入れれば、その身体に共鳴してアクセサリーと惹き合う。アクセサリーを手に入れれば私達は力を取り戻して、人間から分離して本来の姿を維持できる」


 プロキシーは各々、能力というものを持ち合わせている。そしていつしかプロキシーは原初の神と呼ばれる存在により、能力と身体を"アクセサリー"に封印された。

 長い年月の後、とある衝撃によりプロキシーは封印を解かれた。その際、プロキシーとアクセサリーは分離。プロキシーの力はアクセサリーに残留してしまい、身体と能力は離別してしまった。

 能力を失ったプロキシーは実体を保てず、人間を拠り所とすることでようやく物体に触れられる。そして人間に寄生したプロキシーはいつかアクセサリーと惹かれ合い、アクセサリーを手にする。

 アクセサリーを取り戻せばプロキシーは本来の姿を保ち、拠り所から脱せられる。プロキシーが脱せば拠り所は意識を取り戻し、再び人間として生活できる。

 ただ意識を奪われるか否かは親和性にもより、緤那のように特定プロキシーとの親和性が高ければ意識は残る。


「ちょっと待って、本来の姿を維持ってことは……もしかして私、そのアクセサリーっての持ってる?」

「私も驚いたよ。寄生した人間が私のアクセサリー持ってるんだもん」


 説明をしていたナイアは、明らかに実体を維持している。なぜなら、緤那は既にナイアのアクセサリーを所持している。


「これまでの話から推測すると、唯と戦ってたプロキシーは力を手に入れて人間から分離したってこと……だよね?」

「そゆこと」

「だったら……なんでナイアは私の中に残ってるの?」


 ナイアの説明の通りであれば、アクセサリーを取り戻したプロキシーは拠り所から離れ、単独で行動する。しかしナイアは緤那の身体に残っている。


「どうも緤那と私は親和性が高いみたいで、なんか居心地よくて……出ようにも出られないの。それに緤那の中にいたおかげで、新しい発見もあった」


 ナイアは緤那に歩み寄り、緤那の目を見た。


「私達が戦う理由の1つは本能。そしてもう1つは、人類の保護。私達の一部は人間を減らそうとした。だから封印された。けど神がいないこの世界で封印が解かれれば、プロキシーは人類削減に出る」

「削減……だったら、戦うしかないの?」

「……多分唯に宿ったプロキシーも、人間を守るために戦う。本当は戦いたくないけど、人間を削減するプロキシーは容赦なく叩く。戦いになれば、唯みたく緤那も巻き込む。それでもよかったら、このまま私を居させてくれる?」


 普通の人間であれば、説明の後にこの質問をされれば躊躇う。なぜなら、本来であれば自分自身が関与しない争いに、人間は介入しない。それがもしも、命の危険があるものであれば尚。

 しかし緤那は迷わなかった。むしろ説明を聞いたからこそ、緤那は迷いを振り切れた。


「いいよ。人を守るために戦う……それってヒーローみたいじゃない? 私、昔からヒーローに憧れてたんだ……」

「……戦いになれば、その際にまた説明する。その方がいいと思うし」

「だね。そんじゃ今日からよろしく、ナイア」

「うん、緤那。じゃあとりあえず……」


 ナイアは再び緤那の身体に戻った。


(私が中にいる間は、緤那は声出さなくても会話できるから、人前でも何か聞きたいことあったら何でも聞いて)

(便利なもんね……)


 この日、結局緤那はこれ以上質問することは無く、詰めすぎて痛みを感じていた頭を癒した。


 ◇◇◇


 ―――……か! ……れか! ……誰か助けて!!


「っ!!」


 誰かの声で眠りから覚めた緤那は、唐突に昨日の幻聴を思い出した。

 時刻は午前5時43分。いつもならばまだ寝ている時間であるが、リアルすぎる声に怯え眠気は覚めた。


(ナイア……この声は?)

(プロキシーに寄生された人間の声よ。親和性が低くて意識を持ってかれたみたい)

(私はどうすればいい?)

(呼び声のする方へ向かって……プロキシーを殺す。アクセサリーを使って!)


 緤那はアクセサリーを拾った覚えはない。そもそも、アクセサリーがどのような見た目かも分かっていない。しかしその時、緤那の脳内に古い記憶が過ぎった。


「もしかして……」


 緤那子供の頃、知らない誰かからチェーンのついたシルバーアクセサリーを貰った。言いつけ通り常に持ち歩くため、いつも首から下げている。校則ではアクセサリーなどの着用は禁止されていないため、学校でも付けている。

 風呂に入る時と体育の時以外は常に持っているアクセサリー。そしてナイアの「持ってる」という発言。緤那の寝起きの脳は一瞬にして覚醒した。


(いつか役に立つ日……あの人は、こうなることを知ってたんだ!)


 緤那は寝巻きの上に上着を羽織り、家の鍵を閉め声の聞こえた方へと走った。


(確かこの辺りだったと……!)

「唯!」


 緤那の視界に、紫の髪の唯が映り込んだ。唯はプロキシーと戦闘をしており、呼び声でようやく緤那に気付いた。


「緤那気をつけて! こいつ……ちょっと強い!」


 退治するプロキシーの容姿は、白い髪の成人女性。左手には斧を持ち、殺人鬼のような目で緤那と唯を睨む。

 プロキシーを視認したナイアは緤那から分離し、冷静に状況を把握した。


「アクセサリーは斧……唯! そのプロキシーの能力分かる!?」

「斧の切れ味が上がってるから、多分武器強化とかだと思う! けどそれ以前にこいつは俊敏んんんん!?」


 会話を断ち切ると言わんばかりに、斧のプロキシーは唯に攻撃をした。しかし唯は驚きつつ攻撃を回避。


「俊敏……唯! その姿にはどうやってなればいい!?」

「緤那がアクセサリーを装備して、あんたが緤那の意志に応えればいい!」

「装備って……どうやって!?」

「アクセサリーを握って、戦う姿をイメージ!」


 緤那は首から下げたアクセサリーを握り、懸命に自分が戦う姿をイメージした。しかし咄嗟に考えようとしても、普段戦わないためイメージは困難。

 しかし緤那は気付いた。緤那は愛歌や文乃と、普段から"誰かが怪物と戦う姿"を画面越しに見ている。そう、特撮ヒーローである。

 緤那は特撮ヒーローの中で最も愛している存在、「仮面バイカー」の戦う姿をイメージした。ドロップキック、ラリアット、アッパー、オーバーヘッド、コークスクリュー……戦う姿をイメージするだけで、緤那の心は熱くなった。そして、


「ぅおっ!?」


 手中のアクセサリーはいつの間にか消え、緤那の脚に黒いブーツが装備された。しかしブーツというには少し禍々しく、どう見てもレッグアーマーであった。


(後は戦う意志……)


 プロキシーから人間を守りたい、それは本心である。しかしそれ以上に、緤那には戦わなければいけない理由がある。

 緤那がアクセサリーを受け取った日、緤那は元の持ち主と約束をした。アクセサリーを使い、いつか出会う"誰か"を守る、と。


(その子が誰なのか私には分からない。けど、分からないなりに私はその約束を果たしたい……!)


 未だに守るべき"誰か"は思い出せない。それならばと、緤那は"分からない"という思考を裏返した。


(出会った人達みんなを守る……それが私の戦う理由!!)


 緤那の意志に呼応したかのように、アクセサリーは黒い光を帯び、ナイアの身体は徐々に薄くなる。

 そして、ナイアの中に緤那の意志が流れ込んでくる。


「これが緤那の意志……でも、"これ"……言わなきゃだめ?」

「だーめ。言わないと戦えない」

「……なら、カッコよく言わなきゃね」




「いこう、ナイア」

「いこう、緤那」




「「変身!!」」

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