《56》 闇

「ごめんメラーフ、遅れた」


 遅れてやって来た8人目のプレイヤー、羽黒瑠花。

 髪型は舞那と似ているが、髪色はブロンズ。

 目元も舞那に少し似ており、仮に舞那と瑠花が姉妹だと言ってもあまり違和感がない。勿論、2人は姉妹ではない。それどころか1度も会ったことがない。

 プレイヤーの情報を収集していた龍華も、瑠花のことは知らない。


「問題ない。さて、プレイヤーが全員揃ったところで、現状の説明をしよう」


 メラーフは停止したガイの隣に移動し、ガイの肩に右手を置いた。


「これの名はガイ。かつて僕が生み出した代行者の1人にして、ここ数日の灰色プロキシー大量発生の元凶だ」

「こいつが……小学校にいた人達を……!」


 先日起こった戦いで、小学校内にいた生徒や教員、その他関係者全員が灰色のプロキシーへと化した。

 そしてそれを理解した上で、舞那達はプロキシーの駆除を行った。

 プロキシーになれば、元が大人か子供かなどは最早判別できない。

 舞那達はプロキシーを攻撃する際、元気に学校生活を送っていたであろう子供達の姿を思い浮かべ、その度に胸を痛めた。

 表面上は明るく振舞っていた心葵も、本心では子供を殺めることに対する罪悪感で苦しんでいた。


「ここでガイを殺しておかなければ、この先また被害は増える。しかし現時点、ガイがどれ程の力を備えているかが分からない」


 以前ギラウスが現れた際は、出現後すぐに対応したため技量を量れた。結果、殺すことができた。

 しかしガイの場合は、そもそもいつ頃に復活したかも分からないため、どの程度進化しているかかわ分からない。

 そのため、メラーフは銀のアクセサリーを持つ雪希だけでなく、サポート役として全プレイヤーを集めた。


「時間が停止している間は、停止した全ての物体は一切のダメージを負わない。戦闘による被害を出さないためにも、君達には停止した時間の中で戦ってもらう」

「……雪希、無理しちゃダメだよ」

「……大丈夫。無理する前にっちゃうから」


 雪希の意志に無意識に呼応したのか、プレイヤー全員がほぼ同時にアクセサリーを取り出し、それぞれの武器へと変化させた。


「「「変身!」」」


 青と橙の光に包まれ、舞那が姿を変える。

 銀の光に包まれ、雪希が姿を変える。

 白と黒の光に包まれ、龍華が姿を変える。

 黄の光に包まれ、理央が姿を変える。

 灰の光に包まれ、心葵が姿を変える。

 緑の光に包まれ、撫子が姿を変える。

 黄の光に包まれ、杏樹が姿を変える。

 赤と黄の光に包まれ、瑠花が姿を変える。


「っ!?」


 右手に赤、左手に黄のアクセサリーを持つ瑠花を見て、メラーフは声に出さずに驚愕した。

 それに気付いたのはただ1人、龍華だけだった。


(今、何かに驚いた……あのプレイヤー?)


 メラーフの視線を辿り、龍華はその驚きの原因を知った。

 しかしなぜ瑠花に驚いているのか。さすがの龍華も分からなかった。


「……よし、動かすぞ!」


 メラーフは指を鳴らし、止まっていたガイの時間を動かし始めた。

 ガイは時間が止まったことなどには気づいていため、ガイにとっては「突如目の前に8人の人間が現れた」という状況である。


「……メラーフ、この人間達は?」

「僕が育て上げた、君達プロキシーに対抗する者達だ」

「ふぅん……いくら強くなっても人間は所詮人間。まあでも、少しは楽しめるかな」


 ガイはプレイヤーの身体を纏う力を感じ取り、他の人間とは違うということを理解した。

 しかしギラウス同様、ガイは油断している。その油断は表情にも現れており、メラーフは口角を少し上げた。しかし、


「……っ!」


 瞬きはしていない。

 紫の動体視力向上程ではないが、メラーフは人間以上に動体視力が優れている。そのため、多少動きが速い程度ではメラーフの目から逃れることは不可能。そのはずだった。

 しかしガイはメラーフの動体視力を上回り、一番端に立っていた理央の右隣に移動していた。


「なんだ……思ったより弱いじゃん」


 メラーフとプレイヤー達がガイの移動に気付いた時、各々の視界には宙に浮く理央の右腕が映った。


「あぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁああぁがぁぁぁ!!」

「理央ぉぉぉぉ!!」


 心葵に刺された時とは段違いの痛みに、理央は喉が潰れる程叫ぶ。

 切断面からは大量の血液。

 攻撃された訳でもないのに痛む頭。

 喉が限界に近づき、理央は嘔吐く。


「うぁぁぁあああ!!」


 誰よりも速く、雪希がギラウスに攻撃した。殺すつもりの攻撃だった。

 しかし、七支刀はガイの翼に阻まれた。


「へぇ、君は強いみたいだね。でも……」


 ガイの身体が僅かに光を帯び、危険を察知した雪希は高速移動で距離を取った。


「私には適わない……かな」


 ガイから発せられた光は一瞬強くなり、その直後に弾けた。

 光が身体を包み、弾ける。その工程はプレイヤーの変身に似ている。

 否、似ているだけならまだ良かった。


「変身……したのか……!?」


 2本だった翼は4本に増え、纏っていた衣服が変化している。

 灰色のレオタード風の服の上に、灰色の甲冑のようなものを纏っている。その姿は俗に言うビキニアーマーに近い。

 以前の服よりも露出が増えたため、戦闘には不向きかと思われるが、そのような理屈は神やその代行者には通用しない。


「私が直接殺ってもいいけど……君達みたいに脆弱な生き物、私が手を下す価値もない」


 ガイは右手に灰色の光を集約させ、ゆっくりと前に動かす。その後、光を8つに分散させ、地面に移動させる。

 見る見るうちに光は巨大化し、最終的には人間と同じサイズになった。

 8つの光は弾け、中から灰色の肌の人間らしきものが生まれた。


「メラーフ、これ……何か分かる?」

「……っ!! まさか……代行者レベルのプロキシー……!?」

大正解だいせいかーい。君達みたいなゴミは、プロキシーだけで十分」


 変身だけでなく、代行者レベルのプロキシーの生成。

 ガイは最早メラーフの予測していた領域を超越しており、神に近い存在となっている。

 銀のアクセサリーを使った雪希の攻撃を防いだ時点……否、メラーフの目から逃れ、理央の腕を切断した時点で気付くべきだった。


「それじゃあメラーフ、またね……」

「っ! 待て!!」


 ガイはその場から姿を消した。その直後、ガイから生み出されたプロキシー達が一斉に動き、プレイヤーへの攻撃を始めた。

 そのうちの1体は動きが速く、戦闘不能に陥った理央にトドメを刺すべく移動。理央の頭部目掛け、体重を乗せた拳を振り下ろす。


「残念でした」


 プロキシーの拳は理央の頭部をすり抜け、地面に穴を穿つ。

 理央は徐々に姿が歪み、煙のようにその姿を消した。

 灰の能力、幻影。

 心葵は幻影を駆使し、プロキシーが気付かぬ間に理央を運んでいた。

 プロキシーが殴ったのはただの幻影。心葵の能力にまんまと乗せられた。


「はっ!!」


 何も無いはずの場所から、ナイフを持った腕が現れる。ナイフはプロキシーの喉を裂き、血を噴出させる。


「ぅおおああああ!!」


 何も無いはずの場所から、七支刀を持った腕が現れる。七支刀はプロキシーの胴を貫き、肉と内臓を抉る。

 気付けば周囲は灰色の闇に包まれ、プロキシーの視界は遮られる。

 闇から現れるナイフ、七支刀、槍、鎌、刀。

 闇から放たれる矢、銃弾。

 攻撃が来ることは分かっている。しかしそれを回避する術がない。防御体勢を取るも、闇からの攻撃はそれを破る。

 代行者レベルの力を持つプロキシーだが、舞那の持つ弱体化能力によりステータスが低下。本来であれば問題なく耐えられるダメージも、今の状態では耐え難い痛みになる。

 各プレイヤーが灰の能力を利用し攻撃する最中、能力発動中の心葵は左手を開く。

 手の中には紫のアクセサリー。変身前から握っていた。


(舞那も、犬飼さんも、瑠花あのこも、アクセサリーを2つ同時に使ってる。だったら……私にできないはずがない)


 能力の発動を継続しながら、心葵は紫のアクセサリーをチャクラムへ変化させる。

 チャクラムを見た瞬間、心葵の脳内に千夏の姿が過ぎる。

 これさえ無ければ千夏は死ななかった。これさえ無ければ千夏が醜い姿へと変わることはなかった。このアクセサリーに対する心葵の怒りは強い。

 しかしこのアクセサリーには、千夏の戦いが記憶されている。このアクセサリーを使うということは、千夏と共に戦うということ。

 そして今、


(千夏……私と一緒に戦って!)

「変身!!」


 心葵自身の力と千夏の力が融合し、心葵の身体を紫と灰の光で包んだ。

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