《85》 志紅緤那

(木場舞那はアイリス。羽黒瑠花はエプラル。犬飼龍華はデウス。ようやく理解できた……)


 瑠花により破壊された街の一部を眺め、メラーフは心葵のアクセサリーを拾い上げる。

 つい先程まで繰り広げられていた戦いを見て、メラーフは舞那達に対して抱いていた疑念の真相を理解した。

 それらは全て、舞那達が元は神であるとすれば納得がいくものばかり。納得できないものも、神であったということを延長させていけば納得できた。


「せっかく唯一神だったのに……なんて、思ってたりする?」

「デウス……アイリス……」


 メラーフの前に現れたのは、デウスとアイリス。舞那達の身体に宿る力の一部を使い身体を維持しており、両者共に実体ではなく虚像。触ろうとすれば透けるため、握手すらできないが、意識は本物であるため会話はできる。


「おかしいと思ってた……人間である犬飼龍華がアクセサリーの形状を変えられることも、木場舞那達3人が未だ味覚を失っていないのも、羽黒瑠花がエプラルの服を着ていたのも、3人が神だったと言えば納得できる」


 メラーフは当初、アクセサリーを形成するメラーフの力、及びメラーフの先祖であるエプラルの力と同調し、龍華や瑠花に変化が起こったのだとしていた。しかし実際にはメラーフの力ではなく、内に宿る神の力と同調していた。

 メラーフ的にはかなり有力な仮説だと思っていたのだが、その仮説は誤り。デウス達の登場により、仮説を全否定されたような気がした。


「……だが、私達はあんな力使えなかった。光の翼……と言ったか?」

「舞那が使ってる能力は私の力だよ。けど、なんでか翼を光らせないと発動できないみたい。なんでだろ?」


 光の翼はガイ達代行者が初めて使用した能力であり、翼を持つ神であるアイリス達は光の翼を使えず、それ以前に存在すら知らなかった。


「力を持たない神の翼に、アクセサリーに宿るプロキシーの力が共鳴した結果、本来使えるはずのない光の翼を発動できた。加えて、彼女達は人間。プロキシーの力である光の翼を使わなければ能力は使えないんだろう。仮説ではあるが、そうとしか考えられない」


 神の翼を持ち、神と同調したとは言え、使用しているのはプロキシーの力が宿ったアクセサリー。今まで通り、舞那達の身体にはプロキシーの力が宿っている。

 元々力を持たない神の翼にプロキシーの力が混入し、神の翼を光の翼へと変化させた。そして光の翼を発動させることで、舞那達はようやく神の能力であるローディングや破壊を使用できた。


「なるほど……だから私の翼は割れたのか。壊れた訳じゃなくて安心した……と言いたいが、神の翼を人間が変異させたことは正直恐ろしいな」

「……まあ人間と言っても、舞那達は元々私達だし。それでも凄いと思うけど」

「僕が育てた人間達だからね……古き神なんて軽く超えるさ」

「はいはい。どうせ古いですよ……ところでさ、舞那の中で見てたんだけど……」


 アイリス達は各々の生まれ変わりの中に元々宿っており、身体にプロキシーの力が蓄積されたことで目を覚ました。舞那達の記憶を辿り、今までの戦いなどを知っている。

 ただ、メラーフが舞那達に疑念を抱く一方、舞那の中で戦いを見てきたアイリスはメラーフに疑念を抱いていた。


「なんでメラーフはガイ達を封印しなかったの? 人間に戦わせるよりも、そっちの方が早だろうし被害も抑えられたのに」


 ガイ達代行者は、元々メラーフにより封印されアクセサリーの力の源となった。故に復活したガイやギラウス達も、封印しようとすればできたはず。ただしメラーフは封印しようともせず、犠牲を厭わずにプレイヤーに戦わせていた。


「……強くなってもらうためだよ」

「強く……舞那達に?」

「ああ。代行者が現れたのは予想外だったが、代行者が大きな被害を出すことは予想できた」

「……どういうこ」

「仮に僕が代行者を封印し、プレイヤー達がただのプロキシーのみを相手にしていたとすれば、恐らく今程の悲しみや怒りは抱いていない。そんな彼女達に神の力を渡すのは正直癪だった」


 アイリスの発言を遮り、メラーフは自らの意見を述べ始めた。


「しかし代行者……特にガイが派手にやってくれたお陰で、彼女達はプロキシーの力を乗り越える程に強くなった。今の彼女達であれば、神の力を得ても暴走することはない」


 メラーフの意見には納得していなかったアイリスだが、暴走という言葉を聞いた途端に掌を返した。

 普通の人間が神の力を得れば、大きすぎる力に耐えきれずに暴走、自滅する危険性がある。

 しかしメラーフ曰く、人間が心身共に満身創痍の状態であれば、湧き上がる負の感情が力の反動を中和し、暴走を抑えられる。


「本当に……そのために封印をしなかったの?」

「……ああ。8割がた本心だ。残りの2割は聞かないでくれ」

「……分かった。でも話したくなったら話してよ。そろそろ行こう、デウス」


 アイリスとデウスは消え、メラーフは空を見上げた。


(前世の僕が"そうさせた"なんて……言えるわけがない)


 メラーフの残りの2割は、本能。 プロキシーもプレイヤーも絶滅させ、人類をリセットさせようと無意識に考えていた。

 そしてつい最近、メラーフはその本能の正体を理解した。その本能は、前世の自分が抱いていた思想の残留が原因。ガイの咆哮で記憶が蘇り、前世の自分の思想を理解したのだ。


(しかし……あれが本当に前世の記憶だとすれば、なぜ前世の僕は2018年に生きていた? 時代が繰り返されたとは聞いたこともないが……デウスに聞くべきだったかな)


 メラーフの脳内に蘇った前世の記憶は、前世の全記憶の一端。舞那達とは違い同調はしていないため、その前後の記憶は戻っていない。よって、何故前世の記憶が2018年の記憶なのかも分からない。

 現時点分かっているのは、前世の名前は"志紅しぐれ緤那せつな"であること、現在の2018年と文明は同等であること、目の前で文乃あやのという少女が死んだこと。しかし全て漠然とした記憶であるため、把握している記憶が真実とは限らない。


(文乃……君なら僕の記憶について話してくれるかい?)


 記憶に現れた文乃という少女は、今現在生きているのか死んでいるのか、それ以前に存在しているのかすら分からない。しかしメラーフはただ、文乃に会いたいと思った。

 それはメラーフの本心なのか、それともメラーフに宿る志紅緤那の本心なのかは分からない。


(……今はそれどころじゃない、か……)


 メラーフは心葵のアクセサリーを握り、その場から姿を消した。


 ◇◇◇


『……もしもし、身体は大丈夫?』

「うん……犬飼さんは?」

『私は大丈夫……メラーフから聞いたと思うけど、もうプロキシーは残ってない。けどまだ戦いは終わってない……羽黒瑠花を殺さないと、私達に日常は戻らない』

「分かってる……だから、もう覚悟は決めたよ」

『そっか……私、これから戦いのこと、両親に話そうと思う。遺書じゃないけどさ、話すべきことは全部話しておこうかなって……』

「……私も、これが最後になるかもしれないから、お父さんと話しておく。ごめんね、突然電話して」

『いいよ……あ、あのさ……もう暫く経つんだし、そろそろお互いに名前で呼びあわない?』

「……じゃあ、龍華……でいい、かな?」

『うん……さて、じゃあ話すべきこと話して、決着つけに行こう、舞那』

「……うん」

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