《43》 磁力

 宗教施設の壁を破壊しながら、プロキシーは外へ弾き飛ばされた。

 その後を追い、撫子は歩いて壁の穴を抜けた。


「いっぱい食べてるから、少しは骨のある奴かと思ったけど……所詮この程度か……」


 変身すると同時に、口調が変わった撫子。

 いつもの優しい声と異なり声は低く、大人しげな口調は多少荒いものとなっている。

 その表情も、変身前の優しげなものとは異なり、まるで下等な生物を見下すかのようなサディスティック表情になっている。

 しかし、撫子からは殺気は放たれていない……と言うよりも、何も感じられない。

 龍華や心葵のような剥き出しの殺意も、舞那のような闘志も、千夏のような生きようとする執念すらも。

 撫子は自身がこの戦いに勝利し、生きることを知っている。故に無駄な感情は全て破棄し、生きるための最低限の力のみを残した。


「もういいや、死んで」


 撫子は左手で弓を構え、弦を引くように右手を動かした。

 すると弓の両端から、右手に向かって弦を模した緑の光が伸びた。直後に光は矢の形へと変化し、撫子は右手を離し矢を放った。

 しかしプロキシーは寸前のところで矢を回避。矢は地面に突き刺さった。

 そしてプロキシーは起き上がり、撫子への反撃を開始した……かに見えた。


「っ!!」


 突如、プロキシーは胸部に衝撃を受け、動きを止めた。

 プロキシーの胸には、緑の矢が刺さっている。しかしそれは新たに放ったものではなく、先程回避し、地面に突き刺さった矢である。

 緑のアクセサリーが持つ能力は磁力操作。

 磁力操作は、対象Aと対象Bの間に磁力を発生させることで、引き寄せることも、逆に反発させることができる。

 対象には有機物と無機物の両方を指定でき、能力の途中で引力と反発力を変更、力の強さの調節も可能。加えて、対象の物体のさらに細かい場所まで指定できる。

 先程撫子は、射出した矢を対象A、プロキシーの胸部を対象Bとし、強めの引力を発動。

 矢は猛スピードでプロキシーの胸部へと吸い寄せられ、そのまま身体を貫通した。


「はぁ……面白くない」


 撫子は弓に緑の光を集約させた。

 その直後、硬直したプロキシーに弓を振り下ろし、驚くことに首を跳ねた。

 頭部を失ったプロキシーはその場に倒れ、砂へと変化し始めた。


「撫子!」

「……さあ、帰って五百雀高校のチェックを再開しましょう」


 撫子は変身を解除し、元の優しい表情を理央に見せた。


 ◇◇◇


 時間が経ち、理央による五百雀高校の説明は終わった。


「それじゃあ、明日は理央さんが渦音うちに来てください。今度はプロキシーに邪魔されないことを祈ります」

「そうだね……そんじゃ明日」


 理央は手を振りながら撫子を見送る。

 撫子は頭を下げた後、振り返って駅の方へと歩いていった。


(磁力操作ね……敵にならなくてよかった)


 先日行われたメラーフの暴露により、プレイヤー同士の戦いは起こらなくなった。

 最終的に神に等しい力を得るのは、生き残ったプレイヤーの中から選ばれた1人のみ。選ばれる選ばれないは別として、とにかく生き残れば力を得る可能性がある。

 プレイヤーの面々がそれを理解した瞬間、死のリスクを背負ってまでプレイヤーと戦おうとする理由が無くなったのだ。

 現時点、撫子は理央と敵対関係にない。しかしメラーフの暴露がなければ、2人は敵対していたかもしれない。

 そう思いながら、理央は生徒会室へと戻っていった。


(私も帰ろ)


 ◇◇◇


 翌日、理央は予定通り渦音高校に向かった……のだが、理央と撫子の願いも虚しく、学校紹介開始直後にプロキシーが現れた。

 しかも運が悪く、出現したのは2体。


「あぁーもう! なんで1度に2体もでるの!」

「とにかく、早く片付けましょう」


 理央と撫子はアクセサリーを取り出し、変身して戦闘を開始した。

 1人の人間を2体で食べたためか、プロキシーの戦闘力はそこまで高くない。

 理央と撫子が優勢のまま、戦いは終わる……かに思えた。


「っ! 撫子後ろ!」


 撫子の背後に、予想すらしていなかった3体目が現れた。

 撫子は咄嗟に能力を使用。3体目と自身の間に発生させた反発力を利用し、相手の攻撃が当たらない程度に距離を取った。

 しかし動いた先に、戦闘中だったプロキシーがいた。


(やば!)


 撫子は身体を捻り、弓を盾にしてプロキシーと相対した。

 プロキシーの攻撃は撫子の弓に防がれるはずだったのだが、攻撃は撫子の力を上回り、弓は弾かれてしまった。

 意図せずに身体から離れた弓は力の維持ができなくなり、撫子の変身を解除してしまった。


「撫子!」


 生身の撫子に振り下ろされるプロキシーの鉄拳。

 普通であれば、ここで撫子は死んでいてた。


「あれは……!?」


 プロキシーの攻撃は、撫子の持つ弓により防がれていた。


「アクセサリーは1つじゃないんだよねぇ」


 撫子は、3つ存在する緑のアクセサリーを全て所有しており、絶望的かと思われた状況にも対応してみせた。


「変身」


 撫子は2つ目のアクセサリーで変身し、光を集約させた矢でプロキシーの頭を撃ち抜いた。

 それとほぼ同時に理央もプロキシーを殺し、3体中2体を駆除できた。


「後はあいつだ、け……」


 3体目のプロキシーの方を見た理央。

 予想もしていなかったのだが、プロキシーはなぜか、先程弾かれた緑のアクセサリーを拾い上げていた。

 そしてその瞬間、理央の能力が自動的に発動し、数秒後に起こる未来を予知した。

 その予知を見た理央は、言葉を発するよりも先に銃口を向けていた。

 引き金を引き、銃弾が放たれる。

 しかし、銃弾がプロキシーの身体を撃ち抜くよりも先に、プロキシーは既に行動を終えた。





 ガリ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る