《38》 唇

 メラーフが衝撃の事実を話した2日後、舞那は龍華に話の内容を伝えた。

 龍華は現在アクセサリーを所持していないため、メラーフのテレパシーからは外されていた。


「2回目の2018年、ね……」

「嘘みたいな話だけど、全部本当らしいよ」

「……なるほど、ようやく繋がった。最後に確認だけど、2018年の5月に戦いが起きたんだよね?」

「うん。あ! ごめん犬飼さん、私用事あるからそろそろ切るね!」

「う、うん。それじゃ」


 舞那は急いで通話を終わらせた。


「廣瀬雪希……これで理解できた」


 ◇◇◇


「ごめん心葵、ちょっと遅くな……」

「あ……」


 病室のカーテンを開ける舞那。

 病室のベッドの上には、心葵が半裸で座っている。

 ベッドの横には見知らぬ女性が立っており、濡らしたタオルで心葵の背中を拭いている。


「ごごご、ごめん!」


 舞那は半裸の心葵を見た直後に、目にも止まらぬスピードでカーテンを閉めた。

 見た側の舞那も、見られた側の心葵も顔を赤らめ、共に心音が早くなっている。


「……もう入っていいよ」


 少ししてから心葵の声が聞こえ、舞那は恐る恐るカーテンを開けた。

 少し気まずい雰囲気になったが、ベッドの横に座っている女性が仲介役になった。


「えっと……心葵のお友達?」

「ん、んん! えー、紹介するね。最近友達になった舞那。んで、こちらは私のお母さん」


 気を改めるように咳き込んだ後、心葵は舞那の紹介をした。

 さすがに気まずいのか、心葵と舞那は未だに目を合わせていない。


「はじめまして、木場舞那です」

「はじめまして。いつも心葵がお世話になっております」


 軽い挨拶を済ませた舞那はパイプ椅子に座り、リュックを膝の上に置いた。


「毎日お見舞いに来てくれてるって聞いたけど、家の事とか大丈夫?」

「はい。母はいませんが、父が自宅警備員(小説家)でほぼ毎日家にいるので」

「そう……ごめんね、うちの子のためにわざわざ……」

「いえ、心葵さんは大事な友達なので、このくらい当然です」


 舞那と心葵母は、その後も主に心葵のことで会話を続けた。

 延々と続く2人の会話を聞く心葵は、話の内容が濃くなるにつれて顔が再び赤くなっていった。


「そうそう! 心葵が中学生になってすぐの頃、中学の制服着たまま間違えて小学校に行ったことが」

「ちょっとお母さん!? 何人の嫌な記憶を楽しげに語ろうとしてるの!? ほらもう帰って帰って! 舞那と2人きりになりたいの!」

「えぇ~? もう、しょうがないな~。それじゃあお母さんは帰ります。舞那ちゃん、悪いけど一緒に荷物持ってってくれない?」

「分かりました。心葵、ちょっと待っててね」


 舞那は心葵母の荷物を持ち、2人で病室を出た。

 病室を出て暫くして、心葵母が2人の間の沈黙を破った。


「ありがとね、舞那ちゃん」

「え?」

「心葵、自分の父親が死んだって知ってから、友達も作らない暗い子になっちゃったの」


 心葵の前では絶対に話せないことを、心葵母は舞那に打ち明けた。

 舞那は心葵の父親のことを龍華から聞いていたが、ここは知らないふりをして、心葵からも聞いていないという体を装った。


「私の仕事が忙しくて、あまり家にいれなかったのも、あの子を暗くした原因の1つ……後悔してる」


 心葵母は、出版社で編集者として働いている。会社で寝泊まりすることも多く、心葵と暫く会わないこともある。

 心葵母は、仕事の都合で心葵と会う時間が減ったことも、心葵の性格が歪んだ原因だと感じている。

 実際、心葵が荒んだ原因の一つであることは間違いない。

 因みにこれは余談だが、舞那の父の担当編集は、心葵母の後輩である。


「でも舞那ちゃんが友達になってくれて、心葵も昔の心葵に戻ったみたい……」


 心葵は数日ぶりに母と会っても、殆ど笑わなかった。そもそも会話すらしないこともあった。

 しかしそんな心葵が、舞那との出会いを経て、笑顔を取り戻したことを、心葵母は素直に喜んだ。


「これから沢山迷惑もかけると思うけど……心葵のこと、お願いね」

「……はい。これからも、心葵さんと仲良くさせて頂きます」


 ◇◇◇


 病室に戻った舞那。

 騒がしかった心葵母がいなくなり、再び気まずい雰囲気になった。

 舞那は何とかこの空気をどうにかしようと、盛り上がれるような話題を探した。


「……舞那、変な事言ってもいい?」

「な……何?」

「……私、今まで千夏の事しか愛してなかった。けど、舞那の優しさに触れてから……私はおかしくなった」


 赤くなった顔を隠すように、心葵は俯いた。


「もちろん、今でも私は千夏を愛してる。けど……気付けば私、舞那のこと……」

「……!!」


 舞那は心葵の思いを察し、一瞬にして顔が熱くなった。


「舞那が帰った後、いつも寂しさを感じてる。その後は寂しさを紛らわせるために、舞那を思って、その……気付けば、"しちゃってる"の」


 いつも傍には千夏がいた。それ故、1人で"する"ことも殆どなかった。

 しかしその千夏はもういない。


「ねえ舞那……私、もう……」


 捌け口を失い、心葵は最早自らの欲を抑えきれなくなっていた。

 心葵は舞那の方へと身体を動かし、右手を軸に身を乗り出した。


「我慢、できないみたい……」


 舞那と心葵。2人の顔の距離は、鼻の頂点から1センチ未満。

 互いの息が互いの顔に当たる。

 恍惚とした心葵の表情を間近で見た舞那は、自らの心音が早まっていたことに気付いた。




 ちゅ……




 この日、舞那のファーストキスは心葵に奪われた。

 温かく柔らかい、心葵の唇に。


(ごめん千夏……私、最低な人間だね……)


 舞那の唇を感じながら、心葵は自らの行為に背徳感を覚えた。

 数秒後、心葵は唇を離した。

 心葵同様、舞那も恍惚とした表情になり、心音はさらに早くなっている。

 舞那の心音は大きく、心葵に聞こえているのではないかと少し焦った。


「退院したらこの続き……しよ?」


 心葵は今までにないような微笑みだった。

 その微笑みを無下にできず、少し躊躇いつつも舞那は頷いた。


「……じゃあ、早く治して退院しないとね」


 舞那が"続き"を承諾したためか、心葵は瑞々しさを取り戻していた。

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