《72》 エプラル
翼が生えた今、心葵の幻影は性能が上がっている。そのことに心葵自身は気付いていない。プロキシーは各々異なる幻影に犯され、精神的苦痛を感じている。
口から大量の蛇が湧き出るイメージ。
指先から徐々に身体が液化するイメージ。
体内の水が凍結するイメージ。
心臓を鷲掴みにされるイメージ。
幼虫が身体を這うイメージ。
皮膚を剥がされるイメージ。
身体には一切ダメージや影響はないが、精神的ダメージは大きい。
幻影によりプロキシーの視界は暗闇。それを利用し、心葵と千夏はプロキシーに攻撃をする。
チャクラムはプロキシーの首を切り裂き、攻撃箇所から血液を噴出。ダメージを与えるために時折腹部を切り裂き、攻撃箇所からピンク色の小腸が「ドゥルドゥル」と音を立てて落下する。
ハルバードの槍部分は頭部、腹部、首を突き刺し、斧部分は縦横にプロキシーを切り裂く。
翼を生やした心葵と蘇生した千夏は、プロキシーの血と内臓が散乱する戦場で舞うように戦う。2人は時折連携し、再び2人で戦える喜びに笑みを浮かべる。
(皮肉なもんね……殺すべき相手のおかげで、またこうして千夏と戦えるなんて……)
心葵は僅かながらガイに感謝した。千夏と再会できたことを。それと同時に、ガイに対抗できるかもしれない力を手に入れたことを。
「千夏! いっぱい話したいことあるから、死なないでよ!」
「もちろんです! 先輩と一緒なら、私は負けません!」
2人は結界外の群れを成したプロキシー相手に、笑みを維持したまま武器を握り続けた。
◇◇◇
「そう……風見さんが翼を……」
「ああ。だが自我は保っていた。故に、殺す必要は今のところ無いと判断した」
「……ならよかった。殺さなきゃいけなくなれば、舞那は絶対に悲しむ」
心葵が自我を保っていたことを確認したメラーフは結界内へ入り、雪希に担当を任せた地点へと戻る。
メラーフが戻る頃には既に戦いは終わっており、変身を解除した雪希は別の群れに向かおうとしていた。
「他の出現場所は大丈夫?」
「1番多かったところは、木場舞那と羽黒瑠花に任せているから、恐らくは君の出番はないだろう」
「……羽黒さんって強いの? 初めて会った時はそんなイメージ無かったけど」
「……これは後で犬飼龍華にも話すことが、できる限りオフレコで頼みたい」
メラーフは会話の時間を設けるため、指を鳴らし時間を止めようとしたが、既に止めていることを思い出し指を止めた。
「羽黒瑠花はアクセサリーを3つ所持している。そして先程、羽黒瑠花は3つ全てを使い変身した」
「待って、確か羽黒さんの持ってたアクセサリーは赤と黄……あと1つは?」
「青だ。元々彼女は青のプレイヤーだったが、新たに得た2色のアクセサリーと併用し、3色のプレイヤーになった」
瑠花が赤と黄のみで変身した瞬間を見たメラーフは、瑠花の持っていた青のアクセサリーは"既に破壊されている"と思っていた。しかしアクセサリーは破壊されておらず、いまだに所持している。
「そして3色で変身したあの姿は……かつて存在した神、"エプラル"が着ていた服と似ていた」
メラーフを含め、複数の神が世界を管理していた頃、エプラルという破壊を司る女神が存在していた。エプラルはメラーフとは違い、露出度は高いものの衣服は纏っていた。
エプラルは"破壊"というものを好み、よく地球上の建造物などを破壊していた。ただ直接手を下すわけではなく、災害を起こすことで破壊の瞬間を傍観していた。
しかしいつしかエプラルは、当時の最高神であるデウス・エクス・マキナの怒りを買い、神の力を強制剥奪。人間へと堕ちた。
最終的にエプラルは人間の中で生きることを強いられ、どこかで命を落とした。
「エプラルは僕の先祖であり、僕も僅かながら彼女の力を受け継いでいる。恐らくはアクセサリーの中に混入したエプラルの力が同調し、羽黒瑠花はエプラルと同じ服を纏ったのだろう」
「神と同じ服……まさか、プロキシーじゃなくて神と!?」
「……かもしれない。現に犬飼龍華はアクセサリーを構成している僕の力と同調し、アクセサリーの形状を変化させる程の力を持った。エプラルの力と同調するのも不思議ではない」
メラーフの予想が正しければ、瑠花はエプラルの力と同調し、瑠花同様に神へと近付きつつある。
見たところ、瑠花は龍華のようなアクセサリーの形状変化を実行できない。形状変化は実行できるかもしれないが、瑠花がそれに気付いていないだけかもしれない。或いは形状変化を必要としていないのかもしれない。
どちらにせよ、メラーフは瑠花がエプラルと同調しているのは間違いないと踏んだ。
「しかし……アクセサリー3つを同時に使えば、人間のキャパシティを超える力が身体に流れ込む。プロキシーではなく人間で居られるはずがない」
「……じゃあ、羽黒さんはプロキシーになってるってこと?」
「……そうでないにしろ、プロキシー化は時間の問題だろう。とにかく羽黒瑠花は今後要注意人物として監視しよう。もしも彼女がプロキシーになれば、君か木場舞那に駆除を依頼しよう」
「……その時はまず私に言って。これ以上、舞那に辛い思いはさせたくない。それより、他の出現場所まで案内して」
「身体は大丈夫かい?」
「群れで現れた以上、自分の身体なんて気にしていられない。それに慣れてきたのか、最近反動が少ないんだよね。さあ、案内して」
◇◇◇
結界内、住宅街。
結界内外に発生したプロキシーは、メラーフの能力"座標変換"により、できる限り密集させられている。
ただメラーフの座標変換は歴代の神より精度が低いため、全ての個体を1箇所に集めることはできない。よって座標を定め、その座標を中心とした半径数百メートル内のプロキシーを、ある程度まとめることが限界だった。結果、群れは4ブロックに分けられた。
今回龍華が任されたのは、結界内では最も出現個体数が少ない場所。しかし最も少ないとは言え、出現数が普段より多いことには変わりはない。
「はあああ!!」
鎌と槍、拳と脚を使い、龍華はプロキシーの群れを駆除する。
(私1人でも駆除できそう……だけど、数が多い! もう今すぐ帰って寝たい!)
群れを1人で相手取ることとなった龍華だが、他のことを考えられる程の余裕はあった。
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