色彩少女

《49》 仲違い

　沙織と日向子の中間に立つ女性は、自らの喉を殺すような叫び声を上げる。

　その声を聞いた周辺のカラスは一斉に鳴き始め、女性に対しできる限りの威嚇をする。

　女性の身体は完全に変色し、髪、耳、鼻が抜け落ち、服を破りながら巨大化。プロキシーへと変化した。

「「変身！」」

　沙織と日向子は同時に変身し、鎌と槍を構えてプロキシーに向かって走る。

　沙織は斜め上から鎌を振り下ろし、日向子はプロキシーの頭部目掛けて槍を突き出す。しかし、

「っ！？」

　プロキシーは2人の攻撃を回避し、距離が近かった日向子の腹部に回し蹴りを食らわせた。

　攻撃が当たる直前、日向子は硬化の能力を発動させたため、ダメージは最小限に抑えられた。

「こいつ……ただのプロキシーの割に速い」

「大丈夫。油断さえしなければ負けない」

　つい先程までギスギスしていた2人だったが、プロキシーを前にしたせいか良好な関係に戻っている。

　期せずして仲直りを果たした2人だったが、今は戦闘中。一瞬たりとも気が抜けない。

「いつも通りの戦法でいこう」

「……分かった。囮は任せた！」

　沙織は能力を発動し、上空へ急上昇した。

　プロキシーは飛び上がった沙織に気を取られ、一瞬日向子への注意が薄れた。

　日向子は能力で身体と槍の硬度を上げ、視線をずらしたプロキシーの腹部へ槍を突き出す。

　貫通さえしなかったものの、槍はプロキシーの腹に刺さった。プロキシーは視界を再び日向子に移し、今度は沙織への注意が薄れた。

　直後、沙織の鎌がプロキシーの右半身に刺さり、肩から腰にかけて切り裂かれた。切断された内臓と共に、大量の血液が流れ出す。

　勝利を確信した日向子は槍を引き抜き、そのまま身体を回転させながら右脚に光を集約。

「うぉりゃあああ！」

　先程の仕返しともとれる、飛び後ろ回し蹴りを食らわせた。

　プロキシーは後方へ飛ばされ、地面に激突した。

「よし！」

　プロキシーが吹き飛び、ガッツポーズをする日向子。

　沙織は飛行を止め、地面に降り立つ。その後2人はハイタッチをして、コンビ復活を実感した。

「プレイヤー、辞めるんじゃなかったの？」

「辞めるの辞めた。沙織や舞那が戦ってるのに、私だけ戦いから逃げるのはどうかと思ったから」

「……日向子らしいじゃん」

　2人は笑い、これから先の未来を思った。

　2人で戦い、2人で生き残り、2人で生きていく。

　先程まで仲違いしていたとは思えない程、2人の思う未来は明るく、美しいものだった。

「さて、じゃあ帰ろっかな……」

　日向子は変身を解除し、四つ角の所まで歩いた。

　しかしその時、日向子は仲違い解消とプロキシー駆除に浮かれ、注意が散漫していた。

「っ！！」

　四つ角へ進入した日向子の左側から、猛スピードで軽自動車が進入し、日向子を轢いた。

「日向子ぉぉ！」

　この道路の制限時速は30キロ。

　日向子を轢いた車は、時速約60キロを記録している。明らかな制限時速超過である。

　跳ばされた日向子は、先程のプロキシーのように地面に激突。車は進路を変え、ブロック塀に激突、破壊した後、民家に激突。

「日向子……っ！！」

　沙織は日向子を追いかけ、その姿を見た。

　左腕と左脚は折れ、地面に激突した際に顔と右半身を擦り剥いている。

　顔面の右半分は皮が剥け、傷口にアスファルトの破片が突き刺さっている。その他擦り剥いた箇所も血塗れ。

「うぇ……がはっ！」

　事故の衝撃で胴体の骨も折れ、胃が潰れている。幸いにも心臓破裂は避けているが、ダメージは相当大きい。

　血が混じった吐瀉物を口から垂れ流し、さらには失禁。

　痛みと苦しみに耐えかね、日向子は涙を流し嗚咽を漏らす。

　見ている側も苦しくなるようなその姿に、沙織は一瞬目を逸らした。

　しかし沙織は日向子に駆け寄り、自らが汚れることも厭わず日向子を抱える。

「日向子！　まだ死んじゃだめ！　日向子はこれからも私と生きるの！」

　痛々しい日向子の姿を見て、沙織の脳内に日向子の死が過ぎった。

　日向子の死をイメージし、沙織は涙を流す。

「っ！？　嘘……でしょ……？」

　日向子を轢いた車から大きな音が鳴り、沙織はそちらを見る。

　そこには、元は恐らく家族であっただろう4人のプロキシーがいた。プロキシー達は車をこじ開け、外に出る。

　プロキシーに変化する際の激痛により、運転手は思わずアクセルを踏み込んだ。その結果猛スピードで日向子に激突した。

「灰のプロキシーが……4体……」

(日向子と2人なら……或いは1体だけならなんとかなった。けど、日向子が戦えない今……勝機は……)

　沙織は絶望した。

　プロキシーの運転する車に日向子が轢かれ、その車には計4体のプロキシーが搭乗している。

　沙織と日向子は普段からコンビプレイで戦っている。それ故か、個人での戦闘能力は他プレイヤーと比較してもイマイチ。

　よって、日向子を庇いつつ、沙織がプロキシーを全員殺せる確率は、極めて低い。

「に……げて……」

「っ！？　できないよそんなこと！」

「……逃げて！」

　強い日向子の声に、沙織はビクついた。

「せめて……沙織だけでも……生きて……」

「……でも……私は、日向子と……」

「分かる、でしょ……私、は、もう助か、らない……」

　日向子は自らの死を悟っている。

　だからこそ、沙織が生き延びることを最優先に考える。

　しかしその意思を汲み取れば、沙織は日向子の死を受け入れることとなる。それが嫌で、沙織は日向子と共に生きようとした。

「これ、は……もう私、には、必要ない」

　日向子は自らのアクセサリーを沙織に突き出す。

　沙織は、アクセサリーを受け取ろうとしなかった。受け取った瞬間、日向子の死を受け入れることになるためである。

　しかし沙織は日向子の目を見て、自らの思いを断ち切りながらアクセサリーを受け取った。

「……助け、呼んでくる。必ず戻ってくる。だから……生きて待ってて」

　沙織は涙を拭いながらその場から去った。

　沙織の後ろ姿を見つめながら、日向子は2人で生きる予定だった未来を思う。

(沙織と生きたかったな……)

　沙織の姿が見えなくなり、日向子は再び涙を流す。

(沙織……また……会えるかな……)

　4人のプロキシーは日向子に歩み寄り、腕を掴み持ち上げる。

(会いたいよ……生きたいよ……沙織……)

　2体のプロキシーが日向子の両腕を掴み、力を入れて引きちぎる。

　腕を失った日向子は、再び地面に激突する。頭を打ったが、それに気付かない程の激痛が全身に走る。

(嫌だ……死にたくない……死にたくないよ！)

　2体のプロキシーは、先程ちぎった腕を食べている。

　残りの2体は日向子の服を破り、露わになった柔肌に噛み付く。

(もっと……生きたい……)

　泣き、嘔吐し、尿を漏らし、日向子は死への恐怖を体感する。

　そして、

「ぇぶっ」

　首を引き抜かれ、死の恐怖から脱した。