神の翼
《63》 失踪
市内全ての高校で新学期が始まり、ほぼ同じタイミングで始業式が開始された。始業式では最初に、どの高校でも同じ内容の話がされた。
色絵町及びその周辺で、連続して起こった失踪事件。5月から失踪事件は多発していたが、夏休みに入ってからはその件数が急増。さらに町内の小学校では生徒と教職員が集団失踪し、なぜか目撃者などもいなかったため事件は迷宮入り。
近所を歩いていた女子高生の証言によると、その女子高生が小学校の前を通り過ぎた際は、既に学校に生徒も教職員もいなかった。とのこと。
集団失踪事件は様々な考察を立てられ、他国や反社会勢力による拉致説が最も囁かれた。立てられた考察の中でも一際異色であったのは、何らかの理由で塵一つ残さず消えてしまったという"消滅説"。消滅説はさらに"新型兵器説"、"未知の病気説"、"神の怒り説"の3つに分かれたが、新型兵器説が一番現実味があった。
消えてしまった人達の家族は、捜索願いを出した上で「探してください」と書かれた写真付きの紙を町内に貼っている。千夏、日向子、死亡したプレイヤー、プロキシーになってしまった市民、捕食された市民……理由は様々だが、町から消えてしまった人間は数えきれない。
集団失踪はニュース番組にも取り上げられ、事件は日本全国に知れ渡る。日本で起こった集団失踪は、恐らくこの時期で一番注目を浴びた話題だった。
舞那達プレイヤーは、集団失踪の話題が出る度に心臓を掴まれるような感覚に陥った。自分達は失踪の真相を知っている。しかしその真相を話したところで、信じる人間は数少ない。それどころか、重要参考人や容疑者として拘束される可能性がある。
極一部にすぎないが事が公になった以上、プレイヤーは今まで以上に失踪の真相を己の内に隠しながら、誰にも悟られるように生活する必要がある。吐きたくても吐けないようなもどかしさは、プレイヤー達に今まで以上のストレスを与えるのだろう。
「生徒会長挨拶。生徒会長、お願いします」
司会進行の合図で、控えていた理央が壇上に立つ。理央の姿を見た瞬間、クラスメイトと極一部の生徒を除く全生徒教職員が息を呑んだ。
ガイにより切断された腕は戻らず、理央は一件以降片腕で生活している。メラーフの力で傷口は修復できたため、出血の心配はない。とはいえ短時間での修復は不自然に思われるため、理央は包帯で切断箇所を隠している。
生徒席で見ていた舞那と雪希と杏樹は目を逸らし、日向子は驚いた顔を見せた後に目を閉じた。沙織が死亡し、戦いから退いた日向子は、理央の腕については何一つ聞いていなかった。しかしその腕を見た瞬間、戦いにより失ったのだろうと拝察した。
「この度、生徒会長へと就任致しました。笹部理央と申します」
理央は挨拶の後、事前に用意されていた原稿を淡々と読み上げる。しかし生徒の大半は腕が気になり、理央の発する言葉はあまり耳に入っていない。それを知ってか知らずか、声の音量は徐々に下がっていく。
(こんなことが言いたいんじゃない……)
理央は一向に感情を表に出さず、ただ淡々と原稿を読みつづける。
(あらかじめ原稿を読むなんて誰でもできる)
読み続ける。
(もしかして、私が腕を失うのも誰かのシナリオ通りなのかな)
読み続ける。
(腕無くなって、みんなからは悲哀の目で見つめられる)
読み続ける。
(晒し者にされるくらいなら、いっそ腕だけじゃなくて命も無くしたかった)
読み続ける。
(この感情も、誰かのシナリオ通りなのかな)
原稿を読み終え、体育館は静寂に包まれた。
もしかしたら理央が聞こえていないだけで、生徒は拍手をしているのかもしれない。しかし心にもない言葉に心にもない拍手をしたところで、誰も得をしない。
ここで理央は役目を終え、後ろへ下がる予定だった。
「……最後に1つ、みなさんに宿題を出します」
杏樹も、司会進行役も、教職員も、誰も予想していなかった原稿外の発言。誰もが理央の話が終わったと思ったが、理央の考え通り虚をつかれ、まともに聞いていなかった理央の言葉に耳を傾けた。
「提出期限どころか、提出物自体がありません。ただみなさんに、
館内がざわつく。
「我々人間は、様々な生命を犠牲にして生きています。でもそれは当たり前のことです。生命は他の生命を犠牲にしなければ生きていけません」
舞那達は恐れた。人間を食べるというプロキシーの行為を肯定しているのではないかと。
しかし、理央は肯定などしていない。
心葵同様に、理央は戦争などを嫌っている。だからこそ、映画や小説などで戦争を直視し、受け入れはしないものの嫌いなものと向き合おうとした。命の尊さや重さを理解しようとした。
幾人も人間が殺される戦いの中で、腕を切り落とされ、死ぬ程の痛みを味わい、今を生きている。命について考えていた理央にとって、その出来事はさらに命を考えるよう促した。
「もしよければ食事の際、食べているものの原材料が生きていた時の風景を思い浮かべてください。心がある人であれば、きっと文字通り噛み締めて味わえるでしょう。私からは以上です。ご清聴ありがとうございました」
拍手はなかった。誰も拍手しようとは思えなかった。
◇◇◇
始業式の後、各クラスでホームルームが行われ、昼前には終了。本格的に授業が始まるのは明日以降であるため、本日はこれにて終業。
ホームルームを終え、舞那は帰る準備を進める。その途中、舞那は「一緒に帰ろう」と沙織に声をかけようとした。
「あ……」
沙織は1人で教室を出ていった。
夏休み前までは、沙織と日向子の2人と共に帰ることが多かった。3人でなくとも、沙織と日向子はほぼ毎回共に帰っていた。
(1人で帰る、か……)
舞那はリュックを背負い、教室から出ようとした。
「舞那」
「……雪希ちゃん……」
教室の出入口付近に立っていた雪希が舞那を呼び止めた。
「一緒に……帰ろ」
「……うん」
2人で廊下を歩き、階段を下り、校門から出る。その間2人は会話をしていない。
校門を出て学校から離れ、周囲に一般生徒がいなくなり、ようやく雪希が口を開いた。
「……理央の目、あの頃と似てたね」
「……でもあの頃はもっと荒んで、正直見ていられなかった。今の理央には杏樹ちゃんがいるから、まだ大丈夫だと思う」
1回目の2018年で、黄のプレイヤーとして戦っていたのは理央。当時の理央は同棲相手の杏樹に戦いを隠しており、戦いが激化した際に杏樹の家から出ていった。戦いに巻き込みたくなかったのだろう。
しかしその直後、杏樹が死んだ。プロキシーに捕食されたのだ。
理央は杏樹から離れたことを後悔した。その後悔は理央の闘争本能を引き出し、理央は日常生活を捨てて戦いを続けた。不登校になり、家にも帰らないこともあった。睡眠の回数と時間は減り、食事の回数と量も減った。
自身の命を削り、怒りに身を任せ戦う。いつしか理央は衰弱し、戦いの中で命を落とした。
当時の理央は自己の命を軽く見て、命の重さというものを理解しようとしなかった。しかし今の理央は命の重さを理解しようとしているため、1回目とは違った未来を生きている。
「早く終わらせようね、この戦い」
「うん。そのためには……もっと私が強くなって、銀のアクセサリーを使えるようにしないと……」
「……私も、金のアクセサリーを使えるようにならないと……」
◇◇◇
渦音高校生徒会室。室内には撫子1人。
椅子に座り、撫子は緑のアクセサリーを見つめる。
(強くなりたいな……今の私じゃ、代行者には勝てない……理央さんも戦えなくなった今、私には力がいる……)
撫子は2つのアクセサリーを所持している。しかしそれは心葵や龍華のような複数の色ではなく、緑の複数所持。仮に所持している2つのアクセサリーを同時に使っても、使える能力は磁力操作のみ。身体能力の変化も見られない。
この力では代行者相手には通用しない。撫子は自身の持っている力の限界を理解していた。
「やあ、緑のお嬢さん」
「っ!!」
室内には撫子しかいない。そのはずだった。しかし何者かが背後から撫子に声をかけた。驚きながら振り返る。そこにはガイが立っており、微笑みながら撫子を見下している。
撫子は咄嗟にアクセサリーを弓へと変化させ、変身しようとした。
「落ち着いて。今日は戦いに来た訳じゃない。そもそも君では私に勝てないと思うけど」
「……何しに来たの?」
ガイは頭頂付近まで手を上げ、戦闘意欲がないことを表す。撫子は警戒しつつ、ガイに尋ねる。
「君に……力を与えに来た」
2学期1日目。
ガイが撫子に接触したことで、繰り返されたこの戦いは終幕へと歩を進めた。
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