《55》 灰の代行者

 色絵町、河川敷。テニスコートにて。


「ふふ……」


 人間がプロキシーへと変わる様を見て、灰の代行者ガイは優しげな笑みを浮かべる。

 灰のプレイヤーと同じ服を纏い、背中から灰色の翼を生やしている。

 身長は龍華より少し高めだが、杏樹にも劣らない童顔を持ち合わせている。


「人間には直接危害を与えない。そう決めたはずだ」


 ガイの背後に、怒りを露わにした表情のメラーフが現れた。

 その直後、ガイが生み出した灰のプロキシーは、メラーフが生成した結界に閉じ込められた。

 メラーフは指を鳴らし、自身とガイ以外の時間を止める。


「メラーフ……久しぶりね」

「ガイ……なぜ君は人間をプロキシーへと変える」

「……この世界を救うためだよ」


 質問に対するガイの回答に、メラーフは怪訝そうな表情を見せる。


「人類の半分をプロキシーへと進化させれば、残り半分の人類は食い尽くされ、やがて絶滅する」


 仮に人類を70億人と仮定し、うち35億人をプロキシーに変化させる。

 プロキシーは人間を見つけ次第確実に喰い殺す。尚且つ、神により作られたプロキシーは核攻撃にも動じないため、普通の人間にはまず殺せない。

 プロキシー1体につき人間1人を捕食すれば、どこかに隠れない限りほぼ確実に全人類は捕食される。その結果人類は絶滅、或いは絶滅危惧種となる。


「人間は食用と称し、数えきれない数の生物を殺めてきた。そして文明の発展を重視し、自然を壊し続けた。否、これからも人類はこの世界を壊し続ける」


 1回目の2018年では、人間の愚行を見かねたエレイスが、人類削減を企てた。

 時間がリセットされ、エレイスとオルマが対立しなかった世界となった今、人類削減を企てる者はいない。メラーフはそう思っていた。

 しかし前回エレイス側についたガイは、自らの意思で人類削減を企てた。


「メラーフも知っての通り、プロキシーは栄養摂取が必要ない。それに交配することもない。全人類がプロキシーになれば、動物も殺されず、無駄に人口が増えることも無くなる」


 ガイの言い分は理解できる。

 人口増加についてはメラーフも危惧しており、それにより犠牲となる家畜の数も予想している。

 もしもメラーフが少し歪んだ性格をしていれば、ガイやエレイスのように人類削減、絶滅を企てていた。


「……人間は数を増やしすぎた」


 ガイは止まった時間の中で、人間をプロキシーへと変化させる光を放った。

 危険を感じたメラーフは時間停止を重複させ、ガイと光を停止。

 しかし停止した時間のなかでガイと光の除去は不可能。メラーフはこの状況を打開する策を練る。


(とにかく、この光を広める訳にはいかない)


 メラーフはさらに結界を張り、ガイが発した光を閉じ込めた。


(後は……)


 ◇◇◇


「あれ……止まってる?」


 窓の外を飛ぶ鳥を見て、舞那と心葵は時間停止に気付いた。

 両者共に胸を露わにした状態でキスをしていたが、何かが起こっていることを察して服を直し始める。


「……ねえ舞那、アクセサリーを2つ同時に使うのって、体力消費しない?」

「え? んー……確かにちょっと疲れるけど、それ以上に何か……精神的に、と言うか……上手く伝えられない」

「そっか……分かった」


 心葵は机の引き出しを少し漁り、千夏のアクセサリーを取り出した。そして自らのアクセサリーと共に、上着の胸ポケットに入れる。

 舞那と心葵が活動を再開したしたと同時に、他の場所でも各プレイヤーが活動を再開していた。

 メラーフはガイを止めた直後に、アクセサリーを所持する全プレイヤーの時間を再開させた。


『全プレイヤーに告ぐ。戦う準備を整えて、すぐにこの場所へ来てくれ』


 メラーフは全プレイヤーにテレパシーを送り、現在地をイメージとして各プレイヤーの脳内に流した。

 眠っていた撫子も起き、眠気を振り払い準備を進める。


「雪希! その身体じゃ無理だよ!」

「行かなきゃ……もし代行者が現れてたな ら、私が殺さないと……!」


 痛む身体を無理矢理起こし、雪希は銀のアクセサリーを掴み部屋を出ようとする。

 しかし龍華はそれを阻止。これ以上の連戦は危険と判断した。


「……1回目の戦い、木場さんもそうやって銀の力を使い続けたんでしょ。その結果木場さんは」

「龍華! お願い……私に戦わせて……」

「……危険を感じたら、すぐに止めるから」

「……ありがとう」


 ◇◇◇


 各プレイヤーは指定の場所に集まり始め、理央、杏樹、舞那、心葵、撫子、龍華、雪希の順で7人が集まった。


「西条日向子が死亡。松浦沙織が棄権。犬飼龍華が戦線復帰。そして恐らく灰のプレイヤーである杉原桃花が死亡。さらに水澤みずさわ夏海なつみ高雄たかお玲奈れなが消息不明。2人が死んだと仮定すれば、残るプレイヤーは君達を含めた8人だ」

「8人……さすがに少ないね……」

「あと1人のプレイヤーは?」

「もうすぐ来るはずだが……もう少し待ってくれ」


 まだ戦いが始まらないことを理解した杏樹が、神妙な面持ちで心葵に歩み寄る。


「風見心葵、だよね」

「……うん」


 杏樹の顔を見て、心葵は杏樹がこれから何の話をするかを察した。


「以前あんたは、そこにいる笹部理央の腕を刺した。忘れたとは言わせない」

「……忘れてなんかない」


 込み上げる怒りを抑えるように、杏樹は拳を強く握る。

 それを見ていた理央が危険を感じ、杏樹の腕を掴む。


「杏樹、私はもう気にしてないから、やめてあげて」

「……わかってる。でも!」


 杏樹は理央の手を振り払い、怒りの拳で心葵の顔面を殴った。

 心葵は衝撃でバランスを崩し、その場に倒れた。


「心葵!」

「杏樹!」


 舞那は心葵へと駆け寄り、理央は杏樹の腕を強く掴む。

 殴られた心葵は口の中を切ったが、脳震盪や歯の折れはなかった。


「痛い? でもね、理央が味わった痛みはこんなものじゃない!」

「……ごめんなさい……」


 心葵は理央に、杏樹に謝罪した。

 痛みと罪悪感により、心葵は涙を流す。

 その涙はその場しのぎの涙でも、許しを乞う涙でもなく、心の奥底から溢れ出た罪悪感と後悔の塊であることは、杏樹も理解している。


「理央は許してるみたいだから、もう私は何もしない。でも勘違いしないで……私はあんたを許したわけじゃない」


 殺意剥き出しの目で、杏樹は心葵を見下す。

 そしてその目を見た舞那が、心葵を庇うかのように杏樹の前に立つ。


「……杏樹ちゃん、心葵だって苦しんでる。千夏……恋人を失って、理央を刺したことも後悔してる。許してとは言わない……けど、心葵のことも考えてあげて」


 この中で唯一、舞那は心葵の苦しみを理解している。そして、今現在ここにいるプレイヤーの中でも、最も苦しんでいると思っている。

 父親の顔を知らずに育ち、最愛の人であった千夏がプロキシーと化し、自らの手で殺めた。

 舞那も母親を亡くしているため、心葵の心境は理解できる。

 そして舞那は親友であった日向子を失い、深い悲しみを受けた。心葵の場合は恋人であるため、恐らく舞那以上の悲しみを感じているのだろう。


「これ以上、心葵をそんな目で見ないで」


 舞那と杏樹は睨み合う。

 元々仲が良かった訳ではないが、心葵の存在が2人の間に亀裂を生んだ。

 もしも理央や雪希がこの場におらず、両者共にイラついていたとすれば、このままどちらかが死ぬまで戦っていたかもしれない。


「お取り込み中すまないが、最後のプレイヤーが来た」


 舞那と杏樹の間に割って入ったメラーフが、川を跨ぐ橋の先を指さす。


「彼女が最後のプレイヤー、羽黒はぐろ瑠花るかだ」

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