《48》 幻影
戯れを終えた舞那は、疲れてそのまま寝落ちしてしまった。
部屋はエアコンを効かせている為、風邪を引かせぬために心葵が布団を被せた。
(無防備……寝てる間にイタズラでもしちゃおっかな……)
舞那の頬を指でつつく心葵。
3戦目に突入するか迷ったが、退院直後であるため今回は諦めた。
しかし心葵は諦めきれず、何度も頭の中で考える。そんな最中、3戦目を拒むかのようにプロキシーが出現した。
心葵は急いで服を着て、アクセサリーをポケットへ入れる。
「いってきます」
眠る舞那にキスをして、心葵は部屋を出た。
◇◇◇
出現した2体のプロキシーは、次の餌として人間を探している。
しかし探すとは言っても、辺りを見回すだけで歩こうとしていない。
(2体……今までの私なら少しビビってたけど)
少し距離を置いた状態で、心葵は2体のプロキシーを見つめる。
その手にはかつて使用していた橙のアクセサリーではなく、千夏から貰った灰のアクセサリーが握られている。
(千夏がくれたこのアクセサリーがあれば、プロキシーなんてもう怖くない!)
心葵は走り、アクセサリーをハルバードへ変化させた。
「変身!」
灰色の光が心葵を包み、その姿を変化させた。
心葵に気付いたプロキシーは動き始め、心葵を捕食すべく攻撃態勢に入った。
「はあっ!」
心葵は飛び上がり、ハルバードの斧頭をプロキシーへ向けて振り下ろす。
しかし斧頭がプロキシーに刺さるよりも速く、プロキシーが心葵の胴体へ攻撃。拳は心葵の胴を抉り、そのまま何事も無かったかのように心葵を貫く。
「どこ見てるの?」
直後、プロキシーの背後からハルバードが突き刺さり、引き抜かれると同時に傷口から大量の血を噴出させた。
膝をつくプロキシーが振り返ると、そこには先程殺したはずの心葵。
心葵の腹部にダメージは無い。それ以前に、殺した筈の心葵がどこにも転がっていない。
プロキシーは、確かに心葵の身体を抉る感覚がしていた。間違いなくこの人間は殺している、プロキシーはそう思っている。間違っているはずがないと。
しかし、間違いなく心葵はノーダメージでそこに立っている。プロキシーは今起きている現象、そして何が真実なのかを理解できずにいる。
それを見ていた2体目のプロキシーが、心葵の背後から拳を振り下ろし、心葵の頭部を攻撃。首がちぎれ、頭部は地に転がり落ちる。
「残念でした」
直後、2体目のプロキシーは両腕の筋肉と神経を切断され、力を失った両腕がだらりと下がる。
「だめでしょ。相手から目ぇ逸らしちゃ」
先程同様、殺したはずの心葵が現れ、ある筈の死体が無くなっている。
人間未満の思考力のプロキシーでも、この状況の異常さは理解できた。
「ま、そんなこと言っても分からないか……」
心葵はハルバードの槍部分に灰色の光を集約させ、1体目のプロキシーの眉間に突き刺す。
ハルバードが両眼球に当たり、視神経が繋がったまま瞼の外に押し出される。ブラブラと動く眼球は、さながらグロテスクな振り子である。
刺さった槍部分はそのまま頭部を貫通し、血と脳漿に塗れる。
プロキシーは痙攣し、心葵がハルバードを引き抜くと同時に崩れ落ちた。その反動で、傷口からボトボトとクリーム色の脳みそが零れ落ちる。
しかしそんな光景に目もくれず、心葵は斧頭に光を集約。2体目のプロキシーの首を攻撃、切断した。
断面からは大量の血液が噴出するが、心葵はそれを回避。
死を迎えた2体のプロキシーは、時間差でそれぞれ砂へと変化した。
プロキシーが死んだことを確認した心葵は、変身を解除して自宅へ向かい歩き始めた。
(さて、早く帰って舞那にイタズラしちゃお)
プロキシーを混乱させ、1度も触れさせることなく勝利した灰の能力は、幻影。
半径5m以内の生物全てに幻影を見せ、心葵本体の姿を晦ます。
幻影の見せ方や強さは心葵次第で、質量のある幻影は勿論、実際に攻撃が通る幻影も発現可能。
以前心葵が千夏と戦った際、及び今回は、質量のある心葵の虚像を生み出し、それを囮とした。その後心葵は千夏やプロキシーの背後へ移り、相手が予期していない攻撃を食らわせた。
メラーフが作った9種類のアクセサリーの中でも、未来予知と比肩する程の能力とされている。
(舞那まだ寝てるかな~)
軽い足取りで自宅に向かう心葵に、かつて舞那を殺そうとしていた面影などなかった。
◇◇◇
7月末に始まった夏休みも、残すところ10日。
殆どの高校生は満喫できた夏休みだったが、極一部の女子高生は戦いに疲れ、完全に満喫することはできなかった。
「夏休み終わるね……」
「だね……」
「結局プロキシーのせいで遠出できなかったね……」
「……だね」
日向子宅でカップアイスを食べる沙織と日向子。
夏休みを満足に楽しめなかった2人は、憂鬱な気分のままアイスを口に運ぶ。
「プロキシーさえいなければ、今頃私達エンジョイしてるんだろうな……」
「だね……」
「……"だね"以外言ったら?」
「じゃあ"だね"としか返答できないようなこと言わないで」
暑さと憂鬱で声に抑揚がない2人は、さながら倦怠期のカップルのような盛り上がらない会話しかしていない。
プロキシーは夏休みだけでなく、2人から明るさを奪った。
「……私、もうプレイヤー辞めよっかな」
「日向子がいいなら、それでいいんじゃない? けど、プレイヤー辞めたら自衛能力失うよ?」
「……それでも自由になれるんなら、私はアクセサリーを手放す」
「……勝手にすれば。私はまだプレイヤーを辞めないけど」
以前行われたメラーフの暴露以降、日向子は戦いを避けるようになった。
ここ数日は、プロキシーが出現してもその場所へ向かわない。加えて、アクセサリーすら持ち歩いていない。
沙織は腑抜けてしまった日向子に呆れていたが、今日ついにその呆れは最高点に達した。
「アクセサリー手放して、プロキシーに食べられても知らないから……」
沙織はその場から去り、そのまま家を出た。
日向子は窓から沙織の背中を見て、自らの不甲斐なさを痛感し歯噛みした。
(沙織……私達このまま、友達じゃなくなるのかな……)
引き出しを開け、日向子は白のアクセサリーを手に取る。
アクセサリーを拾ってから、日向子は沙織と共にプロキシーと戦ってきた。見事なコンビプレイを見せつけ、その度に勝利を掴んだ。
白いアクセサリーを見ると、沙織と戦った記憶と、僅かながらそれに関連した記憶が脳内に蘇る。
沙織との共闘。アクセサリーを通じて理央や雪希と友人になった。戦いに勝つ度に生きていることを実感した。
プロキシーとの戦いは辛く苦しいものである。しかしアクセサリーを手にしてからの日々は、辛いことだけではなかった。
アクセサリーがあったからこそ楽しい時間を過ごせた。改めてそれを理解した日向子は、白のアクセサリーをポケットに入れて家の外に出た。
(沙織……やっぱり私……!)
走って沙織を追いかける日向子。
距離は少し離れているが、走ればすぐに追いつける距離に沙織はいる。
「待って! 待って沙織!」
「……日向子?」
(良かった……気付いてく……!)
沙織と日向子の距離は約50m。
2人が今いる道の中間に、2つの道が交差する4つ角が存在する。
その4つ角の中央に、スーツを着た女性が立っていた。
目の良い日向子は確認できたが、女性は立ったまま痙攣し、皮膚の一部が灰色に変色している。
「気を付けて! その人、プロキシーになる!」
「っ!?」
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