《44》 ギラウス
プロキシーは緑のアクセサリーを口に入れ、そのまま噛み砕いた。
恐らく一生のうち1度も聞くことは無いであろう不気味な咀嚼音は、理央と撫子の脳内に強烈なイメージを残した。
「食べた……!?」
理央が放った銃弾は外れており、プロキシーはダメージを負っていない。
「なんかヤバい気がする……早く殺しましょう!」
「うん!」
撫子は可能な限り矢に光を集約させ、理央も可能な限り銃に光を集約させる。
この1発で終わらせる。終わらせなければならない。理央と撫子はそう考えながら、力を込めた1発を放った。
しかし、
「っ!?」
プロキシーが奇声と共に緑に発色し、放たれた銃弾と矢を吸収した。
そして、プロキシーの身体を纏っていた光が弾け、眩い光の中から人間大の人影が現れた。
「あれは……!?」
光の中から現れたのは、メラーフと同じくらいの背丈の少女。
髪と瞳は緑色で、背中から緑色の翼を生やしている。
その姿は、かつてアクセサリーの力に取り込まれ、プロキシーへと変貌した千夏に近い。
「……ザウバ、ゾドガザダバ……」
緑色の少女は、恐らく地球上に存在しないであろう言語で独り言を呟く。
「バダギザ……ギラウス……ジグズナブギガグ、ガナド」
「あいつ……一体何者?」
「……少なくとも、味方ではなさそうですね。厄介なことになる前に殺しておきましょう」
理央は再び光を集約させ、緑の少女の頭部目掛けて引き金を引いた。
並のプロキシーであれば、この1発で頭を撃ち抜かれている。
並のプロキシーではない。それは理解していた。しかし、緑の少女の力量は理央のイメージを凌駕していた。
「嘘、でしょ……」
「ゾドヂガバザ、ザジバ……ナイザ?」
銃弾は貫通していない。
それ以前に、少女の皮膚すら通過していない。
銃弾は皮膚に当たった直後、少女の皮膚に阻まれ弾けていた。
銃弾は構築できていた。普通ならば弾けるはずがない。
「……ま、あ、いい……わ、たしは、ようや、く、身体を、手に、入れた」
「っ!? こいつ……日本語を!」
ぎこちなく、多少イントネーションも不安定。
しかし、つい数秒前まで謎の言語を話していた少女は、突如として日本語を話し始めた。
「エレイス達、の、力は感じられない。い、まは……私が、唯一神……!」
少女は緑の光を自らの身体に纏わせ、衣服を生成した。
その服は変身後の撫子が着ているものと同一。
服を着た少女を見た理央と撫子は、数日前のメラーフの話を思い出し、その少女が何者なのかを理解した。
「人間を……減らす!」
少女の名はギラウス。
かつてメラーフと共に世界の管理をしていた、9人のプロキシーの1人。
リエイブの持っていた磁力操作の力を圧縮、その後力を核として、リエイブの手で生み出された。
「っ!!」
理央の身体が危険を感知し、自動的に能力が発動した。
数秒後、理央と撫子は首を切断され殺される。
自らの死を予知した理央は、最悪の未来を変えるために策を練った。
「撫子! 反発力!」
「わ、分かりました!」
撫子は自身とギラウスの間に強い反発力を発生させ、理央は撫子の背後に隠れた。
攻撃を始めようとしたギラウスだったが、反発力に阻まれ近付くことができない。
「メラーフ!」
その隙に理央はメラーフを呼び、その声を聞いたメラーフは時間を止めた。
時間が止まったことを確認した撫子と理央は、息を吐きながら力を抜いた。
「メラーフ……9人の
「ああ……確かに封印した。うん、封印した……だが、"これ"は間違いなくギラウスだ」
メラーフの記憶にあるギラウスと、現在目の前に存在しているギラウスは、見た目だけで言えば同じ。
違う点は、日本語を話していることと、人間である理央達に攻撃しようとしたこと。
メラーフの記憶が正しければ、ギラウスはクーナ達と共にオルマ側につき、人間を守ろうとしていた。数を減らそうなどとは1度も口にしていない。
しかし先程、ギラウスは「人間を減らす」と発言した。
アクセサリーに封印されているのは、2回目の2018年のギラウス。生きた時間が違うため、多少思考が変わるのは不思議ではない。
とは言え、1回目と2回目で正反対のことを言うのはやはりおかしい。
「プロキシーがアクセサリー食べたらこうなったんだけど……何か分かる?」
「……恐らく、アクセサリーの持つ力に惹かれ、その力を得るために取り込んだんだろう。だがこんなこと初めてだ……何が起こっているのか、僕でさえ分からない」
「そんな……」
1回目の2018年では、プロキシーがアクセサリーを食うということはなかった。
何十年、何百年と生きてきたメラーフは、世界のほぼ全てを知っている。
世界一情報量の多い辞書があったとして、人間がその辞書を暗記したとしても、メラーフには遠く及ばない。
そんなメラーフが「分からない」と公言したということは、この世界に存在する生命誰一人として、今回の出来事を説明できる者はいない。
「とにかく、このままではまずい。ギラウスはまた封印する」
メラーフは手のひらを上へ向け、透明な光を集約させてアクセサリーを作り出した。
ギラウスを封印するためだけに作ったこのアクセサリーは、戦うことを想定していないため武器の形をしていない。
メラーフはアクセサリーをギラウスへ近付け、封印をしようとした。
「っ!?」
しかし、突如アクセサリーが弾き返され、爆散した。
「封印……できない……!?」
2回目の2018年で、メラーフはアクセサリーにギラウスを封印した。今回作ったアクセサリーは、当時作ったものと同等のはずだった。
だが封印は失敗。
ギラウスの力は進化し、かつてのギラウスよりも強くなっている。
強くなった力はアクセサリーの許容量を凌駕し、アクセサリーは耐えきれずに爆散したのだ。
しかしメラーフは疑問に思った。
ギラウス達はアクセサリーに封印され、後に3分割された。つまり、アクセサリー1つに封印された力は3分の1。
普通ならば3分の1しか力が出せないはずなのだが、ギラウスの力は封印前よりも強い。明らかにおかしい。
「……笹部理央、常磐撫子、ここから逃げろ。ギラウスは私が説得する」
「……分かった。なるべく遠くまで逃げるから、暫く止めてて。行こう、撫子」
「はい……」
理央と撫子は変身を解除し、走って遠くへ逃げていった。
2人がギラウスから離れたことを理解したメラーフは、一瞬だけ時間を動かし、再び停止した。今度はギラウスだけが動けるように。
「メラーフ……?」
「……久しぶりだね、ギラウス」
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