《62》 共存する矛盾

 1体のプロキシーが舞那に拳を振り下ろす。当たれば頭は砕け、眼球と脳が飛散するだろう。

 プロキシーが攻撃するところをグライグは見ていた。そして避けようともしない舞那を見て、グライグは舞那の死を悟った。しかしプロキシーの拳が舞那に当たるよりも前に、プロキシーの拳が消え、そのまま"ある地点"よりも前に出た身体のパーツが消滅した。

 その瞬間を見ていたグライグ、雪希と心葵は驚愕……というよりも、目の前で起こった現象に呆然としていた。

 別方向から別個体が追撃する。しかしその攻撃も、ある地点から身体が消滅してしまい不発。

 さらにその後もプロキシーの攻撃は続くが、その全ての攻撃が無効化され、そのままプロキシーは消滅していく。

 その異常な光景を見つめるグライグ達は、口を開けてただ見つめる。開いた口が塞がらないとはまさにこのことである。

 ただ1人、能力の概要を知っているメラーフは口を閉じていた。しかし舞那が金のアクセサリーを使いこなしていることには驚いている。

 攻撃、消滅、攻撃、消滅、攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅攻撃消滅……延々と続く同じ光景に、雪希と心葵の脳内は真っ白になる。

 プロキシーにも多少は知能があるため、比較的賢い個体は攻撃を止め、その場に立ち尽くしている。いつしか舞那に攻撃しようとする個体はいなくなり、半分以上減ったプロキシーの群れは僅かに後退した。

 無限ループかと思われた攻撃と消滅が終わり、雪希と心葵はふと我に返った。


「ねえ、あの能力何?」

「……僕が代行者を作る際に、真っ先に手放した能力……"盾"だ」


 代行者の核とし、アクセサリーの能力となったメラーフの能力。その中でも最高の防御力を誇り、戦いにおいては最強と言わざるを得ない能力、盾。

 自身の身体を中心とし、半径1mに不可視の結界を貼る。有機物無機物問わず、その結界に触れた物体は、触れた部分が音もなく消滅する。一部が消滅した断面からは当然血が流れる。

 しかし結界に触れたからとは言え、全ての物体が消滅する訳では無い。仮に結界を貼った状態で歩き、仮に誰かとすれ違ったとしても、その人間は消滅しない。

 消滅の条件は、能力使用者に危害を与える攻撃。プロキシーのように、明らかに舞那を狙った攻撃は勿論、舞那を狙って放たれた銃弾。戦艦から放たれた砲丸でさえも消滅させてしまう。

 仮にそれが「意図しない舞那への攻撃」出会ったとしても、舞那に危害を加えるとアクセサリーが断定すればその攻撃は消滅する。

 防げない攻撃はない。言わば最強の盾である。


「プロキシーの動きが止まった……というか、逃げようとしてる?」

「プロキシー風情が恐怖を感じているのか……だが、恐らく逃げるのは不可能だ」


 攻撃を止めたプロキシーの群れを追い詰めるように、舞那は歩を進める。

 プロキシーは舞那が近付くにつれ後退り、これ以上距離を狭めようとはしていない。


「来ないなら……こっちからいくよ」


 舞那は開かれた鉄扇を閉じ、鉄扇に金色の光を集約させた。

 光は鉄扇の先端から伸び、刃のような形を模した。


「扇が……剣になった?」

「金のアクセサリーは銀のアクセサリー同様、2つの能力が備わっている。あれがその2つ目だ」


 舞那は左から斜め一直線に鉄扇を振る。

 鉄扇から伸びる光の刃は軌道を描く。その軌道の延長線上に立っていたプロキシーの身体は、軌道に沿った形で切断された。

 このたった1回の攻撃でプロキシーの殆どは死亡し、残った僅かなプロキシーも再び光の刃に切断され死亡。

 軌道に沿いプロキシーは切断されたが、それ以外の物体には一切ダメージがない。光の刃はプロキシーのみを切断していた。


「あれも僕が代行者を作る際に真っ先に手放した能力……"刃"だ」


 最高の攻撃力を誇り、戦いにおいては最強と言わざるを得ない能力、刃。

 光の刃を鉄扇から延長させ、有機物無機物問わず、自らが害悪とする物体を切り裂く。

 視認できる刃の長さは50cm程度。しかし攻撃時に攻撃範囲を定めることで、最長で約60mの不可視の刃を伸ばすことができる。無論、刃は光の集合体であるため、鉄扇分の重量しかない。

 不可視の刃は盾同様、害悪としない物体は切り裂けない。しかし見えている50cmの刃に関しては、害悪としない物体も切断が可能。

 鉄扇を開けば、防げぬものは無い最高の防御力。鉄扇を閉じれば、斬れぬものは無い最高の攻撃力。言わば、最強の盾と最強の矛。矛盾が生じる。

 しかしこの能力は唯一無二。そしてその2つの能力は共に鉄線の中に宿っている。金のアクセサリーは矛盾を両立した。両者をぶつければどうなるのか、という質問に対し、共存しているためぶつけられない、という答えを出した。


「グライグ、君も恐怖を感じているようだな。脚が震えているぞ。それとも、人間に恐怖する自分に怒りを抱いているのか?」


 メラーフに言われて初めて、グライグは脚の震えに気付いた。その震えの正体は、紛れもない恐怖。舞那の圧倒的な力を前に、打つ術なくただただ恐怖している。


(ふざけるな……あれは人間なんかじゃない……)


 グライグの拳に汗がたまる。

 鉄扇を振っただけでプロキシーの群れを殺した舞那は、人間の域を超越している。グライグはそう感じ、神を自称した自らが遠く及ばない存在だと理解し歯噛みした。


「無理だ……私なんかが、紛い物の私が勝てる相手じゃなかった……」


 舞那は鉄扇を縦一直線に振り、軌道の延長線上に立っていたグライグの身体を一刀両断。グライグは血と内臓を散らしながら落下し、地面に激突した数秒後に砂へと変化を始めた。

 グライグが死んだことを確認した舞那は、ため息を吐きながら変身を解除した。しかしその直後、舞那は糸の切れた操り人形のようにその場へ倒れた。


「「舞那!!」」


 メラーフは結界を解き、雪希と心葵は同時に舞那のところへ駆け寄る。

 舞那の呼吸は乱れ、全身が震えている。吐き気を感じているのか顔色も悪い。

 雪希が初めて銀のアクセサリーを使った時は、これといって異常はなかった。対して、金のアクセサリーを初めて使った舞那の身体には、明らかな異常が起きている。

 さすがのメラーフも驚き、咄嗟に舞那へ手をかざした。

 メラーフの手が僅かに光り、徐々に舞那の呼吸は安定していく。その後身体の震えも治まり、顔色も元通りになった。


「舞那、大丈夫……?」

「……なんとか……生きてる」


 笑顔を見せた舞那。その笑顔を見た雪希と心葵は安心し、安堵の息を漏らす。


「金のアクセサリーを使いこなしていたとは言え、やはり副作用は避けられなかったか……木場舞那、暫く金のアクセサリーは使わない方がいいかもしれない」

「そうする……」


 金のアクセサリーはメラーフへと返された。

 その後舞那は雪希と心葵の肩を借り、最も近い場所にあった心葵の家に担ぎ込まれた。


 ◇◇◇


「いやー、ごめんね。迷惑かけちゃった……重かった……よね?」


 結局この日も舞那は心葵宅に泊まり、今日一日で消費した体力を回復させることにした。ひとまず舞那はベッドに寝かされ、体力が回復するまで心葵が付き添うこととなった。


「大丈夫。舞那は胸の割に体重軽いから。むしろ身体を寄せあって舞那と町中を歩けたことに優越感」


 舞那は自らを若干肥満気味と僻んでいるが、背が低いためか体重は平均的。雪希と2人で舞那を担いだ際も、心葵は一度も重いとは思わなかった。むしろ体重に関しては舞那よりも心葵の方(以下略)。


「お風呂の時間までに歩けるようになるかな?」

「最悪心葵に身体拭いてもらうからだいじょ」

「喜んで拭かせていただきます。そんじゃご飯は私が口移しで食べさ」

「それはやめて」


 舞那は体調不良とは別に、心葵からヒシヒシと感じる異常な愛に寒気を感じた。


 ◇◇◇


 夜。色絵町の空は雲に覆われ、いつ雨が降ってもおかしくはない。


(グライグが殺られるとは……誤算だった)


 学校の屋上に転がり曇天の夜空を見つめるガイは、これからすべき行動を考えていた。一応予定は立てていたが、グライグが死んだことでその予定は狂ってしまった。

 自らの力を分け与えたグライグが、いとも簡単に殺されてしまった。しかもグライグを殺した人間は、恐らく正攻法では太刀打ちできない程の力を持っている。


(あの力をまともに受ければ、さすがに私も死ぬだろうな。為す術無し、か……いや、待て!)


 金のアクセサリーの力を見ていたガイは、不可視の刃がプロキシーのみを切断していたことを思い出した。軌道の延長線上には動物も存在し、それ以前に建造物がいくつもあった。それらのことからガイは、「金のアクセサリーは敵と判断した存在しか攻撃できない」のではないかと予想した。


(もしもこの仮説が当たっていれば、あの力には弱点がある。そこを突けば……!)


 雲が切れ、月が姿を現す。月光を浴びるガイは笑みを浮かべ、金のアクセサリーを使う人間、舞那を殺すためのプランを練り始めた。

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