少女4人力得る

《34》 根源

「来たよ、心葵」

「あ……」


 カーテンを開けて顔を出す舞那。

 舞那の声に驚き、ベッドに座っていた心葵は硬直した。


「……何してるの?」

「い、いやぁ……暇だからちょっとコンビニにでも……と思って」

「怪我人は寝てないとだめだよ。夕方までは私がいるんだし、急用以外は我慢して」


 背負っていたリュックを棚の上に置き、舞那は面会用のパイプ椅子に座った。


「身体の調子はどう?」

「まだ痛むけど、まあ良好かな」


 出会った当初の刺々とげとげしがった面影はなく、すっかり丸くなった心葵。千夏の死と手紙、舞那の優しさが影響したのだ。

 元々心葵は表情豊かだったのだが、父親のことを知ってから表情が薄くなった。さらにプロキシーとの戦いも重なり、千夏がいない時ほ心葵は段々と表情を失っていった。

 しかし今では表情が戻りつつあり、舞那だけでなくナースや担当医相手にも笑顔を見せている。

 さらにはお互いに名前で呼び合うようになり、2人の仲は出会った当初よりもかなり縮まっていた。


「……そういや、もう4日も経つんだね。千夏が死んでから」

「……だね」


 この4日間、舞那は毎日面会に来ている。

 面会に来ては、心葵が退屈しないように様々な話をしている。


「そうだ。今日は心葵と千夏の話しない?」

「……いいよ。何から話そっか?」

「んー……そうだ、千夏が言ってた赤い糸って何?」

「中学の時、私と千夏の相性を占ってみたの。そしたら、私と千夏は赤い糸で結ばれた運命の相手だって言われて……」

「で、赤い糸ってこと。心葵って意外とロマンチストだね」

「……赤い糸を連呼してたのは千夏なんだけどね」


 その後も心葵と千夏の馴れ初め話や、胸焼けを起こしそうな惚気話のろけばなしを延々と聞かされ、舞那は顔が熱くなっていた。

 暫く話した頃、病院から少し離れた所にプロキシーが出現。出現場所が舞那と心葵の脳内にイメージされた。


「……行くの?」

「行かないと、また人が死んじゃうから」


 舞那は立ち上がり、向きを変えてカーテンに手をかけた。


「……待って」


 出ていこうとした舞那を止めた心葵は、棚の中にある引き出しから私物が入ったポーチを出した。

 左腕は使えないため右手だけでファスナーを開け、少し中を漁った後、ポーチの中から出した橙のアクセサリーを舞那に差し出した。


「これ、あげる。私には千夏から貰ったアクセサリーがあるから、もう必要ない」

「……いいの?」

「うん。けど2つ約束して。1つは、絶対に死なないこと。もう1つは、なるべく苦しめずに殺すこと。いい?」

「……分かった。行ってくる」


 舞那は橙のアクセサリーを受け取り、小走りで病室から出ていった。


「行ってらっしゃい、舞那……」


 舞那がいなくなり、1人きりになってしまった病室で、心葵は舞那の帰りを待った。


 ◇◇◇


 病院から走ること約10分。真新しい民家の前にプロキシーはいた。

 周囲には大量の血液と肉片が散乱し、破り捨てられた衣服が落ちている。そしてそこにいた赤いプロキシーは、子供の脚を2本持っている。

 長さと肌の色が違う。さらには両方とも右足であるため、おそらく友人、或いは兄弟姉妹であろう。


(許して……私達がしてあげれるのは、これぐらいなの!)


 舞那は走りながらアクセサリーを変化させ、左手に盾、右手にナイフを構えた。


「変身!」


 オレンジと青の光に包まれた舞那。

 光が弾け変身が完了すると、その見た目はいつもの舞那のは違っていた。

 髪と上半身の服装は青と共通しているが、瞳はオレンジ色に、スカートとソックス、シューズがオレンジベースのカラーリングに変化している。


(なるべく苦しませずに……!)


 舞那は橙の能力である瞬間移動を使用し、プロキシーの背後に回った。

 心葵の戦い方を参考に、ナイフでアキレス腱を切断。プロキシーがバランスを崩して倒れる寸前、倒れる方向に瞬間移動。そして倒れ落ちてくる顔面に刃を向け、そのまま頭部を切断。プロキシーはあっけなく死亡した。

 橙のアクセサリーを入手したことで、舞那の対プロキシー戦闘はさらに簡単になった。

 しかし、戦闘を終えた舞那の顔はどこか悲しげである。


(せめて安らかに……)


 プロキシーに喰われた人達、そしてプロキシーに黙祷を捧げる舞那。

 その最中、舞那の脳内には先日のメラーフの話がリピートされていた。


 ◇◇◇


 8月3日、夕方。

 世界の時間は停止し、プレイヤーだけがその時間の中で唯一動けていた。

 メラーフは全プレイヤーにテレパシーを送り、話すべきことを話し始めた。


「まずは……プロキシーの正体について話そう」


 プロキシーの正体。そう聞いた瞬間、舞那達の表情は若干硬くなった。


「今君達が戦っているプロキシーという怪物は、"ある理由"により身体が変化してしまった……ただの人間だ」


 千夏がプロキシーになる瞬間を目撃していた舞那達一部のプレイヤーは、プロキシーの正体をある程度察していた。

 そのため驚きはしなかったが、予想が事実であったことに絶望感を覚えた。

 プロキシーが人間ということは、人間が人間を喰っていたということになる。さらに、舞那達プレイヤーは人間を殺していたということになる。

 人を守ると言いつつ、人を殺していたという矛盾の行動。それを理解した瞬間、一部のプレイヤーは何のために戦っていたのかが分からなくなってしまった。


「プロキシーになった人間は食人衝動を抑えきれなくなり、近くにいる人間を見境無しに喰らう。そしてプロキシーが人間を喰えば、君達の脳内にプロキシーの居場所がイメージされる」


 プレイヤーになることを決意し、死を覚悟する程精神力が強い千夏ですら、食人衝動を抑えきることはできなかった。

 その結果、千夏は人としての最大の禁忌を犯し、見ず知らずの人間を喰ってしまった。


「以上の詳しい理由については、後ほど順を追って説明しよう。では次に、君達プレイヤーについて。君達も考えたことがあるだろうが、プレイヤーはこの街に密集している」


 そのことについては舞那を含め、幾人かのプレイヤーは疑問に思っていた。

 最大で27人存在するプレイヤーだが、明らかにプレイヤーは密集している。


「そもそも、プレイヤーもプロキシーもこの街にしか存在していない。さらに言えばプレイヤーは全員、この街に住んでいる女子高のみだ。それ以上もそれ以下もない」


 プレイヤーに男はいない。戦いの中でそれは理解していたが、疑問には感じなかった。

 そもそもこの戦い自体が疑問だらけであるため、プレイヤーには女子高生しかいないということは差程重要ではない。


「次に……いや、やっぱり最初から話すとしよう。各項目ごとに話してたら、どこまで話したか分からなくなる」

(……最初っからそうすればいいのに)

「では改めて……全ての始まりは、2018年の5月に遡る」

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