《65》 伝染

「それじゃあ。また明日」

「うん。気をつけてね」


 分かれ道でそれぞれの帰路についた舞那と雪希。しかし2人が数メートル前に進んだところで、突如現れたメラーフが指を鳴らして時間を止めた。

 蝉の鳴き声が途絶えたことで、2人は時間停止を悟る。そして時間が停止したことは、恐らく背後にメラーフが立っている。そう予想して2人は振り返った。


「……まずいことが起こった。常磐撫子がプロキシー……いや、代行者と同じ力を得た」

「「っ!?」」


 人間が代行者と同じ力を得た。それを聞いた瞬間、舞那の脳内にかつての千夏の姿がイメージされた。

 翼を生やし、皮膚が変色し、愛する者さえも分からずに攻撃する。見境なしに人間を襲うプロキシーと殆ど変わらない。

 その姿は人であって人ではない。


「ガイが何かやったようだが……恐らく、ガイの持つ光の翼の力だろう」

「……っ! どこに行けばいい!?」

「渦音高校に行けば会える。幸い今君たちの姿を確認している人間はいない。時間を止めたまま向かうといい」


 渦音高校到着後に時間を再開させれば、止まっていた人間からすれば舞那達が一瞬でその場から消えたように見える。もしも周りに他の人間がいれば問題になる。

 現時点周囲に人間はいないため、舞那達は停止した時間の中を動ける。ただ一つ、メラーフが予想していなかった問題が生じた。


「……雪希ちゃん、渦音の場所分かる?」

「……メラーフ、案内してくれる?」


 舞那も雪希も、渦音高校の場所を知らなかった。


 ◇◇◇


 メラーフの案内により、舞那と雪希は止まった時間の中で渦音高校に到着した。体力を極力温存するため、2人は歩いて向かったのだが、渦音に近付くにつれてその足取りは重くなった。


「あ、舞那……」

「心葵……来てたの?」


 渦音高校には制服姿の心葵と龍華がいた。心葵は敷島高校、龍華は水瀬高校であるため、本来ならばこの場所にいるはずがない。

 撫子のプロキシー化を察知したメラーフにより、事前に呼ばれていたのだ。

 龍華はいつも通りだが、心葵の表情と声は暗い。


「まさか常磐さんまで……千夏みたいに……っ!!」


 プロキシー化した千夏の姿は、今でも鮮明に網膜に焼き付いている。まだ見てはいないが、恐らくは撫子も千夏と似た姿になっているのだろう。そう考えただけで、心葵の胃はキリキリと音を立て、手は震えた。


「……メラーフ、常磐さんは絶対に殺さなきゃダメなの?」


 プロキシーへと化したとは言え、撫子はプレイヤーとして共に戦った言わば同胞。どこかの知らない誰かがプロキシーと化した時よりも、龍華は殺害を躊躇う。


「犬飼龍華は知らないだろうが、紫のプレイヤーだった大野千夏は、力の許容量オーバーでプロキシーと化した。プロキシーと化した人間は死ぬ必要がある……風見心葵ならば、それは理解しているはずだ」

「……プロキシーになる時、身体に痣ができる。その痣は死ぬ程痛い。千夏も……その痛みに苦しんでた」


 千夏の手紙を読み、心葵は千夏の感じていた苦しみを理解した。

 しかし心葵はその苦しみを体感していない。よって実際の苦しみと、心葵が理解した苦しみとは、多少なりとも誤差はあるのだろう。


「だから私達が、痛みから、苦しみから救ってあげなきゃ……」


 それでも心葵は、撫子を死ぬ程の苦しみから解き放つため、戦う意志を固めた。


「……苦しみから解き放たれるには死ぬしかない、か……皮肉な生き物ね」

「……すまない……さあ、中へ案内する。常磐撫子と……ガイを殺してくれ」


 メラーフの手招きで、舞那達は校内へ入る。そしてその直後、舞那達は信じられない光景を目にする。

 校内に存在していた生徒教職員のほぼ全員が、プロキシーへと変化。もしくは変化途中で止まっていた。その光景は、以前小学校で大量発生した時のものと似ていた。


「……ガイがやったの?」

「……常磐撫子の、光の翼によるものだ。恐らくはグライグと同じ、周囲の人間をプロキシーへと変化させる力だ。だが常磐撫子がその力を得た原因はガイだ」

「ガイ……!! メラーフ、金のアクセサリーを使わせて」


 メラーフは少し渋る表情を見せ、2回ほど躊躇った後に金のアクセサリーを取り出し、舞那へと差し出す


「分かっているとは思うが気をつけてくれ。現時点、金のアクセサリーを使えるのは君だけ……なるべく失いたくない」

「……分かってる」


 メラーフの誘導で、舞那達は生徒会室までやって来た。呼吸を整えながら互いに頷き、代表して雪希が扉を開けた。

 室内には笑みを浮かべて停止したガイと、光の翼を広げたまま停止した撫子がいる。撫子の姿を見た瞬間、心葵と舞那は思わず目を背けてしまった。かつてプロキシーへと変化してしまった、千夏の姿を重ねてしまったのだ。


「時間を動かす前に変身しておいた方がいい。不意打ちになるが、時間を動かした直後に攻撃してくれ」


 舞那達は覚悟を決め、アクセサリーを武器へと変化させる。同時に変身し、武器を構えてガイと撫子へ歩み寄る。

 心葵と龍華は撫子の両隣に立ち、舞那と雪希はガイの両隣に立つ。そしてそれぞれが武器を首元に近付け、脅迫しているかのような状態になった。

 すぐには殺さない。確率は低いが、ガイならば撫子を人間へ戻す方法を知っているかもしれない。知っているなら方法を聞き出す。そのため、あくまでも最初は威嚇。そう決めている。


「この状況で生徒達がプロキシーになると、後々面倒な事が起こるだろうから、動かすのはガイと常磐撫子のみにしておく。よし……動かすぞ」


 メラーフが指を鳴らし、止まっていた時間を動かし始めた。


「……時間を止めてたんだ、メラーフ」

「そうだ。ガイ、君に聞きたいことがある。プロキシーへ変化してしまった人間を、元に戻す方法を知ってるか? 知っているなら話した方がいい。話さない、あるいは抵抗しようものなら、君の隣にいる彼女達が君を殺す」


 右隣から、舞那が光の刃を向ける。

 左隣から、雪希が七支刀を向ける。

 2人の能力があれば、ガイが仮に抵抗しようとも対応できる。


「悪いが、知らないな。プロキシーへの変化は、言わば神への進化。一度進化してしまった生命は、もう退化することはできない」


 これ以上何をしても、ガイは恐らく口を割らない。それ以前に、本当に人間を元に戻す方法はない。

 舞那と雪希は同時に動き、ガイを殺すために攻撃をした。だが、


「っ!?」


 高速移動の攻撃は避けられ、光の刃も避けられた。


「そんな遅い攻撃、今の私には通用しない」

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