《35》 神々

 2018年5月16日。

 炎が街を焼く。

 雷が空を裂く。

 風が建物を破壊する。

 水が地を飲み込む。

 雲が青空を隠す。

 人が寒さに凍える。

 人が水に飲み込まれる。

 人が建物に潰される。

 人が雷鳴で聴力みみを失う。

 人が炎で塵になる。

 突如天変地異が起こり、数え切れない程の人間が犠牲になった。

 人々の一部は神の怒りだと恐れ、集団で神に祈りを捧げる。しかし事態に変化はなく、 人々は犠牲になり続けた。


 5月17日。

 被害は拡大し、世界の荒廃は日本にまで及んだ。

 つい2日前まで平和ボケしていた人々は空を見上げ、天変地異の原因を知り絶望した。

 厚い雲を突き破り、2人の女性が降りてきた。女性達は武器を持ち、殺意剥き出しに攻防を繰り広げる。


「てやあ!」

「ぐっ!!」


 歪な刃状の武器を、力強く振り下ろす赤髪の女性。名はクーナ。

 対して、振り下ろされた武器を受ける黒髪の女性。名はルーガ。

 2人は体格、容姿ともに人間と殆ど同じだが、人間と違い背中から翼が生えている。翼は髪と同じ色で、鳥とは少し違った羽を持っている。

 人間達の視線を浴びながら、クーナとルーガは長時間の攻防を続ける。


「うぉりゃああ!!」


 そして激闘の末、クーナはルーガを打ち負かした。ルーガは滞空することができず、数十メートル下のアスファルトに激突。

 高速落下による衝撃で、ルーガの上半身は破裂。死亡した……かに見えた。


「やられた……!」


 破裂したルーガの身体から、瞬間的に黒く鋭い光が複数本伸びた。

 光は周辺の人間を貫く。

 貫かれた人間は痛みを感じず、最初は貫かれたことにすら気づかなかった。

 痛みは感じないが、刺された箇所から徐々に身体が黒く変色している。

 次第に痙攣が起こり、奇声を発しながら身体が巨大化していく。

 そして数秒後には全身が黒くなり、頭髪は抜け落ち、耳や鼻も落ち、黒いプロキシーへと変化した。


「……くっそおおおおおお!!」


 クーナは垂直に急降下し、高度百数十センチメートルに達したところで進路を90度変更。

 刃状の武器に赤い光を集約させ、プロキシーへと変化した人間達に攻撃を開始した。

 刃はプロキシーの身体を切り裂き、高速で動くクーナは衝撃波を起こす。

 身体を切断されたプロキシー達は、血と内臓を撒き散らしながらその場に倒れる。その後プロキシーは砂へと変化し、クーナの起こす風に吹かれて消えていった。


(私達の戦いに人間を巻き込むなんて……やっぱり間違ってる!)


 最後の一体を殺したクーナは、速度を上げて上昇。逃げるようにその場から去った。

 上空を猛スピードで移動するクーナだったが、突如現れた女性を見て急停止。滞空した。


「ギラウス、ナイザ……次は、クーナの番」


 クーナを指さし、灰色の髪をなびかせる女性。名はガイ。


「ギラウスにナイザまで……ガイ! 私達の役目は人間を見守ること……忘れたの!?」

「忘れてない。私達は神である以上、人間を見守る義務がある。けど、人間は私達の手に余るほど数を増やしてしまった」


 クーナはガイの発言を否定しきれなかった。

 2018年の人口は約75億人。10年前の人口は約59億人。さらにその10年前の人口は67億人。

 年月が経つにつれて、人間は増え続ける。

 人が1人増えれば、1人分の食料が地球から失われる。人が1億人増えれば、その分食料は減る。

 失われるのは食料だけではない。人が増えれば、増えた分の人が住める土地を広げなければならない。

 木は伐採され、山は削られる。自然を犠牲にすることで、ようやく人間は生きられる。

 人間は自分が生きるために自然を侵し、最終的に人間じぶんの首を絞めることとなる。

 ガイは人間の愚かさを痛いほど理解している。故に、


「私は"エレイス"の意思に従い、人間を減らす。邪魔するなら容赦はしない」


 人間の数を減らそうと考えた。


「……ガイはエレイスに忠誠を誓ったか。まあ、これは最初から読めていたけどね」


 対峙するガイとクーナ。

 そのさらに上空から、メラーフは2人を観察していた。


「リエイブ、ローシャ……君達はエレイスと共に人を減らすか? それとも、"オルマ"と共に人を守るか?」


 メラーフは両隣に滞空するリエイブとローシャに問いかけた。

 青い髪のリエイブは少し悩んだが、紫の髪のローシャは即決した。


「私はエレイスと共に歩む。もしもリエイブがオルマに従うなら、今ここで私と戦え」

「……人間は私が守る……神になる時、私はそう誓った。人間がより良い未来を歩むためならば、エレイスの考えも正しい」


 ローシャはリエイブが仲間だと理解し、警戒心を解いてリエイブへと近付いた。しかし、


「けど私は、できる限り人間を殺したくない。だから……私はオルマと、クーナと一緒に歩む!」


 近付いてきたローシャの顔に、リエイブは青い光を集約した拳をぶつけた。

 油断しきっていたローシャの顔面は吹き飛び、頭が無くなったローシャの身体は真下へ落ちていった。


「メラーフ、中立のあんたに言っても意味無いだろうけど……私は死んでも人間を守ってみせる」


 リエイブはクーナと合流するため、猛スピードで急降下した。


 ◇◇◇


「かつて、この世界には幾人もの神が存在していた。しかし時の流れと共に神は消え、最終的に僕と、2人の神だけが残った」


 北欧神話、ギリシア神話、日本神話……世界中で語られる神は、それぞれが登場する神話の中でしか存在しない、言わば虚像だと誰もが思っていた。

 対してメラーフは、北欧のオーディンも、ギリシアのガイアも、日本の伊邪那岐イザナギ伊邪那美イザナミは、かつて実際に存在したと言う。

 各伝承と完全一致はしていないが、確実に存在した神。しかし生まれた神にも寿命はあったようで、2018年時点ではメラーフ以外の全ての神が死亡していた。


「旧支配者達は気持ち悪かったし、プリアーポスみたいに下品な奴もいた……とにかく、神には鬱陶しい奴が多かった。唯一神になって、正直僕は自由を感じた」

(鬱陶しいって……どこかの信者が聞いたら怒るだろうな……)

「しかし僕達1人では、地球上の人間全てを管理することが少し難しかった」


 神々は主に、人間の管理をしていた。

 時に恩恵を与え、時に天罰を与え、人間達をできる限り均等に保つ。

 人間の死後は俗に言う天国行きか地獄行きを決め、天国と地獄の管理もする。

 しかしメラーフが唯一神なって以降、神による人間の管理が疎かになり、均等に保てなくなっていた。


「そこで僕は、神の代行者として7人のプロキシーを生み出した。7人のプロキシーにはそれぞれ名前を与え、区別をつけるためにそれぞれ髪色や服をバラバラにした。クーナやリエイブってのが、そのプロキシーのうちの1人だ」


 メラーフの生み出した代行者プロキシーは、赤のクーナ、青のリエイブ、黄のナイザ、黒のルーガ、白のファルム。

 さらにメラーフの側近として5人のプロキシーを指揮する、金のオルマ、銀のエレイス。以上の計7人。

 クーナ達は神の代行者として、神の仕事をするために生まれてきた。


「メラーフが生み出したプロキシーって、今私達が戦ってるプロキシーとは違うの?」

「今質問があったんだが、僕が生み出したプロキシーと、君達が戦っているプロキシーは違う」


 舞那からの質問に答えるため、メラーフは一旦話を逸らした。


「まず見た目が違う。僕が生み出した言わばオリジナルのプロキシーは、僕や君達と同じで人の見た目をしている。対して君達が戦っているプロキシーは、人型ではあるが見た目は人じゃない。後は身体や精神の構造、その他違う箇所が複数ある」


 クーナ達オリジナルのプロキシーは、背中から翼を生やし、神と同等の能力を持つ。しかしそれ以外は人間と変わらず、言動や基本的な思考は10代女子そのもの。

 しかし舞那達が戦っているプロキシーは、明らかに人間とは違う容姿であり、翼も生えていない。

 そして何よりも、戦闘力に大きな差がある。オリジナルのプロキシーは、舞那達が戦っているプロキシーよりも圧倒的に強い。


「話を戻そう。いつしかプロキシーはそれぞれ自我を持ち、僕の見ていないところで新たにプロキシーを生み出した。クーナ達を作る時に神に等しく作ったから、僕にしかできなかったはずのプロキシー生成の能力を使ったんだ」


 クーナはオレンジのグライグを、リエイブは紫のローシャを、ナイザは緑のギラウスを生み出し、プロキシーは全部で10人になった。

 さらにその数ヶ月後に、ルーガとファルムが灰のガイを生み出し、プロキシーは11人になった。


「だがいつしかプロキシー同士の仲は悪くなり、ことある事に争っていた。そして2018年5月……プロキシーはオルマ派、エレイス派の2つに分かれた」


 人類削減を目論むエレイスには、ガイ、ルーガ、ファルム、グライグ、ローシャが賛同。

 人類削減を否定するオルマには、クーナ、ナイザ、ギラウス、リエイブが賛同。


「方や人類守護、方や人類削減。2つの派閥はそれぞれの主張を貫くために戦い、世界に甚大な被害を出した。その頃には既に、プロキシー達は自らを神と自称していた」


 メラーフの話を聞く舞那達だったが、その中でどうしても理解できない部分があった。

 メラーフ曰く、2018年の5月に起こった戦いにより、地球で天変地異が起こった。

 しかし舞那達にそのような覚えは無く、至って平和だったと記憶している。


「気になることがあるだろうが、話を進めれば理解できるだろう。だから、今のところは静かに聞いてくれ。さて、神々プロキシーによる戦いなんだが……2日後の5月18日に終結する」


 ◇◇◇


 5月18日。


「メラーフ、頼みがある」

「なんだい?」


 金髪の女性オルマが、立ったままメラーフに頭を下げた。


「私とエレイスが直接戦えば、地球上の生命の半分以上が死滅する。そうなる前に……私とエレイスを封印してくれ」

「いいのかい? 確かに君達2人を封印すれば戦いは終わる。しかし、それでリエイブ達は納得するかな?」


 この時点でオルマとエレイスを除く、神を自称するプロキシー達は全員死亡している。

 よってオルマの思考には、メラーフ以外誰も指図することはできない。


「納得させてみせるさ」

「……分かった。段取りは僕に任せてくれ」

「助かる……それじゃあ、私とエレイスを封印する器を作ってくれ」


 メラーフは小さくため息を吐き、その場から消え去った。


 ◇◇◇


「……今質問が入ったが、話の中に出てきた"器"というのは、君達が持つアクセサリーのことだ」

「つまり……オルマは自分をアクセサリーに閉じ込めようとした……ってことか」


 舞那の独り言に、メラーフは無言で頷いた。


「オルマとエレイスを封じ込めるため、僕はアクセサリーを完成させた。そしていよいよ決戦の時だが……その場所は、この街だった」

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