《68》 前兆

「はっ! はぁあ!!」


 その戦いを形容するならば、炎の柱、水の龍、風の刃、地の棘、駆け抜ける残像。どの例えが最適か、それは分からない。


「はぁぁ……はぁ!!」


 その戦いを形容するならば、槍を持ち舞う少女、飛翔する死神。どちらも最適であろう。


(廣瀬雪希は間違いなく、あの頃の木場舞那よりも強い。それよりも犬飼龍華……彼女の強さは以上だ……)


 傍観していたメラーフは2人の戦いを見て、予想外の強さに舌を巻きかけていた。

 校舎内は舞那と心葵。それ以外の場所に存在するプロキシーは、雪希と龍華の2人で駆除していた。校舎外の個体はバラついているものの、総個体数は校舎内よりも多い。

 しかし雪希と龍華の戦闘力はメラーフの想像を超えており、残す個体は5体のみ。その5体も雪希と龍華の攻撃に手も足も出せず、一方的に殺された。


「これで最後……かな?」

「メラーフ! もう学校内にはいない!?」

「……ああ。だが学校の外にも4体存在している。行けるか?」

「学校の外にまで……行こう雪希!」


 雪希と龍華はプロキシーがいる場所まで走り、再び攻撃を開始。全個体が緑だったため、能力を使わせることなく瞬殺。道路に緑色の血液を撒き散らした。


「……これで終わり?」

「みたいだね。さあ、終わったし帰ろ……っと、雪希? どこいくの?」

「舞那のとこ。怪我してないとは思うけど、念の為に……ね」


 雪希は学校へ引き返し、舞那と心葵のいる校舎へと向かった。

 龍華は雪希に続かず、校舎へと急ぐ雪希の背中を見つめていた。


(……もしかして私……いや、そんな訳ないよね)


 龍華は振り返り、学校から離れた後に帰路に着いた。


(雪希と一緒に帰りたかったんだけどな……)


 ◇◇◇


 夕方。心葵は自宅で夕飯を作っていた……とは言ったものの、今夜の夕飯はカップ麺。湯を沸かし注いだだけである。


(まだちょっと痛いけど、今回は入院する程じゃなくてよかった……)


 包帯を巻き、傷口が開かないように処置をした。因みに包帯を巻いたのは舞那。

 本日舞那は自宅で過ごしているため、心葵は孤独。しかし孤独にはなれているため、特に寂しがることはない。


(そろそろいいかな……)


 柔らかい麺を好む心葵は、カップ麺を作る時は3分以上待つ。今回は4分数十秒待った。

 蓋を捨て、かき混ぜた後に箸で麺をすくいあげる。その後心葵はスープが絡んだ麺を啜り、味噌の匂いを嗅ぎながら麺を咀嚼する。


「……?」


 よく食べている味噌味のカップ麺。間違えて買うはずがない。しかし心葵は、カップ麺の容器を確認する。今食べているものは間違いなく、いつも買っているものと同じ。

 ただ今食べているものは、いつも食べているものと少し違っていた。


(スープの素が少なめに入ってたのかな……それとも食べ慣れて舌が肥えた?)


 薄かった。

 確かに味噌の匂いはしている。見た目もいつも通り。しかしいつも食べているものよりも、明らかに味が薄い。


(まあいっか……味が薄くても死ぬわけじゃないし)


 心葵はそのままカップ麺を食べ終え、洗い物を済ませた後に入浴の準備を進める。脱衣所で服を脱ぎ、脱いだ服を洗濯機に投入。浴室に入り、シャワーで全身を濡らす。

 洗顔の後は頭を洗い、その後身体を洗ってから浴槽に浸かる。いつも通りの行動を続ける。


(舞那……今頃何してるかな……)


 ◇◇◇


 同時刻、舞那は入浴を終えていた。誠一は締切寸前ということで編集に監禁されているため、現在自宅には舞那1人。

 下はショーツ、上はシャツ1枚という淑女とはかけ離れた姿で、舞那はテレビを見ながらアイスを食べている。もしもこの姿を心葵が見ていたならば、確実に興奮しているのだろう。


「ん?」


 雪希から着信が入り、舞那はスマートフォンを手に取る。


「もしもし?」

『舞那……常磐さんのことなんだけど。理央に話した方がいいと思う?』


 撫子の死について、2人はまだ誰にも報告していない。


「このまま話さなくても、生徒会同士のやりとりで絶対知る。後になって知るより、先に私達から言っておいた方がいいかも……辛いけど」

『やっぱりそうだよね……電話より口頭の方がいいと思うし、明日になったら……』


 沈黙が続いた。

 腕を失った数日後に、自分の知らないところで撫子が死んだ。この不幸の連鎖は、理央にどんな影響を与えるのか。2人はそれが怖かった。

 特に撫子を殺した舞那は、理央への顔向けすら躊躇っている。人殺しだと蔑まれるのか、友情を失うのか。考える程、舞那の中の"もやもや"は大きくなった。


「大義名分のために人を殺して、残された人達のことを考えて気に病む。もう何度も戦ってきたはずなのに、一向に慣れる気がしないな……」

『……私も。けどここまで来れば、もう戦いから退くことはできない。例えプロキシーになったとしても……私は戦う』


 プロキシーになれば、千夏や撫子のように理性を失う。その時点でプレイヤーの敵となり、他のプロキシー動揺に駆除される。しかし雪希の発言に偽りはなく、プロキシーになったとしても自我を保ち、戦える限り戦い続ける自信がある。


「……じゃあ私も、プロキシーになっても戦う。それに、もし仮に"暴走"しても、また雪希ちゃんが止めてくれるって信じてるし」

『……うん。ごめん、私からかけておいてなんだけど、そろそろ切るね』

「いいよ。じゃあまた明日ね」

『うん。また明日』


 通話を終え、舞那はため息を吐きながらスマートフォンを机に置いた。

 同タイミングで、雪希も机にスマートフォンを置き、ため息を吐いた。


(もう暴走なんてさせない……私はもう、舞那に刃を向けたくないから……)


 懐かしくも忌まわしい1回目の戦いを思い出した雪希は、気を紛らわせるために本棚に手を伸ばした。

 直後、部屋のドアがノックされ、妹の秋希あきが室内に入ってきた。


「お姉ちゃん、コンビニ行ってくるけど何かいる?」

「んー……じゃ、私も一緒に行く」

「え、珍しい……いつもなら家に残るのに。何か心境の変化でも?」

「ただの気分転換。着替えるからちょっと待ってて」


 本は読み損ねたが、秋希とコンビニへ行き、その後2人でテレビゲームをしたため、結果的に気は紛れた。

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