《76》 ローディング

 プロキシーが出現した場所は、市内の商店街。朝早くから営業している店もある上、土曜日で人も多い。

 今回出現したプロキシーは、感染によるプロキシーではなく元から存在していたプロキシー……ではあったのだが、ガイの促進によるものか、商店街には複数のプロキシーが現れていた。

 腕の痛みは緩和されたとは言え、痛みは感じている。明らかに本調子とは言えない。


(けど……やるしかない、よね)


 今の体力では、光の刃の延長は困難かと思われる。

 舞那は可能性な限り盾でプロキシーを消滅させ、あまり激しく動かないように決めた。

 舞那の様子を伺っていたメラーフは、プロキシーが逃げないよう、出現したプロキシー全てを覆う結界を貼った。これにより、プロキシーは結界内のみ行動が許され、舞那は一体も逃すことなく駆除できる。


(痛い……けど、戦わなきゃ……)



 ―――なぜそこまでして戦うの?



(決まってる……プロキシーを全滅させて、神に等しい力で新しい世界を作る。そのために戦ってる)



 ―――気付いてるでしょ? 能力使用と、度重なる戦いで、あなたの身体はもうボロボロ。これ以上戦いを続ければ、あなたは確実に死ぬ。



(それでも戦うしか……戦うことでしか、私の夢は叶えられない!)



 ―――……死ぬことは怖くないの?



(怖いよ……怖いと思ってるから、今日を生きようと、明日も生きようと思える。生きるために、戦おうと思える)



 ―――……人間って不思議ね。自らの命を削ってまで、明日を望むなんて。



(でしょ。あんた達が作った人間は、あんた達の想定なんて軽く超える)



 ―――……やっぱり、あなたに死なれたら困る。あなたは……神に相応しい人間。私は、あなたに力を与える。私の、色彩の力を。



 舞那の脳内に流れ続けたアイリスの声は途絶えた。その直後、舞那は自身にアイリスが重なるイメージを感じた。自身とアイリスが1つの存在になった、そんなイメージを。

 腕の痛みは消え、霞んでいた視界は鮮明になる。

 そして、背中から空色の翼が生えた。その翼はアイリスが生やしたものと同一である。

 舞那は翼が生えたことにも、身体の異常が消えたことにも驚いていない。


(一体……何が起こった……!?)


 他のプレイヤーがいないこの場で、舞那の変化を確認できるのはメラーフのみ。神であるメラーフでさえ、舞那の身に起こった著しい変化の原因は分からない。

 にも関わらず、舞那は商店街を歩き続け、プロキシーの駆除を続行する。

 舞那の翼に既視感を覚えたメラーフだが、その翼の正体をすぐに理解した。


「あの翼……アイリス!?」

「……メラーフ、プロキシーの出現場所を詳しく教えて」

「あ、ああ……」


 メラーフは神としての能力である"座標把握"と"思考共有"を発動。

 座標把握で結界内に存在するプロキシーの位置を特定し、思考共有で舞那の脳内にプロキシーの位置を流し込む。

 メラーフから送られたイメージを読み取った舞那は、空色の翼に光を集約させた。


(光の翼か……木場舞那といい風見心葵といい、いとも簡単に僕の知識を超越してくれる。ガイが見ていれば青ざめるだろうな)


 ガイ達が年月をかけてようやく使えた光の翼を、心葵同様舞那は簡単に発動した。

 その頃ガイは、遠距離から舞那達の様子を伺っていた。メラーフの予想通りガイは青ざめ、想定していなかった人間プレイヤー達の進化に歯噛みした。


(っ! 翼の色が!)


 空色の光の翼は、一瞬だが橙色へと変化した。メラーフはその様子に驚いていたが、舞那は驚いていない。それ以前に翼の変色は、舞那の意志に呼応したために起こった現象。舞那が驚くはずがない。しかしメラーフの驚きは、まだ終わらない。

 突如視界から舞那が消え、メラーフの把握している別の座標に移動していた。移動先のプロキシーは光の刃で駆除され、再び舞那は一瞬で別の座標へ移動した。

 この現象には見覚えがある。それは間違いなく、橙のプレイヤーの能力、瞬間移動である。

 舞那は一時期、心葵から受け取った橙のアクセサリーを青と併用していた。しかしそのアクセサリーはガイに奪取され、グライグ復活の供物とされた。よって今の舞那は、橙のアクセサリーの能力は使用できない。


(っ!? あれは!!)


 舞那が移動した先のプロキシーは、舞那の姿を見るなり逃げ出した。それに対抗し、舞那の翼は一瞬緑に変色した。

 直後、逃げ出したプロキシーは舞那へと引き寄せられ、光の刃により両断。駆除された。


(これが……木場舞那の翼か……)


 メラーフは仮説を立てた。その仮説が的中していれば、メラーフは神としての自信を喪失するのではないかと考えた。しかしその仮説は見事に的中している。

 舞那の翼の能力は"ローディング"。舞那の記憶の中に存在する"各プレイヤー、各代行者"の能力を読み取り、その能力を使用中のアクセサリーと併用するというもの。即ち、1つのアクセサリーで全てのアクセサリーの能力を使える。

 青の疲労。赤の身体能力向上。黄の未来予知。紫の動体視力向上。橙の瞬間移動。緑の磁力操作。白の硬化。黒の飛行。灰の幻影。金の盾と刃。銀の高速移動と属性操作。ガイの促進と時間停止。グライグの共鳴。心葵の蘇生。見た範囲でのメラーフの能力。

 その他にも、今後自身の知らない能力を見て記憶する度に、舞那の使える能力は増える。

 全ての色を使えるローディングは、色を操るアイリスと同じ翼を持った舞那に相応しい能力である。

 

(しかし……なぜアイリスが木場舞那に翼を与えた? いやそれよりも、なぜ木場舞那はプロキシーを"経由"していない?)


 心葵や千夏は、プロキシーになることで翼を得た。そして翼を得る前には、必ず身体の一部が変色した。翼を得なくとも、変色が起きれば人間ではなくなりプロキシーへと成る。

 しかし舞那はどこも変色していない。つまり、プロキシーになっていない。人間のまま翼を生やしたことになる。


(アイリスに直接聞けるかどうかも怪しい……となると、黙って見守るしかできないか)


 メラーフが思考を中断するとほぼ同時に、舞那は駆除を終えた。

 駆除を終えた舞那は変身を解除。変身後の服と共に、空色の翼も消滅した。


(……アイリスのおかげかな、金のアクセサリー使ったのに全然疲れてない。それに腕の痛みが消えてる。この調子だと、これからも金のアクセサリーは使えるよね)


 舞那は商店街から去り、心葵宅へ向かった。


 ◇◇◇


「舞那!!」


 舞那が心葵宅のドアを開けた直後、玄関で待っていた心葵が抱きついてきた。舞那はバランスを崩したが、転倒寸前で持ち堪えた。


「よかった……私の事嫌いになったのかと思って……怖かった……」

「心葵……大丈夫。どんなことされても、私は心葵を嫌いになんてならない」


 舞那は心葵の頬に手を当て、揺るがぬ愛を証明するかのようにキスをした。


「私はずっと、心葵の味方だよ」

「舞那……ありがとう……」


 この日はこれ以上のプロキシーは出現せず、舞那と心葵は2人きりの土曜日を過ごした。

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