《67》 信仰
学校内に出現していたプロキシーは41体。時間停止時点で変化途中だった個体を含めれば、合計56体。殆どの個体の体色は緑だが、極一部の個体の色は異なっている。これは撫子が発動した光の翼の能力の影響である。
撫子の発動した能力は"感染"。効果対象範囲内の人間に、プロキシーへと変化させる光を浴びせる。光には即効性と遅効性の2種類が存在し、即効性の光を浴びた人間はその場でプロキシーに変化する。
遅効性の光は最低1週間程の潜伏期間を経た後、潜伏先の身体を蝕み、その人間をプロキシーへと変化させる。さらに潜伏期間中、光は不可視の光へと変化し、周囲の人間に伝染する。伝染した人間も最低1週間の潜伏期間を経て、プロキシーへと変化する。そして伝染先からさらに伝染し、さらにまた別の人間に伝染する。
即効性、遅効性共に、感染者は緑のプロキシーへと変化する。しかしそれ以前から、プロキシーになることが決められていた人間は、変化予定であった色のプロキシーへと変化する。校内のプロキシーの一部が緑ではないのはそのためである。
無論、この時の舞那達は伝染などは知らず、いつも通りのプロキシーだと思い戦った。しかし、死んでいくプロキシーの様はいつもとは少し違った。
プロキシーの血は赤い。しかし今日のプロキシーの血は緑色。血が赤であれば、まだ人間の部分を残しているように見えるが、血が緑というのは化物そのもの。化物であることに変わりはないのだが。
「っ!!
死角からプロキシーに左腕を噛まれた心葵。傷口から出血しながらも、心葵はプロキシーの頭部を引き剥がし、ハルバードの斧頭でプロキシーの首を落とした。
「心葵!」
舞那は周囲のプロキシーを光の刃で切断し、負傷した心葵へと駆け寄る。
「大丈夫!?」
「痛いけど、なんとか……っ! 後ろ!!」
舞那の背後にプロキシーを確認した心葵が叫び、直後に舞那は鉄扇を開く。
鉄扇が開かれたことで盾が発動し、効果適応範囲内に入っていたプロキシーは身体の前半分が消滅。死亡したプロキシーはそのまま前に倒れ、結界に触れ消滅した。
「~! 疲れるけど仕方ない!」
舞那は鉄扇を閉じ、金色の光を集約。
不可視の刃を最大まで延長させ、少し体勢を低くしてから身体を2回転させた。不可視の刃はプロキシーの膝上と胴体を切り裂き、廊下中に緑の血液が飛び散った。
切断されたプロキシーはその場に崩れ落ち、切断面から内臓の断片がこぼれ落ちる。
学校の廊下に散乱する内臓と、床や壁を染める緑色の血液。その異常な光景に、心葵は吐き気を催した。
「メラーフ、校舎内にあと何体いる?」
「えーっと……あと4体だ。不可視の刃で殺せる場所にいる」
「……なら、この場で殺す!」
横一閃。斜め一閃。縦一閃。最大まで伸ばした不可視の刃は、舞那を中心に何度も円を描く。円は等間隔で角度を変え、最後の円を描く頃には刃は球体状に切り裂いていた。
校内に残っていたプロキシーは全て切断され、舞那と心葵の知らないところで死亡した。
「……よし。校舎内は終わった」
「ふぅ……残りは雪希ちゃん達に任せるとして……メラーフ、心葵の傷口治せる?」
「完治はさせられないが、塞ぐくらいならできる」
メラーフは心葵に手をかざし、透明な光を集約させた。
心葵の傷口は徐々に塞がり、出血は治まった。しかしメラーフの言った通り完治とはいかず、まだ腕にはプロキシーの歯型が残っている。
「すまないがこれが限界だ。後は自然治癒に任せるしかない」
「……もしかして完全に治癒できる神っていた?」
「僕が生まれるよりも前に、アスクレピオスという神がいたらしい。彼の医療技術は驚異的で、死者すらも蘇らせたらしい。君達で言うところの"神話の時代"でね」
人間により語られる神話の中では、人間として生まれたアスクレピオスは"アテナ"より授かった杖を使い、死者を蘇らせたとされている。しかしその行動を良く思わなかった"ハデス"は抗議。"ゼウス"は抗議を聞き入れ、雷霆によりアスクレピオスを殺害。
その後アスクレピオスは生前の功績を称えられ、へびつかい座として神の一員となった。
だがメラーフの聞いたアスクレピオスは、ハデスの抗議を受けることも、ゼウスの雷霆を受けることもなく、老衰後に功績を称えられ神となった。その後アスクレピオス神として、神の傷や病を癒し、ごく稀に人間を癒した。
「へぇ……思ったんだけど、アスクレピオスがプロキシーを作ってたら、アスクレピオスと同じ技術を持ったプロキシーが生まれたりしないの?」
「んー……神がプロキシーを作り始めたのは結構最近……といっても数百年は経つか。その頃にはアスクレピオスは勿論、ハデスやゼウスといった有名どころも死んでる。仮にプロキシーを作れたとしても、恐らく全く違う才能を持ったものが生まれるだろう」
人界に伝わっている神話と、メラーフに伝わっている実際に神が生きた話では、かなり違いが生まれている。故に、神話の中では劇的な死を迎えていたとしても、実際にはとても劇的とは言えないような死を迎えたということはよくある。
「そういやメラーフ、他の神は死んだって言ってたけど、老衰とかで死んだの?」
「神同士の戦いが起こって、多くの神はそこで死んだ。後は老衰だね。因みに言うと、僕は老けない以前に死なない」
「死なないって……なんで?」
メラーフはゼウスやハデスと言った神々と、全く同じ存在である。にも関わらず、メラーフは自らを不老不死だと言い切っている。
「人間が神を知り、その存在を書物などに記した。その後神自身が存在を証明し、人間はその神を崇め、宗教ができた。人間が認知し、信仰心を持った瞬間、信仰心は神の身体に影響を与えた」
「……影響?」
「信仰心が神の力となり、信仰心が強ければ強い程、その神は力を増した。しかしその力はいずれ神の身体を蝕み、寿命というものを与えてしまった」
神を信じ崇める程、神は身体を蝕まれた。信仰が神を殺した、と言っても過言ではないのだろう。
メラーフの発言が本当であれば、全ての宗教が神を殺した原因であると言える。
「存在していた神全てが人間に知られ、各々の信仰心により、神々は寿命を迎えることとなる。しかし僕は、神を崇めていた人間……つまり、神の存在を肯定した者達が死んでから生まれた。そして僕は人間に存在を明かさなかったため、僕に対する信仰心もなかった」
「……信仰する人がいないから、寿命がない……ってこと?」
「そういうこと。当時の人間に神の存在は大きすぎた。それ故に信仰心が神の身体を蝕んだ。文明が発展した今の人間が仮に僕を信仰したとしても、僕に影響は一切ない」
神の存在が否定されている今だからこそ、神は永遠に生きられる。なんとも皮肉な話である。
「さて、雑談はこれまでにして……廣瀬雪希と犬飼龍華の様子でも見てくるよ」
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