《71》 蘇生
結界外の各所に出現したプロキシーは、メラーフにより1箇所に集められた。その数はおよそ50前後。
担当は心葵。痣の出現により、心葵は1度戦いを拒否した。しかし舞那も戦っていることを知った時、戦いたくないという本心と、舞那のために戦いたいという本心がせめぎ合った。
その結果心葵は戦いを了承し、今に至る。
(あの時の千夏も、こんな気持ちだったの……?)
千夏がプロキシーになった日、千夏は腕の痣に怯えながらも、心葵に助太刀するために変身した。心葵のために戦った。
立場は変わり、今は心葵が舞那のために戦おうとしている。
僅かに脚は震え、自らがプロキシーへと変貌した姿を浮かべ恐怖している。人間ではなくなり、千夏のように人間を捕食するのだろうか。心葵の恐怖はさらに強まり、吐き気を催した。
それでも尚、心葵は戦うために武器を握る。そして、
「君には比較的少ないところを担当してもらう。その方が君の身体にもいいだろう。すまない……」
「いいよ。舞那が戦ってるんだもん、私が戦わないわけにはいかない……千夏、今日も一緒に戦って……変身!!」
恐怖を振り切るように、心葵は灰と紫の2色で変身した。
姿が変わり、心葵は腕の変色箇所を確認した。変身後も変色は治らず、それどころか範囲が広くなっている。無論、痛みも感じている。
(千夏……私に力を……勇気を分けて!)
メラーフはプロキシーを動かし始め、心葵はプロキシーへ向かって走る。その最中、心葵は灰の能力を発動。多数の分身を作り出し、プロキシーの周辺に幻影による虚像を生み出した。
プロキシーの群れは幻影に惑わされながらも、心葵へと攻撃をする。しかし攻撃したはずの心葵は虚像。殺すどころかダメージすら与えていない。
惑わされたプロキシーには隙が生まれる。心葵はその隙を突き、プロキシーを殺す。
路面には血液の水溜まりができ、内臓と肉片が転がる。しかし心葵はそんなことに構わず、血液も、腸も、肝臓も、眼球も、皮膚も、心臓も、肉片も踏み潰し、返り血を浴びながら殺戮を繰り返す。
アクセサリーを同時に使用した際の快感はアドレナリンへと変わり、心葵の戦闘意欲、戦闘力を高める。
しかし殺害個体数が20体を超えた時、心葵の身体に異常が現れた。
「
腕の変色が気付かぬうちに広がり、指先から鎖骨までが灰色に変色していた。変色の痛みも増し、心葵はプロキシーの群れの中で膝をついた。
プロキシー出現前に発動されたガイの"促進"は、プロキシーに噛まれていた心葵にも影響を及ぼした。促進により、患部から体内に侵入した感染性のプロキシーの力が成長。心葵の身体をプロキシーへと変化させていた。
(やば……ここまでかな……)
心葵は諦めかけた。
もう自分はプロキシーになってしまう。もう止められない。もう手遅れだと。
(いや違う!!)
しかしその諦めを否定するように、心葵の脳内に最後に見た千夏の姿が蘇った。心葵に心臓を刺された千夏は、死ぬ直前に身体の変色が消えた。死ぬ直前に人間に戻っていた。
つまり、例えプロキシーになったとしても、人間の姿に戻れるかもしれない。そしてもしもプロキシーの力を掌握すれば、ガイにも太刀打ちできる程の力を得られるかもしれない。
(私の中には千夏がいる……千夏が制御できなかった力も、千夏と私の2人なら制御できる! してみせる!!)
変色が広がり、背中から灰色の翼が出現。プロキシー化した千夏と同じ状態になった。
変色箇所には相変わらず激痛が走る。その痛みに何度か意識を失いかけたが、その都度千夏と舞那の姿を思い浮かべ、歯を食いしばり意識を保った。
「まずいな……」
メラーフはプロキシーを再び停止させ、痛みに悶える心葵に近付く。しかしある程度の距離まで近付いた時、メラーフは心葵の身体の変化に気付き止まった。
「痣が消えている……?」
身体の変色は徐々に消えていく。それと同時に、灰色の翼に紫の模様が現れる。その模様は血管のように翼を這い、翼全体に行き渡る。
灰色だった翼には紫が混ざり、変身時の心葵の髪色と似た色へと変化した。痣の消滅と翼の変色にメラーフは驚き、無意識下で心葵から遠ざかった。
「風見心葵……聞こえているか?」
プロキシーへと化した千夏、同じく撫子。両者共に身体に変色を残したまま翼を生やした。しかし心葵の身体は変色から解放された。いまだ見たことがない変化の結果を知るため、メラーフは心葵に声をかけた。
「……聞こえてる。安心して、私は千夏みたいに暴走はしない」
変色の痛みを耐え抜いた心葵は、痛みの代償として得た自らの翼を見た。
(紫と灰の翼……私の翼と千夏の翼がひとつになったのかな……)
心葵は僅かに笑みを浮かべ、いつの間にか手放していたハルバードとチャクラムを再び握った。
(光の翼……あれを見る限り、多分やり方はアクセサリーと同じ……だったら!)
代行者が光の翼を発動する際、自らの翼に光を集約させている。それはプレイヤーが攻撃時、能力使用時にアクセサリーへ光を集約させているのと同じ原理である。
(私にだって、使える!)
心葵の翼を覆っていた光が弾け、予想通り光の翼を発動できた。
そして同時に、心葵は発動した光の翼の能力を理解した。それはガイの促進やグライグの共鳴同様、ただ1人心葵のみが使える能力である。
心葵は灰と紫の光の翼を広げ、能力を発動した。
心葵の隣に紫の光が集合し、徐々に光は人間の形へと変化する。そして光が完全に形を模した時、光は弾け、中から人間が現れた。
「また、会えた……千夏……!」
「……先輩……会えましたね……!」
光の中から現れたのは、死んだはずの千夏だった。それも灰の幻影で作り出した虚像ではなく、正真正銘の千夏。
再会を喜ぶ心葵と千夏は、涙を流し抱き合う。
千夏の髪。千夏の肌。千夏の匂い。千夏の声。千夏の感触。全てが懐かしく感じる。
「本物だ……本物の千夏だ……」
「先輩……またこうして先輩を感じられる……こんなに嬉しいこと、他にはありません」
心葵の翼の能力は"蘇生"。死亡、或いは消滅した人間を蘇生させる。
能力を発動している間。つまり変身している間は蘇生を維持できるが、変身を解除すれば蘇生した人間は消滅する。
蘇生した際の持ち物や装備は、心葵次第で変更可能。故に既に破壊されたアクセサリーやであっても持たせることができ、装備どころか全裸で蘇生させることもできる。
一度に蘇生できる人間は最大で3人。蘇生を発動する条件として「蘇生対象と実際に会っていること」、「相手の情報をある程度理解していること」、「死亡、消滅の原因を明確に知っていること」、以上の3つをクリアしていなければならない。
仮に織田信長の蘇生を試みたとしても、「実際に会っていること」を満たせていないため蘇生は不可能。実際に会ったことのある撫子の蘇生を試みても、条件を満たせる程の情報を知らないため蘇生は不可能。
条件は厳しいものの、それを満たせば確実に本人と会える。
現状、蘇生させるべきだと考え、尚且つ条件をクリアしていたのは千夏。よって心葵は千夏を蘇生させ、残り約30体のプロキシーの駆除を手伝わせようとした。
「ごめんね……また、戦わせることになって」
「……どんな命令でも、私は先輩に従います。先輩に死ねと言われたら迷わず自害します。だから戦えと言われたら……私は死ぬまで戦います。もう死んじゃってますけどね」
死んでも尚、心葵に対する狂愛は消えていない。それを知っていたからこそ、心葵は千夏を蘇生した。
「それじゃあそろそろ、あの群れを駆除しましょう」
千夏は蘇生により再現された紫のアクセサリーを握り、チャクラムへと変化させた。
「……変身!」
紫の光が千夏を包み、その姿を変化させた。
「一緒に戦いましょう、あの頃みたいに」
「うん……私達の力で、プロキシーを全滅させよう!」
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