《45》 七支刀

「私が唯一神だと思ったが……違ってたか」

「唯一神は僕だ。それ以前に、君達は神に似せて作られた紛い物。そもそも神ですらない」


 ギラウスは神ではない。

 それを突かれたギラウスは、否定できず眉間にシワを寄せた。


「ギラウス、我々は人間を傷付けてはいけない。しかし今、君は人間を殺そうとしていた。どういうことだ」

「……メラーフ、やはりお前は神に相応しい者ではない。神は世界の調律を保つのが役目だ。しかし人間は異常に増え、調律が保てなくなっている。人間を減らすのも、神の責務だと思うが?」


 世界が創造され、幾人もの神が生まれ、その後人間が生み出された。

 神々の歴史の中で、増えすぎた人類の数を減らすという行動は無かった。しかし、減ることを想定し、世界を動かしたことはある。

 人間を減らすため、神は人間達に戦争を引き起こすよう促した。

 もしも戦争が起これば、神々が直接関与せずとも、人が人を殺し、人類自ら数を減らす。

 その結果、戦争が起こる度に人間の数は減り、神々が考えた人口調整は成功した。

 人間が植物の成長のため間引きを行うように、神も人間のために数を減らす。それを理解しているメラーフは、ギラウスを完全に否定することはできない。


「……否定はしない。君が人間を減らしたいのであれば、勝手に行動に移すといい」

「言われなくともそうす」

「だが、人間は抗う生き物だ。特に、ついさっき君が殺そうとした者達は……どんな絶望にも抗うだろうね」

「……ならば、私はその者達から潰していく。邪魔はするなよ」


 ギラウスはその場から姿を消し、まだ不完全な状態にある自分自身を強化すべく行動に移した。


「……保証はできないな。僕は人間が好きなんだ」


 メラーフもその場から姿を消し、止めていた時間を再び動かした。


 ◇◇◇


 ギラウスが姿を消してから数十分後のことだった。

 エアコンを効かせた部屋で惰眠を貪っていた雪希のところに、少し焦ったような表情のメラーフがやって来た。


「廣瀬雪希、すまないが今すぐ来てくれ」

「……何?」

「プロキシーよりもヤバいのがいる」


 メラーフの言葉を聞いた直後、雪希はベッドから下りて僅か数十秒で着替えを終えた。

 引き出しに入れていたアクセサリーを出し、それを手に巻き付ける。


「案内して!」


 メラーフは雪希を誘導し、少し走った後に目的の場所に到着した。

 そこは町の小学生が集まる、少し広めの公園。住宅街の中にあり、子供が集まり賑やかになれば、近隣住民は「うるさい」と文句を垂れる。

 しかし今は子供の声1つ聞こえず、それどころか近隣住民の話し声なども聞こえない。


「あれは……!?」


 公園の中心にギラウスが立っている。

 口元と身体は血に塗れており、その周辺には子供用の衣服が落ちている。


「人間を減らそうとするイカレ女の1人、ギラウスだ」


 夏休み中のこの時間帯は、天気さえ良ければ大概子供達がいる。

 それを知ってか知らずか、ギラウスはこの公園に来ていた子供を狙い、自らの力にすべく全ての子供を捕食した。

 ギラウス達を含め、プロキシーは人間の選り好みはしない。そのため、人間であば誰彼構わず捕食する。

 しかし捕食する人間が、エネルギーに溢れている人間であれば、捕食により得られる力は強くなる。

 個人差はあるが、最もエネルギーに溢れているのは子供。成人男性1人を喰らうよりも、小学生男児1人を喰らう方が、プロキシーはより強くなれる。

 ギラウスが喰らったのは計7人。目覚めた直後よりもさらに強くなっている。


「想定外だ……まさか、ギラウスが人を捕食しても反応を感じないとは……」

「……とにかく、これ以上は殺らせない! 変身!」


 雪希は走りながら変身し、身体能力、アクセサリーの斬れ味をできる限り強化した。

 小学生の足を食べていたギラウスだったが、雪希の殺気に気付き振り向く。


「はああ!」


 雪希は刃に光を集約させ、ギラウスの脳天に振り下ろす。

 しかし、


「その姿……クーナか? いや、顔が違う。さっきの2人組といい、お前達は一体何者なんだ?」


 刃はギラウスの身体を斬ることができず、刀は雪希ごと弾き飛ばされた。


(この力……! プロキシーなんかとは比べ物にならない!)


 代行者プロキシーにより生み出されたギラウス達は、クーナ達のような能力を使いこなせなかった。

 それ故に、ギラウス達が生み出した同色のプロキシーも、他の色のプロキシーのような能力を使用できない。

 しかし戦闘能力に関しては、クーナ達と同等であり、並のプロキシーと比較しても雲泥の差がある。

 理央と撫子の攻撃が効かなかったように、雪希の攻撃もギラウスには効かない。

 加えて、今のギラウスは子供を数人捕食したため、本来よりも強さを増している。

 弾き飛ばされた瞬間、雪希は今のままでは勝てないと悟った。


「メラーフ! 止めて!」


 雪希の声に反応し、メラーフは雪希以外の時間を止めた。

 着地した雪希は変身を解除し、覚悟を決めたかのような表情でメラーフに歩み寄った。


「……"あれ"、頂戴」

「……いいのかい?」


 メラーフの問いに、雪希は無言で小さく頷いた。


「知ってると思うが、あれは使い方を誤ると自分自身を滅ぼす。気をつけてくれ」

「……大丈夫。だって私……強いから」


 雪希は顔を上げて、僅かに微笑んだ。

 その顔を見たメラーフはため息をつき、自身の真横に空間の歪みを発生させた。

 メラーフは歪みに手を差し込み、中から銀のアクセサリーを取り出す。そしてメラーフはアクセサリーを雪希に差し出し、雪希はそれを受け取った。


「気をつけてくれ、廣瀬雪希……」


 雪希は振り返り、ギラウスと対面した。


(舞那の力……使わせてもらうね)


 雪希はアクセサリーを七支刀へ変化させた。七支刀は他のアクセサリー以上に光沢があり、全体が銀色に輝いている。

 その形状は、歴史の教科書に登場するような七支刀を、現代風にアレンジしたかのよう。

 中心の刃から伸びる6本の刃は全てが鋭利で、定規で製図したかのようにカクカクしている。

 本来ならば丸みのある形状だが、この七支刀は殆ど丸みがない。


「……変身!」


 アクセサリーから発せられた銀色の光は、螺旋状に雪希の身体を囲む。

 そのまま光は雪希の身体を包み、雪希の身体を変化させる。

 雪希を変身させて弾けた光は、かつてエレイスが生やしていた羽の形を模し、その場に舞い落ちた。


(やはり、銀のアクセサリーは美しいな……)


 銀色ベースの着物。

 正面の裾部分は膝丈。対して背面の裾部分は足首まで。

 肩がはだけ鎖骨下まで見えているが、どういう構造なのかそれ以上下には下がらない。

 髪型は赤のアクセサリーで変身した際のものと同一だが、色は美しい銀色。

 瞳も赤から銀に変わっており、心做しか目が鋭くなっている。


「時間を動かそう」


 メラーフは再び時間を動かし始める。

 何も見ていなかったギラウスは、突如雪希の容姿が変化したことに驚いた。と言うよりも、雪希の姿に驚いた。


「その姿……エレイス!?」

「ギラウス……あんたは、私が殺す!」


 雪希は七支刀を構え、ギラウスに向かって走り始めた。

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