《57》 格差
紫と灰が混じったような、恐らく自然には作れない色の髪。
瞳の色は左右で違い、右は灰、左は紫。
上半身は灰の服、下半身は紫の服。少々アンバランスにも見える組み合わせである。
心葵は灰の能力を維持したままプロキシーを睨む。
左手のチャクラムを投げ、直後に心葵はハルバードでの攻撃を開始する。
チャクラムは2体のプロキシーの首を切断し、攻撃中の心葵の手に戻る。
ハルバードは今まで同様にプロキシーの身体を抉り、致命傷かそれに近いダメージを与えている。
(これが2色の力……1色だけ使う時よりも断然強い)
2つのアクセサリーを併用し、心葵は初めてその力を実感する。
アクセサリーを1つだけ使うのと、2つ同時に使うのとでは、戦闘スペックに大きな差が出る。しかし、
(けど何、この感覚……恐怖、罪悪感、異物感……嫌な感覚ばかりなのに)
変身する度にアクセサリーの力が体内に入り込むため、錯覚ではあるが体の中の圧迫感を覚える。これはプレイヤー全員が感じている。
さらに心葵は、まるで内臓でも触られているかのような感覚や、脳内に虫が湧いたかのような感覚なども味わっている。
(何で私……感じてるの……?)
しかし負の感情や違和感よりも勝るものがある。それは快感。
時には性感帯を羽根で撫でられるような感覚。
時には性感帯に振動を与えられているような感覚。
そして時には、下腹部に棒状の異物を挿入されたような感覚。
どれも痛みや不快感はなく、感じるのはあくまでも快感。
千夏や舞那と交わっている際には、相手の肌に触れ、相手の体温や息を感じる。快感以外のものも感じられるため、総合点では性交の方が快感の度合いは高い。
アクセサリーの副作用としての快感は、相手がいない状態で快感だけを身体で感じているため、違和感がある。ただ、
(やっば……気持ちいい……)
自慰以上性交未満の快感は、心葵の顔を紅潮させる。
この状態になったからこそ、心葵は気付いた。
自分と同じくアクセサリーを同時使用している舞那と龍華も、必死に抑えてはいるが顔が紅潮している。
(舞那も、犬飼さん、
顔を紅潮させる舞那と龍華と瑠花を見て、心葵の中にある感情が芽生えた。
萌える、と。
戦いを投げ捨て、この快感が続く内に舞那と交わりたい。アクセサリーを2つ同時に使う心葵は、性に対するストッパーが明らかに緩んでいる。
心葵自身、それは自覚している。
(戦ってるのに……疼く……きゅんきゅんする……!)
僅かに腰をくねらせ、快感を必死に抑える。
心葵の感度はプレイヤーの中でもトップクラス。もしもこの状態で舞那とキスをすれば、確実に絶頂を迎えるだろう。
(もっと……もっと私を……気持ちよくさせて……!)
チャクラムとハルバード、拳と脚を使い、心葵はプロキシーに攻撃をする。
能力の違いを除けば、その強さは龍華や雪希と比肩し、心葵は理央や他のプレイヤーとの格の違いを見せつける。
(すごい……私と戦った時よりも強くなってる……)
霞む視界の中、理央は心葵の力に圧倒される。
メラーフは理央に手をかざし、理央の傷口の修復を急ぐ。
その隣には杏樹が座り、理央を守るように銃を構え、プロキシーを狙撃する。
「……気に入らない。なんであんなクズ女が」
対して杏樹は心葵を認めず、音量を調節することなくクズ呼ばわりした。
その直後、杏樹の未来予知が自動的に発動。背後から突き立てられるナイフを予知した。
「杏樹……悪口言うのは勝手だけど、私と心葵の前では言わないでくれる? じゃないと、プロキシーと間違えて殺しちゃいそうだから」
「っ……本気……?」
「私は嘘はつかない。以後、気をつけて」
舞那は瞬間移動でプロキシーの近くへと移動し、攻撃を再開。
しかし残ったプロキシーは雪希、龍華、心葵の3人により既に瀕死。後はトドメを刺すだけである。
「「「はあああああ!!」」」
舞那の飛び蹴りがプロキシーの頭部を蹴り飛ばす。
雪希の七支刀がプロキシーを焼く。
龍華の槍がプロキシーを貫き、直後に鎌へと変化し体内を抉る。
心葵のハルバードがプロキシーの頭を貫き、チャクラムが首を切断する。
「っ!」
プロキシーは全滅。その瞬間を見ていたメラーフの身体は、僅かだが震えた。
人間である舞那達がプロキシーの力を宿し、神の代行者と同等のプロキシーを殺した。
エレイスの力を宿した雪希だけならばまだしも、通常のアクセサリーを使用している舞那達が勝利したことは、メラーフにとっては大事件である。
以前、龍華がアクセサリーの形状を変化させた時から、メラーフは感じていた。
人間が神に近付きつつある、と。
神に等しい力を得られるのはたった1人。そう定めたはずのこの戦いの中で、4人が神に近付いている。
メラーフは思い出した。堕天使ルシフェルが蛇に化け、アダムとイヴに禁断の果実を与えたその日から、人間は進化していることを。
幾度となく人間は神と接触し、その度に知識を得た。知識を得る度に、人間は文明を進めた。文明を進める度に、人間は進化した。
何年、何十年、何百年、何千年……数えきれない程の時間が流れ、人間は天地創造時の神さえ作れなかったものをいくつも作った。
人間の進化は著しい。だからこそ、神はいつしか人間を恐れた。
そしてようやく、メラーフも人間を恐れる時が来た。
(……私の攻撃、あんまり通じてなかった。なのに……)
変身を解除した撫子は、圧倒的な強さを見せつけた雪希達を見つめて歯噛みした。
一方、理央の傷口を修復していたメラーフは、かざしていた手を閉じ、神妙な面持ちで口を開いた。
「……出血は止まった。少し血が足りないが、命に別状はない。だが……腕はもう治らない」
「っ!?」
理央の傷口は完全に塞がっていた。
しかし塞がっただけで、腕が元通りになっている訳では無い。
「何言ってんの……あんた神なんでしょ!? 神だったら治せるんじゃないの!る」
「確かに僕は神だ。だが神にもできることとできないことがある」
淡々と話すメラーフ。
舞那達は神にも限界があるを理解している。故にそれ以上の口出しはせず、理央の腕が治らないことを受け入れた。
しかし杏樹だけは、メラーフの言葉を受け入れようとしない。受け入れたくなかった。
「……神ってなんなの……何のために存在してるの!?」
「僕にだって分からない。ただこれだけは言っておこう」
メラーフは振り返り、下等生物を見下すかのような目で杏樹を見る。
「君達人間は僕達神を勝手に過剰評価し、過信している。神が全知全能とでも思ったか? 勘違いするなよ、人間」
神が人間に知恵を与え、それを元に人間が神話を完成させた。中には真実が並べられたものもあるが、その殆どは誇張や付け加えにすぎない。
しかし人類は誤った伝承をいいように解釈し、「神にできないことはない」と勘違いした。
その結果がこれである。
過信したせいで絶望し、神はその過信に怒りを示す。
人間に対する焦りもあったのだが、杏樹に怒りを向けたことに、メラーフは自分自身に呆れた。
「とにかく、僕ができるのはここまでだ。後のことは君達に任せる」
メラーフはその場から姿を消し、止めていた時間を動かし始めた。
◇◇◇
戦いから数時間が経過し、時刻は16時過ぎ。
朝から心葵の家に泊まりに来ていた舞那は、現在心葵宅のベランダに立っている。
アクセサリー同時使用の副作用として発情した心葵は、舞那と交わった後に眠りについた。
「ん……」
理央からメッセージが届き、舞那はそれを確認する。
『ごめん、私もう戦えない』
ガイの攻撃に対し、未来予知は作動しなかった。黄の能力を超越したガイは、最早理央では手に負えない。
そして何よりも、腕を失った理央に戦う力は残されていない。
「いよいよ、人類存亡の危機だね」
「メラーフ……私、もっと強くなりたい。沙織と、日向子と、理央の分まで……私、どうしたら強くなれる?」
舞那の自室に突如メラーフが現れたが、舞那は驚くことなく会話を進める。
理央が戦線離脱したことで、舞那は理央の分も戦うことを決めた。
しかし舞那は、自らの強さに不安を感じていた。退場したプレイヤーの分も戦うには、攻撃力、体力共に少々物足りない。
「……2つある。1つは、金のアクセサリーを使うことだ。ただ金のアクセサリーは選り好みする。君と同調できなければ、その時点で詰む」
以前に理央が金のアクセサリーを使った際は、同調を拒否されたため変身、能力の使用が不可能だった。
だがもしも舞那が金のアクセサリーと同調できれば、今よりも圧倒的に強い力を手に入れられる。
「もう1つは、1回目の2018年での"木場舞那"の記憶を取り戻す」
「っ! そんなことできるの!?」
「できるさ。かつて、最後まで生き残ったプレイヤーは世界の時間を巻き戻した。しかしそれは、時間を巻き戻した風に時間を改変しただけだ。世界の記憶を書き換えた、というのが正しい」
1回目の2019年で、神の力を得た雪希は世界の時間を巻き戻した。しかし神の力を得たとしても、前にしか進まない時間軸を逆行させることはできなかった。
そこで雪希は、この世界そのものの記憶を書き換えることで、「既に起きた事」を「これから起こる事」とした。
世界そのものの記憶を改変したことで、一時的に世界は崩壊。その後、書き換えられた記憶を元に世界は再生し、実質的に時間は巻き戻った。
当初、雪希はプロキシーが生まれる前に巻き戻そうとした。しかしメラーフがプロキシーを生み出し始めたのは、雪希が生まれるよりも前。
改変した時間で今まで通りの生活を送るには、今の姿と酷似しており、尚且つ鮮明に記憶が残っている時間に巻き戻す必要がある。そうしなければ、生活や会話の中で矛盾が生じ、周囲の人間が怪しむ。
その結果、雪希は戦いが始まる直前に時間を戻した。
「記憶を書き換えただけの君達には、当然元の記憶が存在している。そして、僕はそれを蘇生できる。そうすれば君はかつての君を思い出し、当時の力を手に入れられる」
神の力で世界の記憶は改変された。
逆に、神の力があれば改変前の記憶を蘇らせることも可能。
「本当に、それで強くなれるの?」
「ああ。当時の君は今の君よりも数段強かった。何せ君は……最後の日まで生き残ったプレイヤーの1人だからね」
かつて9人存在していたプレイヤーのうち、「1回目の世界の最終日」まで生き残ったのは4人。その他の5人は、最終日を迎えるまでに命を落とした。
運も要因なのだろうが、生き残った4人は優秀な人間だったとメラーフは思っている。
そして舞那は1回目の戦いで、一時的だが銀のアクセサリーを使っていた。1回目の戦いにおいて、舞那は最強のプレイヤーだった。
もしも今の舞那が当時の記憶を取り戻せば、当時と同じ戦闘能力を引き出せる。そうなれば、今の装備でもプロキシーの群れ相手に優勢を維持できる。
「さあどうする? 強さを求めるのなら、どちらかを選びたまえ」
舞那は少し考えた。
今の自分のまま、使えるか分からない金のアクセサリーに賭ける。
或いは、確実な強さを得るために1回目と2回目の記憶を共有する。
後者を選べば、数ヶ月に渡る戦いと、自らの死の瞬間の記憶が甦ることとなる。それは舞那にとって辛い記憶であることは間違いない。
「……だったら、私は……!」
数十秒悩んだ末、舞那は自らの答えを出した。
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