《75》 変色した世界
黄色い空。黒い大地。青い雲。白い太陽。緑の月。灰色の樹木。紫の葉。赤い草花。
奇抜な絵画のような場所に、舞那は立ち尽くしていた。
舞那は衣服を纏っておらず、アクセサリーも持っていない。プロキシーが現れれば太刀打ちできない。しかし舞那はここが夢の中であることを理解しているため、自らが全裸であることも、武器を持っていないことも問題ではない。
(気味悪い……なんでこんな夢見てるんだろ……)
舞那は空を見つめ、空が青くないことにため息をつく。
「奇妙な世界でしょ?」
音もなく突如隣に現れたのは、白と水色のワンピースを着た、翼を生やした少女だった。髪が長いため、横顔すらも確認できなかったが、舞那は少女の顔には興味が無い。なぜならここは夢の中。顔を見ても、朝起きれば必ず忘れる。
とはいえ、少女の透き通るような空色の髪は、忘れたくとも忘れられないような感動を舞那に与えた。
「配色が狂ったこの世界、誰が作ったか知ってる?」
「……私の夢の中だし、私?」
「残念。この世界を作ったのは……私なの」
少女は一向に舞那と顔を合わせない。対する舞那は、少女ではなく再び空を見上げる。
「私は、色を操る力を持っている。その力を使えば、色の無いものに色を与え、逆に奪うこともできる」
「その力を使って、こんな配色にしたの?」
「……私の意思じゃない。私はこんな世界望んでいなかった。でも……この世界に"良くない色"が混ざって、私の力はその色を除去するため暴走した。その結果がこれ……」
「良くない色?」
「そう……あなた達の分かりやすい言い方をすれば……プロキシーの力」
舞那は夢を見ている。そのはずだった。しかしその声も、その少女も現実そのもの。そして謎の少女は、プロキシーと発言した。
「あなたの腕から入り込んだプロキシーの力が、この世界の色を変えさせた」
腕から入り込んだプロキシーの力。舞那には身に覚えがある。
それは、心葵に捧げた腕である。
心葵はプロキシーへと化した。その感染元は、撫子が生み出したプロキシー。心葵の唾液が舞那の体内に侵入した時点で、舞那も感染している。しかし舞那は、撫子の能力である感染の存在を知らない。
「プロキシーの力って、もう消えたの?」
「うん。でも……この世界の色を元に戻すには、少し時間がかかる」
「……ところで、何か普通に話しちゃったけど、あなた誰?」
舞那はその声に聞き覚えがない。恐らく知らない人物なのであろう。舞那はそう踏んだ上で、少女に尋ねた。
「私は、アイリス。メラーフと同じ、この世界に生まれた神の1人よ」
アイリスの名乗る少女は、自らを神と呼んだ。
ギリシア神話には、虹を司るアイリス(イリス)という神が登場する。神話内のアイリスも、背中から翼を生やしていたとされる。
「何で神が私の夢の中に?」
「……簡単よ。あなたは私の……」
アイリスは首を動かし、舞那に自らの顔を見せようとした……のだが、顔を確認する前に舞那の夢は覚めてしまった。
(何なの、あの夢……)
舞那は夢を鮮明に覚えていた。配色が狂った世界も、空色の髪のアイリスも。
(
心葵が舞那の腕の一部を喰らってから約10時間が経過し、時刻は午前4時。左腕を少し動かしただけでも、少女には耐え難い激痛が走る。
舞那は腕を捧げ、ある程度心葵が喰い進めたところで気絶した。それから一度も目を覚ますことなく、舞那は眠っていた。
(心葵がベットに乗せてくれたんだ……それに、まだ腕自体は残ってる。やっぱり心葵はまだ人間なんだ……)
心葵がまだ人間の心を残している。それが分かっただけで、舞那は腕を捧げたことに意味を感じた。
直後、舞那は隣で心葵が寝ていないことに気付いた。心葵の家に泊まる際、心葵と舞那は必ず1つのベッドで寝ていた。しかし今、ベッドの上には舞那しかいない。
恐らく舞那の寝込みを襲わないために、心葵は別室にいるのだろう。舞那はそう考えた。
「肉をかなり抉られていたが、腕はちゃんと動いているかい?」
「うん。メラーフが治してくれたの?」
「風見心葵に頼まれてね。喰った本人が治して欲しいと懇願する姿はなかなか滑稽だったよ」
突如現れたメラーフに驚きもせず、舞那は会話を進めた。
舞那の腕は、メラーフにより治療が施されている。しかし切り傷や刺傷ではなく、抉られた傷であるため、メラーフの力では抉られた肉の一部を再生させることが限界だった。
「そうだ、あんまり関係ない話なんだけど」
「なんだい?」
「アイリス、って名前の神……いた?」
「……珍しい名前が出てきたね。ああ、いたよ。とっくに死んだけどね。一体どうした?」
舞那は覚えている限り夢の内容を話した。
メラーフは舞那が話し終えるまで一言も発することなく、話し終えた直後に口を開いた。
「なるほど……その髪色、確かにアイリスだ。あくまでもこれは仮説だが、アクセサリーに宿る僕の力、或いは僕の先祖の力と同調すれば、夢の中でその神と対話することができるかもしれない」
「なるほど……じゃあアクセサリーと同調し」
「だがアイリスは僕の先祖でも、姉妹でもない。即ち、僕にはアイリスの力は宿っていない。仮にそれが本物のアイリスであれば、アクセサリーとの同調によるものではない……と思う」
舞那の言葉を遮り、メラーフは同調説を否定した。
アイリスはエプラルとは違い、メラーフの血筋ではない。よってメラーフの作ったアクセサリーに、アイリスの力が混入する可能性はない。
ただ、アクセサリーにエプラルの力が混入しているというのも仮説に過ぎない。
「はぁ……君達と出会ってから、なぜか理由の分からない出来事が多発している気がするよ」
「そのセリフ、そっくりそのまま返す。私もっかい寝るから、また何かあったら呼んで」
「……その腕でどうにかできることなら呼ぼう」
メラーフは部屋から消え去り、舞那は再び眠りについた。
◇◇◇
舞那が次に目覚めた時、時計の針は午前9時前を指していた。
腕の痛みを堪え、舞那はベッドから下りる。部屋から出た後、心葵を探す。しかし見たところ、家の中に心葵の姿はない。
舞那はメラーフを呼び、心葵の居場所を尋ねる。
心葵は少し前に現れたプロキシーを駆除するため、家に舞那を残したまま近所のアパートへ向かっていた。出現数は2。心葵1人でも問題なく相手ができる。
しかし、メラーフとの会話の最中、また別の場所にプロキシーが出現した。
「向かうのか? その腕で」
「行かなきゃ……私は沙織と日向子、理央と杏樹ちゃん、撫子ちゃんの分も戦わないといけない。腕が痛い程度で、戦いから逃げてなんていられない」
「……ここで変身していけば、痛みもある程度緩和されるだろう。ついでに時間を止めてあげよう。周辺の人間の視線を感じずに済む」
メラーフは心葵の自室に置かれていた金のアクセサリーを手中に転移させ、舞那に手渡す。
「ありがとう……変身!」
舞那は変身し、腕の痛みは緩和された。
「それじゃあ、行ってくるね」
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