《37》 封印

 2019年3月17日に戦いは終わった。

 メラーフは、戦いの詳しい内容を話さなかった。誰が終わらせ、誰が生き残ったのかを。

 しかしメラーフの脳内には、3月17日の出来事が蘇る。


 ◇◇◇


 2019年3月17日。

 色絵町でプロキシーが一斉に暴れ始め、プレイヤー達は各地に散って殲滅を行っていた。

 この時点で生き残っているプレイヤーは4人。殲滅には相当時間を費やした。


「はぁ……はぁ……うぉおおおお!!」


 12体以上のプロキシーが出現した場所では、灰色のアクセサリーを持った少女が戦っている。

 尽きかけた力を振り絞り、ハルバードで最後の2体を一度に殺した。


「っはあ……」


 少女は力尽き、その場に倒れた。

 そしてこの場を生き残れたことを喜び、震える腕を空へ掲げた。

 少女の名は杉原すぎはら桃花ももか。水瀬高校に通う高校3年生。


(もう歩く力も残ってない……けど、なんとか生きれた……)


 かつてメラーフからアクセサリーを受け取った桃花は、神に等しい力の存在を聞いていた。

 桃花は特に叶えたい願いもなかったため、神に等しい力は欲しいと思わなかった。

 ただ唯一桃花が望むものは、"明日"。プロキシーとの戦いを生き延び、生きて明日を迎える。それだけのために、桃花は戦う。


(暫く休憩して、体力回復したら帰ろ……)


 変身を解除せず、桃花はその場で脱力した。

 しかしその瞬間、桃花は腹部に違和感を覚えた。


「え……?」


 桃花の腹部には紫のチャクラムが刺さっている。チャクラムに気付き遅れてやってきた痛みは、桃花の想像を絶していた。


「がっ……あがっ……」


 立ち上がるだけの力もない桃花は、僅かな声しか発せなかった。

 血走った瞳を動かし、チャクラムを投げた者を探した。

 そして右数十メートル先に、チャクラムを投げたであろう人影を見つけた。しかし、


「っ!!」


 視認した直後に2本目のチャクラムが飛来。両目を潰すように、桃花の顔面に刺さった。


「プロキシーが大量発生したからって、私達が真に戦う理由を忘れちゃダメでしょ……」


 紫のプレイヤーが桃花に歩み寄り、腹部と頭部に刺さったチャクラムを引き抜く。

 この少女の名は椎名しいなゆかり。白羽女子高校に通う3年生。


「残りは2人……みんな消耗してるだろうし、今日中にれちゃうかも」


 ゆかりは神に等しい力を欲し、桃花だけでなく別のプレイヤーも殺している。

 ゆかりが殲滅に向かった場所は、プロキシーの数が比較的少なかった。そのため戦闘による消耗は少なく、桃花を殺すために戦闘後ここまでやって来た。


「さて、殺しに行こっと」


 ゆかりはその場を離れ、残る2人のプレイヤーの戦う場所へと向かった。

 そして約1時間後、ゆかりは目的地へと到着した。そこでゆかりは、想像もしていなかった光景を目にする。


「あれは……!?」


 見慣れない姿のプレイヤーが、見たのとのないアクセサリーでプロキシーの大軍を殲滅している。

 そのプレイヤーは銀色の髪をなびかせながら、銀色の七支刀しちしとうを振る。

 そして銀髪のプレイヤーは、瞬く間にプロキシーの大軍を全滅させた。


(なんだか強そうだけど、不意打ちなら!)


 ゆかりはチャクラムに光を集約し、銀髪のプレイヤーの死角からチャクラムを投げた。

 しかし銀色のプレイヤーはチャクラムを避け、一瞬でゆかりの視界から姿を消した。

 そしてその直後、七支刀がゆかりの身体を背後から穿いた。


「嘘……」


 七支刀はそのまま横に移動し、ゆかりの身体を裂いた。


(何なの……この……プレイヤー……)


 ゆかりはそのまま死亡した。

 ゆかりが死んだことで、残るプレイヤーは2名。そして、オルマとエレイスの力により生まれたプロキシーは、ようやく全滅した。


 ◇◇◇


「2019年、最後に生き残ったプレイヤーは神に等しい力を得た。そのプレイヤーは神の力を使い、代行者プロキシー同士の戦いが始まる前にまで時間を戻した」

(時間の逆行!? 神に等しい力があればそんなこともできるの!?)

「その後、そのプレイヤーは透明のアクセサリーに代行者プロキシーを封印し、戦いが起こらなかった未来に作り替えた。そして、今君達が持っているアクセサリー……それこそが代行者プロキシーを封印したアクセサリーだ」


 クーナを封印したものが、赤のプレイヤーが持つアクセサリー。

 リエイブを封印したものが、青のプレイヤーが持つアクセサリー。

 ナイザを封印したものが、黄のプレイヤーが持つアクセサリー。

 ローシャを封印したものが、紫のプレイヤーが持つアクセサリー。

 グライグを封印したものが、橙のプレイヤーが持つアクセサリー。

 ギラウスを封印したものが、緑のプレイヤーが持つアクセサリー。

 ルーガを封印したものが、黒のプレイヤーが持つアクセサリー。

 ファルムを封印したものが、白のプレイヤーが持つアクセサリー。

 ガイを封印したものが、灰のプレイヤーが持つアクセサリー。

 アクセサリーにはプロキシーの力が封印されているということは、舞那達は事前に聞かされていた。

 しかし封印されていたのが、プロキシーはプロキシーでも代行者であったことには正直気づかなかった。


「プロキシーを封印することで、戦いは起きない……筈だった」


 メラーフの声は少し小さくなり、一瞬だが眉間に皺を寄せた。


「ある日、エレイスを封印したアクセサリーから、突如エレイスの力が漏れ出た。エレイスの力は人間に寄生し、結果的に700体のプロキシーを生んでしまった」


 1回目の2018年に、オルマとエレイスを封印した際、抑えきれなかった力が放出されたことでプロキシーが生まれた。

 時間が逆行した世界で、メラーフは力を完全に抑えられるであろうアクセサリーを作り、それにオルマとエレイスを封印した。

 しかしその封印は破られ、僅かながらもエレイスの力が流れ出た。

 その力は1回目の2018年同様、人間をプロキシーへと変える。とは言え1回目とは違い、時間をかけて成長する


「僕はオルマとエレイスの封印をさらに強化し、クーナ達のアクセサリーの数を増やした」

「なんで増やしたの?」

「1色の数を増やすことで、アクセサリー1つあたりに封印できる力を分散できる。クーナ達の力が漏れる可能性もあったしね」

「なるほどね……」

「加えて、1色あたりのプレイヤーの数を増やし、プロキシーに対抗できる人数を増やした。何せ前回は1色につき1人だったから、全滅までに時間がかかった」


 1回目の2018年では、プレイヤーの数は9人。今回はプレイヤーの数を増やし、プレイヤー1人あたりの負担を減らした。

 しかし1つの力を3等分にしているため、アクセサリー1つあたりの戦闘力は下がってしまう。それでもアクセサリーの1つあたりの負担は変わらない。


「さて、次の話題に移ろう。君達はアクセサリーを拾ってプレイヤーになったと思うが……実は、あれは僕が置いた。君達に拾わせるためにね」


 その言葉を聞いた瞬間、舞那達は自分達の戦いが単なる偶然ではないと悟った。

 自分達が一度2018年を体験しているということは、今と同じようにプレイヤーとして戦っていた可能性もある。

 そしてメラーフが意図的にアクセサリーを置き、自分達に拾わせようとしたということは、最初から自分達に戦いをさせようとしていた、と考えられる。


「一部、初めてアクセサリーを渡した者もいるが、君達は1回目の2018年でも、プレイヤーとして戦っていた」


 2回目の2018年で、メラーフが各プレイヤーと初めて対面した際は、プレイヤーによって別々の挨拶をする。

 千夏のように、初めてプレイヤーになる者には「はじめまして」と挨拶をしている。

 対して舞那のように、1回目の2018年でプレイヤーになっていた者には「久しぶり」と挨拶をしている。


「ついでに報告なんだけど、現時点で全てのアクセサリーはプレイヤーの手に渡った」


 千夏を最後に、メラーフの手元にあった27個のアクセサリーは、全て各プレイヤーへ配布された。


「そして、現時点でアクセサリーを所有しているのは12人。当初想定していた人数よりもかなり少ない」


 龍華のようにアクセサリーを破壊された者。

 千夏のように死亡した者。

 舞那のように複数のアクセサリーを所持する者。

 それらの要因により、当初予定していた27人のプレイヤーは、12人にまで減ってしまった。


「生き残った1人に、神に等しい力を与えると言ったのは……確かにこの僕だ。だが、僕はプレイヤー同士で争えとは言っていない」


 無責任ともとれる発言だが、プレイヤーの本来の目的である「プロキシーの殲滅」よりも、「神に等しい力」に気を取られていたのは事実。

 力を欲した挙句、千夏を失った心葵は、この発言を受けて自らの愚かさを改めて痛感した。


「それ以前に、1人だけ生き残ったプレイヤーに力を与える訳では無い。最後まで生き残ったうちの、1人にのみ力を与えるという意味だ。例え全プレイヤーが生き残ったとしても、うち1人は神に等しい力を得ることができる。言い方も悪かっただろうが、わざわざ他のプレイヤーを殺し、1人だけが生き残る意味なんてない」

「そんな……」


 舞那達プレイヤーは、今の発言で軽く絶望した。

 殺し合う必要なんて無かった。しかしプレイヤーとメラーフの解釈のすれ違いで、プレイヤー同士の戦いが起こってしまったのだ。

 これに関しては、メラーフも反省している。

 しかし反省したところで、ちゃんとした説明をしなかったメラーフに対する、プレイヤーの怒りは収まらない。


「今は神に等しい力よりも、プロキシーを全滅させることを優先すべきだと僕は思う。何せ、プロキシーはまだ半分も倒せていない」


 現時点、舞那達は120体程しか殺せていない。

 放たれた703体のプロキシーを全滅させるには、まだまだ時間が必要である。


「……さて、とりあえず今日はここまでにしておこう。それでは諸君、2回目の2018年を楽しんでくれたまえ」


 メラーフはテレパシーと時間停止を解除し、舞那の前から姿を消した。

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