《66》 消滅
「私の高速移動よりも速い……!?」
回避するガイの姿は見えなかった。
その動きは最早「速い」などと言う領域を超えている。それに気付いたのは唯一神、メラーフのみだった。
「まさか……時間に干渉したのか!?」
「……大当たり。さすがはメラーフだね」
ガイの持つ翼の本数は4本。それに伴い、光の翼は2種類使用できる。
1つ目の力は"促進"。自身、或いは自分以外の対象を指定し、その個体が持つ力を増幅させる。今回ガイは撫子の中の力を増幅させ、許容量の限界を突破。プロキシーへと変化させた。
2つ目の力は"時間停止"。現在はメラーフのみが使用できる、その名の通り時間の停止を行えるものである。メラーフの能力同様、停止中は停止している物体には干渉できない。だがその代わりに、相手の攻撃の瞬間に停止させ、その攻撃を確実に回避できる。
「さすがにクロノスのような時間操作は行えないし、停止させたところでメラーフには及ばない。けど、君達人間を殺すには十分」
「……ガイ、君は一体何をした? 何をしてそこまで進化した?」
ガイは既に、メラーフの把握しているガイではない。メラーフの予想を遥かに上回る進化を遂げ、現時点ではメラーフしか使えない時間への干渉を可能とした。
ただ単純に人間を捕食したところで、多少ステータスに変化が現れる程度。いくら捕食しても、ここまでの進化はありえない。
「……簡単だよ。ただの人間じゃない、プロキシーを宿した人間を食べた。この結界内には、プロキシーの力を宿し、それに気付いていない人間が大勢いる。メラーフが閉じ込めたんだろう?」
「……気付いてたのか。だが理解できないな。プロキシー化を待つ人間は、変化の時を迎えない限り僕にも判別できない。なぜ君にはそれが分かる?」
「私がプロキシーだから。知ってると思うけど、プロキシーとプロキシーは互いに共鳴し合う。私だけじゃない、メラーフが作った代行者は全員、プロキシーの位置と数を把握できる。判別なんて容易よ」
ガイはプロキシーへ変化するであろう人間を見つけ、メラーフの視界の外で捕食していた。
プロキシーへと変化する人間1人に含まれる力は、普通の人間10人分。プロキシー予備軍を10人捕食すれば、人間100人分の力を得られる。ガイはそこに目をつけ、プロキシー予備軍のみを選りすぐり捕食した。
捕食した人数は約200人。人間を2000人捕食したのと同じ栄養を得てしまった。その結果、ガイは強大な力を得た。
「私はこれからも、プロキシーの力を得た人間を喰らう。そして……この世界を終わらせる」
ガイは時間停止を再度発動し、その場から消えた。
そしてガイが消えた直後、微動だにしなかった撫子が動き、慟哭と共に舞那達への攻撃を開始した。
「心葵と犬飼さん、雪希ちゃんは外のプロキシーをお願い。常磐さんは私が……!」
「……舞那がそうしたいなら、私はそれに従う」
「私も。悪いけど、龍華も大人しく従ってくれる?」
「……金のアクセサリーの力を見られると思ったんだけど、仕方ないか」
舞那の指示通り、3人は校内に存在しているプロキシーの駆除をすることとなった。メラーフは校内に存在するプロキシー、及び変化途中の人間のみを動かし、それ以外は停止を維持した。
生徒会室にて向き合う舞那と撫子。あまり会話をしたことがない2人だが、共に戦った以上、互いを仲間だと認識していた。
しかし今は違う。千夏同様にプロキシーへと変化し、人間の心を失っている撫子は、最早舞那どころか人間の敵となる。
プロキシーを駆除し、人間を守る為にプレイヤーは存在している。故に、プレイヤーである舞那は撫子を殺さなければいけない。仮に共に戦った仲間であっても、ためらってはいけない。
「……自己紹介してなかったね。私は木場舞那。常磐、撫子ちゃん……だよね。理央から聞いたよ」
舞那は構えていた腕を下ろし、閉じていた鉄扇を開いた。
「辛いよね……苦しいよね……ただの女の子だったのに、プロキシーになって……」
千夏がプロキシーになった時、心葵は誰も想像できない程に苦しんだ。だがそれ以上に苦しかったのは、千夏本人だった。
もう心葵と笑い合うことはない。もう心葵とキスをできない。もう心葵の身体を感じることができない。もう心葵を愛することができない。愛する人を愛せない。それは千夏でなくとも、愛する人がいる者からすれば苦痛そのもの。
現時点、撫子には愛している人はいない。だが理央などの友人が大勢いる。
もう二度と、友人達と遊ぶことも、家族と過ごすこともできない。心の奥の更に奥に封じ込められた主人格の撫子は、上下左右前後が分からない空間で、自らが化物になってしまったことを嘆き苦しんでいる。
愛する者ができたことで、舞那にもその気持ちが理解できるようになった。仮に自分がプロキシーになってしまえば、千夏のように苦しむ。心葵を悲しませてしまう。
舞那の想いは涙となり、頬を伝い床へ落ちる。
「私の好きな人、心葵って言うんだけど、前に千夏って子と付き合ってたの。けど千夏は、撫子ちゃんと一緒でプロキシーになって……心葵に殺された」
主人格の撫子は、微かに聞こえる舞那の声に耳を傾けた。舞那の言ったことが真実であれば、プロキシーになった自分は死ななきゃいけない。撫子はこれから迎える運命を理解した。
「こんなこと言ったところでどうにもならないよね……撫子ちゃん、いつか必ず、私が人間として生き返らせる。だからそれまでの間……千夏と一緒に、私達を見守って……」
舞那は撫子へ歩み寄る。その最中、金のアクセサリーの能力である盾を発動。プロキシーと化した撫子に、触れた瞬間に塵になる不可視の結界が近付く。しかし撫子は動かない。
心の中に閉ざされていた主人格の撫子が、身体の主導権を取り戻していたのだ。
(木場さん……ありがとうございます。私のために泣いてくれて……私を殺してくれて……)
プロキシーの撫子の意識はある。しかし主人格の撫子に身体を支配され、思うように身体が動かない。プロキシーの撫子は混乱した。
1歩ずつ近付いてくる舞那からは殺気が感じられない。しかしプロキシーの撫子は、舞那を酷く恐れた。
「おやすみ、撫子ちゃん……」
舞那を囲む結界が撫子に接触。真正面から結界に触れた撫子は、苦しみを味わう前に消滅した。
撫子が纏っていた衣服も、所持していた緑のアクセサリーも消滅した。この日、常磐撫子は跡形もなくこの世から姿を消した。
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