《64》 緑の翼

 ガイは背中から生やした4枚の翼の、うち2本に灰色の光を集約させた。眩い光を発した後に翼は透け、グライグと同様に神秘的で美しい姿へと変化した。

 光の翼はグライグが既に使用し、舞那達の前で披露している。しかし光の翼が使用された際、撫子はその場にいなかった。

 当然撫子は光の翼などは知らず、目の前で起こった現象を信じられずにいる。


「綺麗な翼、でしょ?」

「……だからどうしたの? 翼が変わったくらいで、強くなったとは考えられない」


 撫子は弓を強く握る。


(今の私では勝てない……けど、この場を乗り切ることはできるかもしれない!)

「変身!」


 生徒会室で変身した撫子。

 半分以上の生徒が帰ったとは言え、もう半分と教職員がまだ残っている。もしも現場を目撃されれば、正体はバレないにしろ大騒ぎになる。

 しかし目の前に敵がいる以上、他の目を気にする余裕などない。


「戦いに来た訳じゃないって言ったのに……まあいいや。もう私の役目は終わった」

「終わった……? 一体何を……っ!!」


 撫子は弓を構えた。そのまま能力を使おうとした瞬間、撫子は脚に強い痛みを感じた。


「何……何なのこれ!!」


 痛みを感じた箇所は緑色に変色している。それは変色した千夏の腕と同じ。アクセサリーに宿るプロキシーの力によるものである。

 しかし撫子とアクセサリーの同調率は千夏未満。それどころかむしろ低い。プロキシーの力が体内に残り、千夏のような痣を作るとは考えにくい。


「今、君の身体はプロキシーへと変化しつつある。完全に変化すれば、君は人間を超越した存在……私達と同じになれる」

「あんた、達と……同じ……!?」


 痣は徐々に広がり、既に片脚の全体が変色した。

 焼かれるような痛みに撫子は涙を浮かべ、床に膝をつく。痣の拡大は収まることなく、時間の流れとともに撫子の身体を蝕む。


「ふざ……けるなぁぁぁ!!」


 撫子は弓に光を集約させ、一度に複数の光の矢を放つ。放たれた複数の矢はさらに分裂し、ガイへ向かって走る。さらに磁力操作も加わり、矢は四方八方からガイを狙って走る。

 さらに撫子は光を集約させ、出せる力の全てを注ぎ込んだ一撃を放とうとした。


「私は人間だ!!」


 矢を放つ直前、突如として撫子の背中から緑色の翼が生えた。自らを人間だと断言した直後の出来事であった。

 翼が生えた瞬間、ガイはその顔に笑みを浮かべた。そして撫子が放った矢をガイが全て受け切った時、撫子はようやく自らの翼に気付いた。


「……嘘でしょ……」


 地球上に存在する鳥とは似ても似つかぬ羽根を持つ緑の翼。ギラウスが生やしていたものと酷似しているが、羽根の形は異なっている。ただギラウスを知らない撫子は、そんなことは気にならない。

 翼を生やしたプロキシー、代行者。彼女達のみが生やしているはずの翼が、なぜか自らの背中から生えている。そして翼が生えてから、感じていたはずの痛みが消えている。

 人間として感じていた痛みを感じなくなり、代行者と似た翼を生やした撫子は、自らが人間ではなくなったことを理解してしまった。


「あ……あぁ……」


 絶望。撫子の中に湧き上がった感情は、たった2文字で表せる負の感情だった。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 校内に響き渡る撫子の叫びは、自らの喉を裂き、鼓膜を破るのではないかと感じられた。

 人間として生まれ、人間として育ち、人間としてプロキシーと戦っていた。そんな撫子は、自らの意志とは逆にプロキシーへ変化してしまった。


「君の力はどんな力なのかな?」


 気を狂わせるような叫びに呼応するように、撫子の翼は徐々に透けていく。瞬く間に翼は緑色のガラス細工のように変化し、光の翼へと進化を遂げた。

 光の翼は叫び声と共に緑色の光を広め、一瞬で学校とその周辺を覆った。


「驚いた……まさかグライグと同じ……いや、グライグ以上の力を持つとはね……」


 撫子の翼の力を見たガイは、再び笑みを浮かべた。


(この力があれば……私の目的は果たされる!)


 ◇◇◇


(ここは……)


 限りなく黒に近い緑色の闇。天井も無ければ床も無い。ましてや壁すらも存在しない。そんな場所に撫子はいた。

 身体に何かが当たっている感触がない。立っている感覚もない。撫子は今、自分がどのような状態にあり、どちらが上でどちらが下かも分からない状態にある。


(そうだ……翼が生えて……人間じゃなくなったんだ……)


 撫子は嘆いた。プロキシーを恨み、殺し続けた撫子だが、最終的には自分自身がプロキシーになってしまった。


(お姉ちゃん……ごめん、私……化物になっちゃった……)


 涙を流すが、涙は頬を伝わず、蒸発するかのように消えていく。

 撫子は杏樹と同じかそれ以上にプロキシーを恨んでいる。その恨みは撫子に力を与え、低い同調率ながらもプロキシー相手に勝利してきた。

 撫子がプレイヤーになる直前、撫子の姉であるさくらはプロキシーに捕食された。その現場を目撃した直後、メラーフと出会いプレイヤーになった。しかしプレイヤーになった時点で既に桜は死んでいたため、初陣で勝利を飾るも、悲しみの涙を流した。

 桜を捕食し、理央の腕を奪い、数多くの人間に涙を流させたプロキシーは、撫子にとっての殺害対象。それは一切揺るがない。

 しかし今の撫子は、プロキシーと殆ど同じ存在。恨んでいた存在と同じ身体になったことを、撫子は酷く嘆く。


(……そっか、ようやく分かった……)


 撫子は僅かに感じる喉の痛みで、今自分が置かれている状況を理解した。それはあくまでも仮説にすぎないが、それが真実であると撫子は確信している。


(身体はもうプロキシーになって、私は心の中に幽閉されたんだ……)


 ◇◇◇


 撫子が自身の幽閉に気付いた時、自我を失った撫子は叫び終わりガイと対峙していた。自我がないためガイが敵か否かさえ判断できていないが、撫子は攻撃することなくただ見ていた。

 対するガイは徐々に距離を詰め、自我を失いまともな思考を持っていない撫子と改めて接触した。


「私と来て。そうすれば君は生かしておいてあげる」


 自我は失っている。しかしプロキシーとして、撫子はガイの言葉を信じた。最早人間としての撫子の思考を身体は受け取らず、本能のまま活動している。

 撫子はガイの前で片膝を床につき、忠誠を示した。


(これでまた1手進んだ……)


 人類の根絶。

 撫子が忠誠を誓ったことで、ガイは自らの目論みが達成に近付いたことを確信した。

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