《87》 赤い拳

 色絵町内にある小さな公園。龍華はジャングルジムの上に座り、舞那の到着を待つ。


(今日で終わらせる……全部……!)


 沙織と日向子のアクセサリーを握り、龍華は今日で戦いを終結させると決意した。


「おまたせ龍華!」


 空から舞那が到着し、龍華はアクセサリーを変化させた後に変身した。龍華も舞那同様に、アクセサリーを使わずに変身できるようになった。しかし舞那とは違い、アクセサリーを使わなければ空を飛べないため、変身の際にはアクセサリーを必要とする。

 龍華は上空へ飛び上がり、空中で舞那と合流した。


「雪希ちゃんはまだ来てないの?」

「……雪希は来ない。羽黒瑠花に破壊された範囲内に、雪希の家がある。確認のために家まで行ったけど、やっぱり潰れてた。これは残ってたけど」


 龍華は銀のアクセサリーを舞那に見せた。破壊後の雪希宅を覗きに伺った際、瓦礫の中から銀のアクセサリーを見つけていた。そして戦えない雪希の代わりに、予備のアクセサリーとして持ってきていた。


「っ! 無事なの!?」

「一応ね。けどメラーフ曰く、戦える状態じゃないみたい。私があんな場所に連れていったから……」

「知らなかったもん、龍華は悪くないよ。でも……生きててよかった」


 雪希は家が崩れた際、下半身が瓦礫の下敷きになってしまった。一部だが骨が砕け、意識不明の重体であるため、仮に変身しても瑠花を相手にできる程の戦力にはならないと判断。龍華は雪希に何も告げず、舞那と2人で瑠花を殺すと決めた。


「じゃあ羽黒さんと戦えるのは私達2人だけ、か……」

「でも、舞那の力は"1人の力"じゃない……でしょ? さあ舞那、羽黒瑠花の居場所を教えて」


 本来であれば、プレイヤーの位置情報特定はメラーフの担当。しかし全プロキシーが死亡し、プレイヤー同士で神の力を受け取るべき人間を決めることになり、メラーフはプレイヤーの戦いへの関与をやめた。

 故に瑠花の位置情報特定はメラーフではなく、ローディングによりメラーフの能力を使える舞那が行うこととなった。

 仮に舞那がローディングを使えなければ、瑠花の位置情報特定はかなり困難なものになっていた。


 ―――ローディング、座標把握。


 舞那はメラーフの座標把握を発動し、瑠花の位置情報を特定した。


「……見つけた……と言うか! 早く行かなきゃ!!」

「っ!? どこ!?」


 ◇◇◇


「折角……殺り合おうと思ってたのに……」


 血と体液に濡れた刀と、返り血を浴びた盾と銃。瑠花は廊下を歩きながら、叫ぶ人々の命を奪う。


「邪魔……」


 看護婦の胴を切断する。


「邪魔……邪魔……」


 松葉杖の男の頭部を撃ち抜く。


「邪魔……邪魔、邪魔……」


 足が竦む子供の頭部を破壊する。


「邪魔、邪魔、邪魔、邪魔……!」


 瑠花が歩いた後は死体が転がる。床と壁は鮮血に染められ、死体から外れた内臓が床に貼り付く。


「私と雪希あいつの……邪魔をするな……!!」


 瑠花はある病室の前で立ち止まり、「廣瀬雪希」、「廣瀬秋希」の札が貼られていることを確認する。


「やっと見つけた……」


 全身に返り血を浴びた瑠花は、雪希と秋希が入院している病室に入った。2人はベッドで眠っており、瑠花が入ってきたことにも、外で幾人もの人々が泣き叫んでいることにも気付いていない。


「ずっと楽しみにしてたんだからさぁ、ほら……戦ってよ……」


 雪希の眠るベッドの前に立ち、瑠花は蕩けたような表情で雪希を見下ろす。


「ほら!」


 目を覚まさない雪希へ、瑠花は刀を振り下ろす。戦うつもりだったのだが、雪希が目を覚まさないことを理解した上で刀を向けている。最早瑠花は戦うことよりも、雪希を殺すことを優先している。

 血で赤く染った刃は、雪希の首に向かい真っ直ぐ振り下ろされる。しかし刃が雪希の首に触れる直前、


「させない!!」


 瑠花の目の前に舞那が現れた。同時に、ベッドで眠っていたはずの雪希と秋希が消えた。

 龍華が時間を止め、止めた時間の中を飛び、瑠花のいる病院にまでやってきた。そして龍華が止まった時間の中で雪希と秋希を救出し、安全な場所へと移しに行った。


「木場舞那……!!」


 瑠花は咄嗟に能力無効化を発動し、舞那の攻撃を警戒した。

 能力を実体化させた光の刃であれば、能力無効化で確実に防げる。仮に橙のナイフを持っていたとしても、時間へ干渉すれば回避可能。

 しかし瑠花は気付いた。舞那は武器へと変化させたアクセサリーを持っていない。


(まさか肉弾戦!?)


 瑠花は能力無効化を維持している。しかし時間への干渉は発動しなかった。否、発動する間がなかった。


 ―――ローディング……!!


 アイリスと同調した今の舞那は、メラーフの記憶を保持している。そして、メラーフの脳内に蘇った前世の記憶さえも保持している。


(なんでメラーフにこんな記憶が……いや、今はそんなこと考える暇なんてない!)


 舞那の右拳に赤い光が集約され、手首から指先にかけて赤いラインが走った。直後、舞那の拳は瑠花の鳩尾にクリーンヒットした。


「ぅがっ!!」


 瑠花は後方へ飛ばされ、壁に激突。壁面にヒビを入れた。


「ぅえっ、ぉげぇぇ!」


 鳩尾を殴られた挙句壁に激突した衝撃で、瑠花は盛大に嘔吐し吐瀉物を撒き散らす。町を破壊した日の昼から何も食べていないため、瑠花の吐瀉物は胃液だけだった。

 しかし瑠花は、舞那からのダメージや嘔吐どころではなく、見に起こった変化に混乱していた。

 舞那の攻撃の前後、瑠花は能力無効化を確かに維持していた。しかし、現在能力無効化は発動できていない。加えて、再発動すらもできない。


(まさか……能力を……!!)


 舞那が把握しているメラーフの前世の記憶の量は、メラーフが把握している記憶よりも多い。つまり、メラーフ以上にメラーフの前世を知っている。

 前世の姿である志紅緤那は、舞那達のように姿を変え、舞那達のように何かしらの能力を使い戦っている。

 舞那がローディングしたのは、緤那の使用していた能力。正確には、前世では"能力"と"プレイヤースキル"という2つに分かれており、ローディングできたのはプレイヤースキル。


(前世のメラーフがもしも今いてくれたら……どれだけ頼りになる人だったか)


 クリムゾンフィスト。それが緤那の使用していたプレイヤースキルである。

 "ライティクル"と呼ばれる、舞那達で言うところの"光"を右手に集約させ、相手を思い切り殴るという単純なものである。しかしクリムゾンフィストは"ただ殴るだけ"ではない。

 クリムゾンフィストの真の力は、相手の能力の破壊。殴った相手の能力を1つだけ破壊し、以後同じ能力を使用できなくする。

 舞那が破壊した際、瑠花は能力無効化を発動していた。しかしクリムゾンフィストは能力無効化に阻まれることなく、逆に能力無効化を破壊した。これにより瑠花は能力無効化を発動できなくなり、プレイヤー相手には絶対的とも言えた防衛能力を失った。


(緤那さん……あなた達の力を使って、羽黒さんを倒します……だから見てて下さい! 私の力!!)


 舞那は緤那と、緤那の記憶にある人間の能力をさらにローディングした。


「ぅ、げほぉっ!! クソ……負けない!!」


 瑠花は光の翼を発動し、勢いをつけて舞那へ刃を振り下ろした。


 ―――ローディング!!


「っ!? 刃が!!」


 舞那は金の能力である盾をローディング。アクセサリーを出していなかったため、ローディングで発動する方が早かった。

 盾に触れた部分から瑠花の刃は消失。瑠花は後ろへ交代した。


「……今の私は、誰にも負けない!」

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