《92》 描いた世界

 2018年10月28日。


「舞那ー!」


 敷島高校にやって来ていた舞那に、心葵は周りの目も気にせずに勢いよく抱きついた。


「ちょっと心葵? 今日は遊びに来た訳じゃないんだけど?」


 舞那は腕にバッグを下げており、中には以前から計画されていた合同文化祭の広告と招待状が束で入っている。

 合同文化祭は五百雀と渦音だけでなく、他校の生徒も歓迎している。特に招待状を持つ他校の生徒、或いは一般来場客は、全ての出店で割引きが適応とされる。

 一応、一校につき招待状を渡せる人数は決まっているが、心葵と千夏は特別枠として指定人数とは別に招待状を用意している。


「舞那さぁん? 心葵さんと何勝手にイチャついてるんですかぁ?」

「ち、違! 広告配りに来ただけだよ!」


 心葵あるところに千夏ありと言わんばかりに、密着する舞那と心葵を濁ったような笑顔で見つめる千夏がいた。


「その割には少し顔が緩んでますけど?」

「う……なら仕方ない」


 舞那は身体にへばりついた心葵を剥がし、千夏の腕を引っ張り自らの胸に顔を埋めた。

 舞那の香りと胸の柔らかさに、千夏の濁った笑顔は消え、癒されたとでも言いたげな表情で舞那の身体に手を回した。


「これで……許してくれる?」

「……ずるいです……でも許したわけではありません! お仕置きです!!」

「ちょっ、千夏!?」


 心葵は舞那の尻を掴み、欲望のまま揉みしだいた。


「……舞那、なんか嬉しそう?」

「気持ちいいんですか?」

「……いや、こういうのなんだかいいな~って」

「「??」」


 舞那の発言に、心葵と千夏は首を傾げた。


「さて、じゃあビラ配り終わらせて、みんなでどっか遊びに行こ」

「だね。ほら千夏も手伝って」

「はーい」


 ◇◇◇


「あ、撫子! こっちこっち!」

「遅れてごめんなさい!」


 舞那が敷島に向かっている頃、五百雀には渦音高校の生徒会長である撫子がやって来ていた。出発直前まで生徒会の仕事をやり、尚且つ電車に乗り遅れたたて、予定よりも到着が少し遅れてしまった。

 撫子は正門で理央と合流し、五百雀の生徒会室まで案内された。


「へぇ……本格的と言うか……すごくリアルですね」

「でしょ? 結構手間がかかったけど、その分面白くできたつもり」


 五百雀高校の生徒会の出店では、理央が制作したゲームをプレイできる。

 ゲームはFPS系。装備された銃でゾンビの群れを撃ち、目的地まで向かうという単純な内容である。

 しかしグラフィックはとても一般の女子高生が作ったとは思えない程リアルで美しく、モーションも滑らかで出来はとても良い。


「そう言えば、卒業後はゲーム会社を作るんでしたっけ?」

「そそ。小さいの頃からの夢だからね……そうだ! 撫子って美大に進学するんだよね。卒業したらうちに入社しない? 撫子が入社するまでには、絶対に面白いゲーム作って有名な会社にするからさ!」


 理央の進路は既に決まっており、卒業後は理央が代表を務めるゲーム会社を杏樹と共に起業する。資金は主に父親が援助してくれるため、理央と杏樹はひたすら会社を有名にすることを考えている。


「いいですね……なら、私は大学で絵を上達させて、理央さんの作ったゲームの作画を担当します」

「未来の話もいいけど、今は文化祭の準備に集中する時。撫子、悪いけど対戦して貰える?」


 杏樹の誘いに乗り、理央は椅子に座りコントローラーを握った。

 文化祭本番では複数人同時プレイで、”誰が1番最初にゴールするか”で勝敗が決まる。


「分かりました。私、結構シューティング得意なんで、負けませんよ!」


 この後、撫子の驚異的なプレイで理央と杏樹は度肝を抜かれるのだが、それはまた別のお話。


 ◇◇◇


 五百雀高校体育館。ここでは現在、生徒によるライブの練習が行われている。殆どのグループはコピーバンドだが、各々オリジナルの楽曲も作っている。


「……よし! 今から5分休憩!」

「日向子ごめーん。歌詞間違えた」


 沙織と日向子も、渦音と五百雀の友人数人とバンドを組み、文化祭に向け練習をしている。

 メンバーは6人。沙織と日向子のツインボーカルを活かすため、コピーした曲は全てツインボーカルの曲。


「大丈夫。間違って曲止めるよりも、間違っても歌いきる方が大事だし、いい判断だった。それにしても、殆ど何も考えず作ったバンドにしては、なかなか良い出来なんじゃない?」

「だね。いっそこのままバンド組んでプロでも目指してみない?」

「あーいいかも……じゃあ今度ネットに上げてみよっか。それでもし支持してくれる人がいれば、プロ目指して頑張ろっか」


 沙織と日向子にはこれと言った夢も無く、進路調査票も白紙で出していた。しかしそんな2人にも、思わぬ場で夢が生まれた。


「じゃあ練習再開! 今度は本番通り、最初から通してやるよ!」


 後日、沙織と日向子は演奏を録画し、動画配信サービス「ニヤニヤ動画」で投稿。後に若者から絶大な人気を誇ることとなる女性バンド、「TwinBlade」が世に出た瞬間になった……のだが、これもまた別のお話。


 ◇◇◇


 五百雀高校2年B組教室。


「ふわぁ……美味しすぎる……」


 ここでは飲食系の出店の下準備として、調理担当の雪希が生徒教職員に料理を振舞っていた。


「これもメニュー入り決定だね。いや~雪希が料理上手いの知ってたけど、まさかここまでとは……」

「煽てても何も出ないよ。さて、次は何作る?」


 雪希が作ったオムライスは食べた者の顔を緩ませ、普段あまり笑わない女性教員すらも笑顔にさせた。

 元より雪希は料理が得意であり、家でも基本的に雪希が料理担当。ただ雪希自体は「料理ができる」程度にしか思っていない。


「ん~……最近タピオカが人気らしいから、タピオカドリンク作ってみる?」

「あーごめん。私タピオカ嫌いだから却下。なんであんなカ○○の卵みたいなもの好んで飲んでるの?」

「……そう言われるとタピオカって……うぇ、気持ち悪くなってきた。もう、雪希のせいでタピオカ嫌いになったじゃん!」

「ごめんごめん。お詫びにパンケーキ作るから、それで許して」


 この後も雪希達はメニューを考え、文化祭本番では売上トップの出店となった。


 ◇◇◇


 水瀬高校も文化祭の準備を進めているが、龍華のクラスは店を出さず、本番はひたすら出店を回る予定である。


「龍華さん知ってます? 渦音と五百雀が合同文化祭やるみたいですよ」


 水瀬高校の学食で、龍華と雫は余り物のパンを貪っていた。


「知ってる。友達が飲食店開くから私は行くよ。招待状だって貰ったし」


 2日間行われる五百雀と渦音の合同文化祭は、他校の文化祭と重複しないよう、他校が終了した後に開催される。そのため、招待状を貰った生徒達は自分達の文化祭に参加でき、尚且つ合同文化祭にも参加できる。


「友達って……この前の?」

「うん。雫の分の招待状も貰ってるから、一緒に行こ」

「いいんですか!? やった嬉しい!」


 予想以上に喜ぶ雫を見て、龍華も笑みを浮かべた。


(……舞那……ありがとう)


 ◇◇◇


「暇だね……ねえ瑠花、これからどうする?」


 叡成高校にて、瑠花と夏海と玲奈は暇を持て余していた。叡成も勿論文化祭は開かれるが、瑠花達のクラスは出店を開かないため、言ってしまえばやることがない。


「……夏海はどうしたい?」

「……玲奈はどうしたい?」

「1周回っちゃったか……」

「……あ、ちょっと待って」


 暇な瑠花のもとに、雪希から着信が入った。


「もしもし? うん……マジで!? うん! 今から行く!」

「どした?」

「五百雀で文化祭の準備してるんだけど、友達が出店の料理作ってるから来ないかって!」

「「行こう!」」


 死人のような目をしていた3人の目は、一瞬で煌びやかな少女の目になった。


 ◇◇◇


 矛盾が起きぬよう世界を改変し、数々の調整を行った結果、完全に改変できたのは10月末になってしまった。しかし合同文化祭までに改変を終わらせられたことに加え、龍華との再会を果たした舞那は十分に満足していた。

 全てが変わった世界を眺めながら、メラーフは透明のアクセサリーを見つめている。透明のアクセサリーは翼を模しており、中には舞那の力が封印されている。

 舞那は世界を改変した後に、自らの神の力をアクセサリーに封印した。その後アクセサリーをメラーフに預け、舞那は人間として、人の世に溶け込んだ。


(舞那……君が書き換えたこの世界では、今後また戦いが起こるかもしれない。だが今は君の描いた理想の中で、人として生きるといい)




「また会おう」




       第1章 [完]

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