《61》 選択

「……金のアクセサリーは使わない気でいるのかと思ってたよ」


 メラーフに問われた時、舞那は記憶の蘇生を選んだ。しかし舞那は蘇生のみを選んだ訳では無い。

 記憶を蘇生し、蘇生前よりも強くなった上で、金のアクセサリーを使う。

 メラーフの出題した2択に対し、舞那は「どちらかを選択する」という考えを捨てていた。


「記憶を取り戻した今の私は、昨日までの私とは違う。銀のアクセサリーだって使ってたんだし、金のアクセサリーも使える……と思う」

「ちょっと待って……記憶を取り戻したって……!」


 反応せざるを得なかった。

 失っているはずの1回目の記憶を、雪希が知らない間に舞那は取り戻している。

 それは雪希にとっては予期せぬ出来事。起きてはならない現象である。

 1回目の記憶を保持しているのは、雪希とメラーフのみ。故に、1回目の世界で起こったことを知っているのは雪希とメラーフのみ。雪希が黙っていれば、1回目の希望も絶望も、2回目の世界を生きる命は知ることは無かった。

 雪希は1回目の出来事の一端を、メラーフ経由で話すことはあった。今の世界に影響を与えない程度に、話せる部分もかなり簡略化した。それで十分だった。

 しかし、恐らく舞那は1回目の世界の殆どを思い出した。雪希にとっては幸となることもあるが、どちらかと言えば不幸なこともある。その出来事を舞那が思い出していることを、雪希は恐れる。

 舞那と雪希が共に戦った記憶。

 今以上に血生臭く、残酷な日々を生きた記憶。

 当時のプレイヤーとの戦いや共闘の記憶。

 杉原桃花が死んだ記憶。

 椎名ゆかりが死んだ記憶。

 松浦沙織が死んだ記憶。

 西条日向子が死んだ記憶。

 常磐撫子が死んだ記憶。

 夏目華琳が死んだ記憶。

 笹部理央が死んだ記憶。

 そして、木場舞那自身が死んだ記憶。

 雪希は、舞那にそれらの記憶を取り戻してほしくなかった。記憶を取り戻せば舞那は必ず悲しむ。そう思った。

 だからこそ、雪希は1回目の記憶の殆どを隠してきた。


「……全部じゃないけど、思い出したよ」


 舞那は変身を解除した。


「ずっと忘れてた……ごめんね、"雪希ちゃん"」

「……っ!!」


 雪希は溢れ出る涙を堪えきれなかった。

 1回目の最後の日、舞那が雪希の名を呼んだ日から、雪希は1度も舞那に名前で呼ばれていない。

 1回目の世界では共に名前で呼びあっていた2人だが、世界の時間が逆行し、名前で呼び合う前の関係に戻った。

 今後も互いに名字で呼び合うのだろう。そう思っていた雪希だったが、思わぬ所で再び名前で呼んでもらえた。

 理央も龍華も、雪希のことは"雪希"と呼ぶ。しかし舞那だけ、"雪希ちゃん"と呼ぶ。

 懐かしい。体感時間にすれば約3ヶ月。時間の流れを見ればとても短い時間だったが、"雪希ちゃん"と呼ばれなかった時間はとても長く感じられた。


「ごめん、舞那……"私のせい"で……」

「……いいよ。元はと言えば、私が暴走したのが事の始まり。雪希ちゃんはそれを止めただけ。謝るのはむしろ私の方だよ。」


 雪希は舞那に抱きつき、舞那の胸に顔を埋めて涙を流す。


「……やっぱり記憶、残ってたんだね」

「うん……」

「……辛かったよね。1人だけ前の世界の記憶を背負って、他の人に悟られないように隠して……」


 会話の内容は分からなかったが、親しげに話す2人を見た心葵は、僅かに嫉妬した。

 しかしそれと同時に、雪希の悲しみを感じ取った。

 会話の内容から察するに、雪希はかつての記憶を保持している。しかし誰にもそのことを打ち明けず、自分の中で隠し持ってきた。

 そして舞那が記憶を取り戻したことで、雪希は他人の前で涙を流した。涙を堪えきれなかった。それだけ辛かったのだろう、と。

 雪希に対して抱いた嫉妬は、一瞬で消えた。


「……木場舞那、受け取りたまえ」


 メラーフは金のアクセサリーを取り出し、舞那への差し出した。

 雪希を抱いたまま舞那はアクセサリーを受け取り、直後にアクセサリーを鉄扇へと変化させた。


「……メラーフ、動かして」

「何を言っている。もし拒絶されたら」

「されない。このアクセサリー……なんだか青よりもしっくりくる。さあ、動かして」


 直感。としか言い様がない。

 全てのプレイヤーに共通しているが、アクセサリーを初めて使った時、舞那はアクセサリーの使い方を瞬時に理解した。

 これはプレイヤーのオートプレイと同じで、アクセサリーの中に残った「1回目のプレイヤーの記憶」を読み取ったことによる現象である。

 1回目の世界における戦いはアクセサリーに記憶され、2回目の世界のプレイヤーにその記憶をラーニングさせた。その結果プレイヤーはオートプレイを可能とし、何の説明もなく能力の使い方や光の使い方を理解した。

 しかし金のアクセサリーには1回目の記憶が残っていない。なぜなら、誰も使ったことがないためである。無論、能力を理解するどころか、拒絶されるか否かなどは理解できない。

 作成者であるメラーフならば能力を知っている。しかしメラーフは能力の概要を話さず、舞那も聞こうとはしていない。

 それでも舞那は、自分なら金のアクセサリーを使えると理解した。


「雪希ちゃん、ごめん。少し離れてて」

「え……舞那……?」

「この程度の数……私だけで十分。心葵と雪希ちゃんは変身解いてて。それと、メラーフは結界で2人を守ってて」


 雪希も心葵も、舞那の言葉には逆らえなかった。

 自身の力を過信しているわけではなく、雪希と心葵の身を案じてのことだと知っていたためである。

 雪希と心葵は変身を解除し、メラーフはため息を吐きながら2人を結界で覆った。


「……どうなっても知らないぞ」

「大丈夫。私……負けないから」


 メラーフは指を鳴らし、時間を動かし始めた。

 時間を動かしたことで、雪希と心葵の変身が解けてとり、それぞれの立ち位置が一瞬で変わったことになる。それを見ていたグライグは、メラーフが時間を止めていたことに気付いた。


「2人が護られ、1人で戦おうとしているのか……人間の思考は理解し難いな」

「……だろうね。だってグライグは人間じゃないもん」


 舞那は鉄扇を強く握り、息を吸った。

 線のように鉄扇から金の光が伸び、舞那の身体にナスカの地上絵のような模様を描く。

 痛みはない。ただ、アクセサリーの中に宿るオルマの力が体内に流れ込んでくる。そう感じた。


「……変身!」


 金の光が舞那を覆う。

 銀の光同様、魅入る程に美しい光。

 舞那の髪を変え、服を変え、瞳の色を変え、合計時間1秒未満で光は弾けた。

 弾けた光は羽根の形を模し、地に舞い落ちる。


「……これが金の力……」

「すごい……綺麗……」


 オルマとエレイスは、かつて色違いの着物を纏っていた。

 金のアクセサリーにより変化した服は、エレイスが纏っていた着物の、銀色の部分を金色に変えたようなもの。

 色は異なるが、シルエットは同一。しかし色が違うだけで、その印象は異なる。ただ共通して、その姿は美しい。


「今度はオルマに似た人間か……面白い。だが、この傀儡の群れの中を生きれるかな?」


 迫り来るプロキシーは、遂に舞那のところへと近づいた。

 しかし、舞那は攻撃体勢も防御体勢も取らない。ただその場に立ち、閉じられていた鉄扇を広げた。


(舞那……)


 雪希は祈った。舞那が金のアクセサリーを使い、生き残ることを。

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