《89》 青い悪魔

 舞那のローディングは、瑠花の戦意を失せさせる程に強く、圧倒的。

 瑠花の知らない人々の、瑠花の知らない能力。これまで瑠花は、既に知っている能力が相手であったため優勢を維持できた。しかし能力無効化を失った今、知らない能力には対処ができず、明らかに劣勢。

 舞那に見せていない能力を使っても、知らない能力に阻まれ、舞那のローディングにより能力を奪われる。どれだけ能力を使っても、どれだけ足掻いても、瑠花は自らが勝利するイメージを持てず、力の差に絶望した。


「もういいんじゃない? どう頑張っても私には勝てない。神になる権利を捨てるなら、私は羽黒さんを殺さない。けど抗うなら殺す。どうする?」

「~っ!!」


 自分は強い。神の生まれ変わりである自分が弱いはずない。そう思っていた。

 しかし対峙する空色の女は、明らかに自分よりも強い。


「人類は削減するべきなのよ……これ以上増やせば、誰かが悲しみ! 誰かが死に! 何かが滅びる! 私がやらないと……この世界は終わる!」


 人が増えた結果、戦争が起こり、数々の人々や動物が犠牲となり、数えきれない程の悲しみを生んだ。加えて人間が地球を汚し破壊していくことで、絶滅してしまう生物もいる。


「だからって! 人間を絶滅させるのは間違ってる。確かに人は増えすぎた。このまま増えれば世界は……けど! 自分の生まれた世界を、星を、自分達で壊さないよう、人間は努力するはず!」


 環境破壊を防ぐために、エコと称し人類は様々な行いをしている。それは自らが生まれ育った星を守るための行為であり、地球を愛しているからこそできることである。


「努力した結果がこれなのよ! 人間がいるから氷が溶けて、生き物は減り、空気が汚され、私達は戦うことになった!」


 増えすぎた人間を減らすため、代行者と代行者が争った。そしてその結果、2度に渡り舞那達人間とプロキシーの戦いが始まった。

 戦いの原因は代行者同士の内輪揉めであると思われているが、真の原因は増えすぎた人間そのもの。人間が数を増やしたからこそ、戦いが起こった。


「それでも私は人間を信じる!」


 ―――ローディング!


 舞那は雪希の記憶をローディングし、高速移動を発動。

 対する瑠花は時間へ干渉し、5倍の速度で高速移動に対抗する。

 常人では目で負えぬスピードで攻防を繰り広げる2人だが、高速移動では時間への干渉には僅かに及ばなかった。


(だったら!)


 舞那は緤那の記憶をローディングし、緤那が使用していたもう1つのプレイヤースキルを発動。

 名は"アクセラレーションスマッシュ"。概要として、平たく言えば飛び蹴りであるが、その速度は発動前の約3倍。

 通常時の舞那が使用しても、瑠花には及ばない。しかし雪希の高速移動を使用している舞那であれば、瑠花が及ばない程の速度を出せる。そしてこの世界で舞那以上のスピードを出せる人間はいない。即ち最速。


「はあああああ!!」


 舞那の飛び蹴りを受け、瑠花は窓の外へ飛ばされた。今の一撃で瑠花の身体は大きなダメージを受け、翼を動かす力さえも出せなくなってしまった。


(やば……死ぬかも……)


 5階の窓から蹴り飛ばされた瑠花は、青い空を見ながら落下死するイメージを抱いた。

 近付く地面は固く、恐らくは血を撒き散らし苦しみながら死ぬのだろう。しかし怖くはなかった。

 町を破壊し、病院に乗り込み、関係ない人々を惨殺した罪に対する罰。そう考えれば、瑠花は不思議と死を受け入れられた。


「っ!」


 地面に激突する前に、瑠花の身体は空中で止まった。否、誰かに受け止められた。舞那は未だ病院内。そして空中に漂うことができ、尚且つ戦いに参加できる者は限られている。


「何で……助けた……?」

「……落下死すると見栄えが悪い。見たくもないし」


 空中で瑠花を受け止めたのは龍華だった。もしも龍華が舞那と出会う前の龍華であれば、恐らく瑠花を受け止めてはいないだろう。


「分かったでしょ。あんたじゃ舞那には勝てない。舞那を支持してくれるなら、私はあんたを殺さない。もし支持しないのなら、今ここで殺す」

「……私は人間が嫌い。嫌いだから絶滅させようとした。けど……木場さんは人間をどこまでも信用してる。その差かな……言われなくても勝てないのは分かってる」


 瑠花は自分以外の誰も信用せず、自分一人の力で戦い、敗れた。

 舞那は前世の記憶すらも信用し、自分達の力で戦い、勝利した。

 誰かに対し信用を抱いているのか否か。それだけで戦闘力が変わるとは言い難い。しかし実際にそのような事態になっていることを、瑠花は理解し、信用を抱かなかった自分が舞那に劣ると認めた。


「仕方ないか……私はもう諦める。後はもう、あんた達の好きにして」

「……そうさせてもらう。舞那! こっち来て!」


 龍華の声に反応し、舞那は窓から飛び出し、飛行能力で地面に降り立った。最早翼の存在意義がないが、翼はあくまでも能力の結晶体であり神の名残であるため、舞那的には特に気にしていない。


「羽黒さん、舞那のこと認めてくれたよ」

「認めた訳じゃない。諦めただけ」

「ツンデレかーわい」

「あんたぶっ殺すわよ」


 龍華と瑠花の会話に、舞那は微笑んだ。ようやく戦いが終わったのだと。


(これで……みんな元に戻る)


 決着がついたことで、舞那はメラーフを呼ぶために息を吸った。しかし舞那の中に宿るアイリスの声で、舞那は声を発する前に息を止めた。


 ―――まだ終わってない!


「っ!!」


 同時に龍華もデウスの声を聞き、緩んでいた顔を再び引き締めた。そして龍華に抱えられた瑠花は危険を感じ、変身を解除して3つのアクセサリーを遠くへ投げた。


「木場さん犬飼さん……ごめん、まだあいつは納得してないみたい……」


 地面に投げ捨てられた3つのアクセサリーは色を失い、突如ガラスのように粉々に砕けた。

 砕けた3つのアクセサリーから溢れ出た光は、徐々に人の形を形成し、完全に翼の生えた人間を模した瞬間に弾けた。


「っ!!」

「あいつは……!!」


 瑠花が纏っていたビキニアーマー風の服と、紺色の翼と髪。瑠花同様に右眼は黄色く、左眼は赤い。しかし眼球は明らかに人間のものではなく、昆虫の複眼に酷似している。

 皮膚は青く、指は鋭く、歯は鋭い。その姿は"神"と呼べるものではなく、言うなれば青い悪魔。

 その姿は最早酷似ではなく同一。それ以前に、彼女は本物の、


「エプラル……!!」


 瑠花の身体に宿っていたエプラルは自らの力をアクセサリーへと移行させ、瑠花の神の力を完全に奪い、アクセサリーを割り実体化した。


「全く……これだから人間は嫌いなんだよ」


 それはエプラルの生まれ変わりではなく、永い時を越え蘇った神、エプラル。かつてデウスにより神の力を剥奪された、破壊を好む愚かで冷徹な神。


「瑠花……もうあんたは必要ない。私の手で……私が直接終わらせる!」


 戦いはまだ終わっていない。

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