《40》 視力

 朝の9時半を過ぎ、舞那は眠りから目を覚ました。

 9時間前にプロキシーが出現し、舞那は理央と共に戦っていた。不運にもプロキシーは3体出現したため、苦戦はしなかったものの多少時間がかかった。

 その疲れ故か、帰宅後に舞那はすぐ眠りにつき、夢を見ることも無く熟睡していた。


「んん……」


 ゆっくりと起き上がり、目を少し擦った後に舞那は眼鏡をかけた。


(暑……)


 本日は風の吹かない真夏日。こんな日はエアコンや扇風機がある、快適な場所で過ごすに限る。

 生憎舞那の部屋に冷房は無いため、現在舞那の身体は寝汗塗れ。シャツと下着は肌に張り付いている。

 この後舞那は病院に向かうのだが、その前にシャワーを浴びて汗を落とすことにした。


 ◇◇◇


 キスをして以降も、舞那は毎日心葵の見舞いに来ている。

 しかし以前とは違い、見舞いに来る度に舞那は心音が早まっている。

 あの日以降2人はキスをしていない。だが舞那は、いつキスを要求されるか分からないため、終始若干身構えている。


「そうだ、私もうちょっとで退院できるんだって」

「内臓損傷したって聞いたけど……もう大丈夫なの?」

「多分ね。ヒビ入ってた腕も痛くないし。ようやくこの独特な空気漂う部屋から解放される……んで、ようやくキスの続きができる」

「そう……だね」


 顔を赤くした舞那は顔を逸らした。

 その直後、舞那は眼鏡を外し、右手で両目を擦り始めた。


「目ぇ痛いの?」

「いや、なんか目がちょっとぼやけてて……度が合わなくなったのかな?」

「戦いに支障出るんじゃない?」

「大丈夫。変身したら目が見えるの」

「そう言われてみると、変身したら眼鏡無かったね」


 初めて変身した際に気付いていたが、変身すれば舞那の視力は回復する。

 これは変身時の戦闘能力向上によるものであり、戦闘する上での欠点の補正だと考えられている。

 この現象に関しては、メラーフも原因が分かっていない。しかし悪影響を及ぼしているという訳でもないため、舞那は特に気にしていない。


「メラーフ曰く、変身すればローシャ達の服装になるから、眼鏡とかの装飾品は消えるみたい。アクセサリーは消えないみたいだけど」


 プレイヤーが変身した際は、服装が変化している。

 その服装は各色共通しており、舞那以外の青のプレイヤーも同じ服を着ている。

 しかし舞那のように、2色のアクセサリーを同時に使用した際は、片方の服装をベースに新たな服に変化、或いはどちらでもない全く新しい服に変化する。


「そろそろ眼鏡も替え時かな……」


 舞那の眼鏡のフレームは若干傷付いており、度も合っていないため、そろそろ交換時期ではある。


「この際コンタクトにしちゃえば? そっちの方が可愛いと思うんだけど」

「……やだ。眼球に異物貼り付けるの怖い」

「あ、そう……」


 ◇◇◇


 舞那はいつもより早く帰宅し、新しい眼鏡を購入すべく、前々から利用している眼鏡屋へ向かった。

 店員は舞那の父、及び舞那を常連として認識しているため、来店すれば店員達は「あ!」とでも言いたげな顔で迎え入れる。

 予算は特に決められておらず、父から渡されたクレジットカードで購入する。よって値段に関わらず、なるべく長持ちするものを購入する予定である。


「ではまず、現在の視力を調べますので、少々お待ちください」


 眼鏡をかけた事のある人ならば理解できるであろう"気球の写真"を見せられ、その後舞那は視力検査を行った。

 検査後、暫く店員達がボソボソと話していたが、舞那はそれを聞き取ることができなかった。

 とりあえず待っていた舞那だったが、暫くして怪訝そうな表情の店員が歩み寄ってきた。


「えー、検査の結果なんですけれども……視力が良くなっていますね」

「……え?」


 視力がさらに悪くなったため、眼鏡の度が合わなくなった。そう思っていた。

 だが実際は、視力が良くなったため、今の眼鏡の度が合わなくなった。

 舞那は視力を回復させるための努力はしていない。そのため、視力が回復するということはありえない。

 強いて言うならば、舞那は最近ブルーベリー味の飴を食べている。

 しかしブルーベリーが目に良いというのは詭弁。そもそも「ブルーベリー」ではなく「ブルーベリー味」であるため、視力が回復するはずがない。


「とりあえず、今の視力に合うように調整しますので、もう暫くお待ちください」


 店員は少し首を傾げながら、その場を離れた。


(もしかして……変身の影響?)


 舞那には、視力の回復に心当たりがあった。

 メラーフ曰く、アクセサリーに封印されているプロキシーの力を使うことで、プレイヤーは変身している。

 しかしプロキシーの力は、変身解除した後に僅かながら体内に残留する。そのため、龍華のろうにアクセサリーが破壊されても、プロキシー出現の反応を受け取れる。

 もし仮に残留した力が影響しているのだとすれば、視力の回復という謎も納得できる。


(もしこのまま変身を続ければ……そのうち私も千夏みたいに……っ!)


 舞那は千夏がプロキシー化してしまった瞬間を思い出してしまった。

 明日は我が身。そう考えただけで、舞那の身体は僅かに震え始めた。

 プレイヤーになって暫く経つが、ここに来て舞那は久しぶりに恐怖を感じた。その恐怖は、初めてプロキシーを見た時の恐怖よりも弱いが、今後の戦いを躊躇わせるには十分だった。


(私……どうなっちゃうんだろう……)


 ◇◇◇


 新しい眼鏡を装着し、重い足取りで自宅へと向かう舞那。

 その途中、


「……!」


 近くでプロキシーが出現した。

 今までの舞那であれば、躊躇わずに出現場所へと向かっている。

 しかし今の舞那は、自らの身に起こっていることに恐怖し、戦うことを躊躇っている。

 戦いたくない。行きたくない。だが戦わなければ犠牲者が増える。


(戦わないと……)


 舞那は戦いを拒む自分自身を押さえつけ、出現場所へ向かって走り始めた。

 出現場所までの距離残り数十メートル地点で、舞那は別方向から走ってきた理央と遭遇した。


「舞那!」

「理央……と、杏樹ちゃん?」


 舞那は理央と共に走っている杏樹に気付いた。

 舞那と杏樹は違うクラスだが、中学校が一緒だったため互いに見知っている。

 2人は知り合いではあるが、友人と言える関係ではない。

 しかし杏樹はその童顔と体型が災いし、中学時代に先輩後輩関係なく「杏樹ちゃん」と呼ばれていたため、舞那は杏樹を名前で呼んでいる。


「あれ? 2人とも知り合いだったの……って、その話は後! プロキシーはっけ……ん?」


 理央の視線の先に、灰色のプロキシーが現れた。

 そのプロキシーは動きが明らかにおかしく、誰かと交戦しているようだった。


「あれは……廣瀬さん!」


 灰のプロキシーの対戦相手は雪希だった。

 各色プレイヤーの服装は共通しているため、遠目では色は分かっても、それがその色のプレイヤーのうち誰なのかということは分からない。

 しかし舞那は一瞬で雪希だと見抜き、理央と杏樹はそのスピードに驚愕した。


「「変身!」」


 舞那と理央が同時に変身し、雪希はその光と声に気付き視線を移した。


(舞那と理央……! 3人いればこんな奴!)


 雪希は苦戦していた。

 交戦中のプロキシーは通常の個体よりも戦闘能力が高く、尚且つ体型も大きい。

 以前遭遇した巨大プロキシーと比べると小さいが、それでも十分過ぎる程この個体は強い。

 しかし舞那と理央が加わったことで、状況は変化した。


「はあ!」


 舞那は瞬間移動でプロキシーの足元へ周り、ナイフでアキレス腱を攻撃。予期せぬ攻撃を受け、プロキシーは若干バランスを崩す……という流れを予知した理央は、バランスを崩す方へと銃口を向けた。

 舞那の攻撃直後、プロキシーは予定通りの方向へとバランスを崩した。タイミング良く理央の放った銃弾が飛来し、プロキシーは頭部を撃ち抜かれた。

 重傷を負ったプロキシーはそのまま倒れようとするが、転倒先で雪希が刀を構えていた。

 雪希は刃に赤の光を集約させ、プロキシーが間合いに落ちてくると同時に刀を振った。

 斬れ味抜群の刃を受け、プロキシーの身体は2分割。

 一応、プロキシーはまだ生きている。しかし舞那、雪希のダメ押しにより、プロキシーは完全に死亡した。


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