《36》 繰り返し

 地上に降り、オルマは空を見つめる。

 オルマは数時間前、メラーフ経由で自身の居場所をエレイスへ伝えた。

 現在オルマが立っているのは、戦いによる被害が比較的少ない日本。場所は色絵町いろえちょう


(来た……)


 上空からエレイスが降り立ち、オルマと目を合わせた。

 エレイスは美しい銀色の髪が特徴であり、プロキシーの中で最も美しいとされている。


「呼び出しなんて……いい度胸してるじゃないか」

「もう他の神は残っていない。こうするしかないでしょ」


 オルマとエレイス以外のプロキシーは全て死亡した。そしてその戦いに巻き込まれ、大勢の人間が犠牲になった。

 オルマは人間と仲間を守れなかった自身を恨み、エレイスとの決着に踏み切った。


「これは私達の戦い。人間をプロキシーに変えず、互いの力だけをぶつけたい」

「……つまり、完全に1対1でやり合うってことか」

「……さあ来なさい! 今日でこの戦いを終わらせる!」

「言われなくても、オルマを殺すことで戦いを終わらせてやる!」


 エレイスはナイフに近い武器を生成し、身体を加速させて刃をオルマに突き刺した。

 しかし刃が刺さった直後、エレイスは違和感を覚えた。

 オルマとエレイスの力はほぼ均等。それ故、オルマがエレイスの動きに反応できない筈はなく、確実に今の一撃は避けられた。

 しかしオルマは避ける訳でも、防御する訳でもなく、エレイスの攻撃を受け入れた。


「オルマ……?」

「……メラーフ!」


 オルマの合図を受け、メラーフが次元を裂き現れた。

 メラーフは両手に"透明のアクセサリー"を握り、その手をオルマとエレイスの身体に突き刺した。


「唯一神メラーフが命ずる……この器に封印され、その生涯を終えろ!」


 透明のアクセサリーはオルマとエレイスの吸収を開始。

 オルマとエレイスは力を奪われ始め、全身に強い痛みを感じた。


「この私が……封印される、だと……!」

「共に檻へ入ろうエレイス。もう我々が争う必要はない……」


 エレイスは抵抗を試みるが、オルマがそれを阻む。

 2人は激痛に顔を歪めながら、徐々に力が吸収されていく。


「メラーフゥゥゥゥ! なぜお前のような弱者が私の力を奪える!!」


 戦闘力だけならば、エレイス達プロキシーはメラーフよりも強い。

 今は亡き本物の神々は、かつて数々の争いを繰り広げた。しかし神々はいつしか戦いを放棄し、変わりゆく時流の中で戦いの力すらも放棄した。

 今のメラーフに戦う力は無く、できることは神としての最低限の能力のみ。


「悪いが、僕は君達のような"まがい物"ではなく、本物の神だ。戦う力はないが、それ以外に関しては君達よりも遥かに上だ」


 しかし真の神であるメラーフは、神を自称するプロキシー達とは一線を画す。

 神としての最低限の能力は、戦闘力を犠牲にした分大きく成長している。

 仮に、体力を使い切るまでメラーフとエレイスが武器を生成したとしても、体力的にエレイスは勝てない。そもそもメラーフは半永久的にスタミナが尽きないため、能力使用による体力消費が無い。

 いくらエレイス達が強くても、所詮は代行者として作られた紛い物にすぎない。


「っ!! くっそおおおおおおおおおおおお!!」


 オルマとエレイスは透明のアクセサリーに吸収され、その姿を消滅させた。

 その直後、封印したアクセサリーから金と銀の光が放出され、一瞬で広範囲を覆った。


(この光は……まずい!)


 メラーフは咄嗟に結界を張り、光の進行を妨げた。

 結界は色絵町を中心とした半径数キロメートル。本来であればもう少し範囲を狭くする予定だったが、一瞬で生成できる結界の大きさには限界があった。


(誤算だった……まさか、オルマとエレイスの力が漏れ出てしまうとは)


 発せられた光は、以前ルーガが死際に発したものと同じで、光を受けた人間をプロキシーへと変化させる。言うなれば、プロキシーの種である。

 光は2種類存在し、即座にプロキシーへ変化させるものと、時間をかけてプロキシーへ変化させるものがある。今回発せられたのは後者。

 時間をかける分、プロキシーの力と人間の身体の同調率は高くなり強くなる。プロキシーの力が覚醒するまでは個人差があり、早ければ数日、遅くとも1年未満の期間を必要とする。

 光は針状に変化し、結界内に存在する人間へ突き刺さった。


(最悪だ……クーナ達のようなプロキシーを生もうにも時間が……)


 神であるメラーフは戦う力を有していない。

 クーナ達のような代行者プロキシーを生成すれば、今後生まれてしまうプロキシーの全滅は可能。

 しかし代行者プロキシーを生成するには、人界の時間で数十年を必要とする。仮に代行者プロキシーを生成したとしても、その頃にはプロキシーにより大量殺戮が行われている。


(こうなれば……人間の力を!)


 ◇◇◇


「その後、僕は人間の使う武器をモチーフに、アクセサリーを作成して人間に与えた。その際、クーナ達の残留思念をかき集めて、何とか全てのアクセサリーに能力を与えた」


 クーナ達代行者を生み出す際、メラーフは自らの力の塊をベースに、身体を構成した。

 力の塊とは、メラーフが使用できる能力を凝縮させたもので、後にアクセサリーの能力になるものである。

 舞那が使用する疲労の能力は、元々リエイブを生み出す際に凝縮させた力であり、さらにその根源はメラーフにある。

 力を凝縮させれば、メラーフはその能力を失う。そのため、代行者はそれぞれベースとなった能力が違う。

 メラーフは、世界に残留してしまった代行者の力をアクセサリーに封印し、能力を与えてからプレイヤーに渡した。


「本当は老若男女問わず戦って欲しかったんだけど……僕の力と上手く同調できたのが、よわい15から18の女の子だけだった」

「……つまり、私達女子高生ってことね」

「その後1人の女の子がプレイヤー、アクセサリーと名付け、プロキシーとの戦いが始まった」

(……もっとマシな名前付けれなかったのかな……まあ今としては、プレイヤーって言葉は気に入ってるけど)


 名は伏せられたが、"プレイヤー"と"アクセサリー"はメラーフ以外が名付けたと明かされた。


「そして時間は進み、戦いは2019年3月に終わった」

「……は?」


 舞那達の脳内にクエスチョンマークが浮かんだ。

 現在は2018年の8月。しかしメラーフは、間違いないなく2019年の3月という未来を口にした。

 さらにその未来の話は、「終わる」という未来形ではなく「終わった」という完了形である。

 話を聞く舞那達は、どうにも理解できなかった。


「……これは話の最初に言っておくべきだったかもしれないな。各々、驚かずに聞いてくれ」


 舞那達は、初めてプロキシーと遭遇した時と同等に緊張した。


「今君達が生きているこの時間は、神に等しい力を得たプレイヤーにより繰り返された時間。つまり、2回目の2018年だ」


 それを聞いた瞬間、舞那達の思考は一瞬停止した。

 そして思考が戻った時、舞那達は今までの話の奇妙な点を理解した。

 プロキシーの戦いによる天変地異は、1回目の2018年で起こったことであり、今自分達が生きる2回目の2018年では天変地異は起こっていない。

 故に舞那達には、天変地異の記憶が無い。

 同時に、舞那は思い出した。

 メラーフと初めて会った時、メラーフは「久しぶりだね」と言った。

 それはつまり、1回目の2018年で、1回目の舞那がメラーフと出会っている。そして舞那とメラーフが過去に出会ったということは、1回目の舞那もプレイヤーになっていたということだ。


(私がプレイヤーとして戦うのって……これが2回目?)

「……話を戻そう。プレイヤーとプロキシーの戦いは、正直今よりも厳しかった。だが2019年の3月、戦いは終わりを迎える」

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