#2 Proxy
暗闇から現れたのは、緤那と同世代であろう容姿の少女。
紫の髪と瞳。上半身は紫のスポーツブラと、白い薄地のワイシャツ。下半身は股下スレスレの黒いスカートと、紫のスパッツ。外を出歩くには不向きな服装は、緤那に強い衝撃を与えた。
しかしその直後、緤那はあることに気が付く。その少女の両手には
「はあっ!!」
「ひぃっ!!」
殺される。そう思った緤那だが、少女の手は緤那を通り過ぎ、緤那の後方に存在している"何か"を攻撃していた。
恐る恐る振り返る緤那の目には、手甲鉤のダメージを受けた別の少女が映り込んだ。鎖骨から胸にかけてダメージを受け、患部から流れた血が宙を舞っている。
紫の少女は相手の少女の腹を蹴り、さらに後方へ飛ばす。そして直後、紫の少女が装着している手甲鉤が紫に発光し、蹴り飛ばした少女に右手を向けた。
「フロースインフェロス!」
蹴り飛ばされた少女の傷口から枝が伸び、徐々に少女の身体を覆う。覆った枝の一部は少女の身体に刺さり、枝は緑の葉をつけ赤い実を成す。
その植物の名は"
「櫟の花言葉は……"死"」
身体を突き破り成長する櫟は、最終的に少女の原型を無くした。後に少女の身体は砂へと変わり、櫟は消滅した。
目の前で起こる不可思議な現象に、緤那は呆然と立ち尽くす。
雲から漏れる僅かな月明かりに照らされ、少女の紫色の髪が輝く。一見すれば美しい後ろ姿だが、両手には手甲鉤。しかし、相手の体内から植物を出現させることに残酷さを思わせながらも、植物を武器とし戦うその姿はやはり美しい。
「あ、待って!」
息を吐き歩き始めた紫の少女を、緤那は呼び止めた。
「今のは一体……というか、今の女の子はどうなったの!?」
「っ! 見えてたの!?」
緤那は無論驚いている。しかし紫の少女は、緤那が戦いを傍観していたことに驚いた。
「見えてたってことは"プレイヤー"……いやでも、プレイヤーだったら存在くらい知って……」
緤那に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、紫の少女は独り言を呟く。ただ仮に全て聞こえていたとしても、緤那には理解できない話である。
「……試してみるか……」
紫の少女は手甲鉤を構え、前置き無く緤那へと攻撃した。
(あれ……私……死ぬの?)
手甲鉤は緤那の胸を抉る角度で接近する。一瞬が数秒に感じられた緤那は、紫の少女にこの場で殺されるイメージを描いた。何故なら、この距離まで詰められれば、もう緤那は手甲鉤を避けられない。
(なんか、呆気ないな……)
―――こんなところで死なせたりしない。
手甲鉤が緤那の身体を抉る寸前、紫の少女の手は止まった。否、止められた。
「やっぱり居た……」
緤那の身体から霊体のような細い腕が伸び、少女の手を受け止めていた。この瞬間を見れば、緤那には腕が3本ついていると勘違いしてしまうのだろう。
「何が……どうなってるの……」
身体から伸びる腕に混乱し、緤那は立つ力を失い尻餅をついた。
緤那の身体が動き、伸びていた腕は緤那から分離した。その様はまるで幽体離脱。しかし緤那から分離したその少女は、緤那ではなかった。
「誰だか知らないけど、私の宿主に武器向けないでくれるかな……」
髪の長さは緤那とほぼ同じ。しかし髪型は異なり、それ以前に髪色が違う。緤那のアッシュゴールドに対し、分離した少女の髪は黒。
緤那に背を向けているため分からなかったが、その少女の瞳は黄色。そして纏う服は黒のシャツとショートパンツ。緤那はその姿に見覚えがある。
それは、夢の中である。
(あ……この人……!)
「……あんた、敵? それとも味方?」
「今の私は誰が敵で味方なのかは分からない。ただ、大人しく武器を下げるのであれば、私はあなたの味方になる」
黒髪の少女の言葉を受け、紫の少女は腕を引いた。その後紫の少女は身体から紫の光を発し、光が弾けると同時に姿を変えた。
紫の髪は黒くなり、紫の瞳は少し黒ずんだ。服は緤那と同じ高校の制服に変わり、手甲鉤はチェーンのついたアクセサリーへと変わった。
「これでいいでしょ。ところであんた、何も話してないの?」
「話してない。できることなら私は戦いたくないから」
「……私の味方になってくれたんでしょ。だったらちゃんと説明して、ちゃんと戦ってほしいな」
2人の会話の内容が全く理解できない緤那は、まるで妖怪にでも会ったような表情で眉を顰めていた。
ようやく緤那に意識が回った紫の少女は、緤那に歩み寄り手を伸ばす。
「驚かせてごめんね。私は2年の
黒井唯、17歳。緤那とは学科が違うため、互いに面識はない。
何もかもが突然すぎる展開に混乱しつつ、緤那は差し出された手に掴まり立ち上がった。
「2年の志紅緤那……私も緤那でいいよ。ねえ、今の会話って……というかこの人は何?」
「んー……できれば外では話したくないから、連絡先交換してその後でもいい? 何ならこの人に聞けば、ある程度は教えてくれると思うよ」
「……じゃあ、これだけ教えて。唯は……人間なの?」
夢の中に登場し、現実にも現れた黒い少女は、直感的に人間ではないことは理解できていた。しかし緤那にとっての問題は、唯が人間であるかどうか。
「……普段は人間、戦う時は人外……ってとこかな。とにかく……はいこれ、私の連絡先」
唯はスマートフォンの画面を緤那に見せ、緤那は少し躊躇いつつもスマートフォンを取り出し、唯の画面に表示されたQRコードを読み取った。
「今この場で起こったことは、絶対に誰にも話しちゃダメだよ。私達のやってることは、普通の人間が踏み込んでいいものじゃないから。じゃあ私に連絡するかその人に聞いて、必要最低限の知識、蓄えておいて」
唯はその場から去り、まだ殆ど何も理解できていない緤那はため息を吐いた。
「戦争に災害に事件……大きな出来事は案外突然起こるものだよ」
「……教えて。私が何に巻き込まれたのか」
「いいけど、先に家に帰ったら?」
少女は何事もなかったかのように緤那の身体に戻る。まるで幽体離脱を逆再生させたような現象が起きたが、最早緤那にそんなことを気にする余裕など無かった。
◇◇◇
緤那は脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入る。髪を洗い、身体を洗い、浴槽に浸かる。ため息を吐きながら天井を見つめ、暫く閉じていた口をようやく開いた。
「……何から聞けばいいのか分からないけど、とりあえず名前教えてくれる?」
浴室の隅には、再度緤那から離脱した少女が立っている。服を着たままで。
「ナイア」
「フルネームは?」
「あなた達とは違って私"達"には苗字が無い。だから私の名前はナイア、この3文字だけ」
アニメやゲームなどでは、苗字が明言されないキャラクターが登場するのはよくあること。アニメ好きの舞那にとっては、苗字がないことくらいは大した問題ではない。
問題なのは、会話の中でナイアが自らを"特殊な個体"ではなく"集団の中の個体"であることを示したことである。
「じゃあ次の質問。ナイアの種族……といか、ナイアはどういった存在なの?」
「私達は元々、神か悪魔としてこの世界を管理してた。けど正確には、神や悪魔と呼ばれただけの存在。実際には神でも悪魔でもない。私達は原初の神から作られた、紛い物の存在」
緤那は神や悪魔といった存在は信じていない。なぜならば、誰もその存在を証明できない。
しかしナイアの口から神と悪魔という単語が飛び出し、緤那はその存在を信じざるを得なくなった。
「私達の種族の正式名称は、プロキシー。人間でも神でも悪魔でもない、言わば第4の存在」
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