《31》 同調

「メラーフ! 出てこい!」


 語気を荒げ、メラーフを呼ぶ心葵。

 その声に反応した……というよりも、呼ばれることを既に理解していたメラーフは、神妙な面持ちで心葵達の前に現れた。


「大野千夏、のことだよね」

「分かってるなら教えて……千夏はどうなったの!?」


 メラーフは軽くため息を吐き、千夏のことを話すために口を開いた。


「……結論から言うと、千夏かのじょはプロキシーになった」

「「「!?」」」

「どういうこと! 何で千夏がプロキシーに!?」

「……不審に思ったことはないか? なぜプレイヤーとプロキシーが同じ能力を使用できるのか、ってね」


 メラーフの言うことは正しく、舞那達は何度か考えた。

 なぜプレイヤーがプロキシーの能力を使えるのか。逆に言えば、なぜプロキシーの能力を自分達が使えるのか。

 しかし考えたところで、そもそも理解しようとしなかったため、最終的に結論へ至ることは無かった。


「……まさか、アクセサリーの力の正体って!」

「ご名答。君達の持つアクセサリーにはプロキシーが……正確にはプロキシーの力が封印されている」


 言わば、アクセサリーの原材料はプロキシー。

 舞那達はそのことに気付かなかった。否、気付こうとしなかった。

 プレイヤーとプロキシーの関係性には薄々気がついていたが、それを受け入れることが怖かった。

 自分がプロキシーと同じ力を使っているということは、自分はプロキシーと同じ存在なのではないか。もしそうだとすれば、自分は人間ではないかもしれない。

 恐怖が思考を止め、意図的に、尚且つ無意識下で、舞那達はプレイヤーとプロキシーの関係性を理解しなかった。 


「変身時や能力使用時に、君達は光を纏っているだろう。言ってしまえば、あの光はプロキシーそのものだ」

「嘘……じゃあつまり、私達はプロキシーを纏ってるってこと?」

「その通り。変身時には君達の服が変化するだろう? あの服は元々、封印されたプロキシーが着ていたものだ。ついでに髪色もね。ただ、1つの色がなぜ共通した衣装なのか、それについては後々話そう」


 舞那達が着ていた奇抜な服は、元はプロキシーが纏っていたもの。

 服は全て女性ものであるため、アクセサリーに封印されたプロキシーが女性であることが理解できる。


「若干話は逸れるが、当初僕は"戦う覚悟がないと変身できない"と言った。しかし実際は、覚悟があろうとなかろうと、最初は誰もが変身できない」

「え……?」

「君達が初変身を遂げるまで、アクセサリーの中にあるプロキシーの力は君達に順応していた。その順応は、プレイヤーとプロキシーの同調性が高いほど早い」


 プロキシーの力がプレイヤーの身体に順応するには、早くとも3日は必要とする。順応が完了するまでの間は、プレイヤーは変身できない。

 舞那のアクセサリーが順応に費やした時間は、およそ5日。龍華と出会った頃には既に順応していた。


「大野千夏の場合は、アクセサリーとの同調性が良すぎた。よって、拾得後数時間で変身できた。だがその同調率は高くなり続け、最終的にアクセサリーの力は大野千夏の許容量を超えてしまった」


 プレイヤーは変身する度にプロキシーを纏うため、戦えば戦うだけアクセサリーとの同調率は高くなる。同調率が高くなれば、それだけ戦闘能力も上昇する。

 しかし千夏の場合は、同調率が高くなり過ぎたため、千夏の身体ではプロキシーの力を抑えきれなくなった。


「その結果、プロキシーの力は大野千夏の身体を覆い尽くし、大野千夏をプロキシーへと変化させた」


 プロキシーへ変化する直前、千夏の戦闘能力、及びチャクラムの性能は最高点に達した。そのため紫のチャクラムでも、プロキシーの四肢を切り落とすことができた。

 しかしその代償として、身体の変色、もといプロキシー化が進んでしまった。

 アニメやゲームなどでは、大きすぎる力はそれ相応のリスクを孕んでいることが多い。リスクにもいくつかあるが、身体へのダメージなどが多いかと思われる。

 だがプレイヤーの持つリスクは、身体へのダメージなどではなく、千夏の身に起こったようなプロキシー化。

 もしもプロキシー化すれば、腕が変色した際の千夏同様、変色箇所が強く痛む。千夏の現在の変色箇所は広く、その全体に痛みを感じている。

 多少のダメージならば我慢できるだろうが、断続的に起きる激痛は正直耐え難いだろう。


「千夏を人間に戻す……なんてことはできないの?」

「残念だが無理だ。プロキシーは人間の進化系のようなものだから、意図的に退化することはできない。ニワトリがヒヨコに戻れないのと同じだ」

「じゃあ千夏はどうなるの!?」

「……もうわかってるんだろう、風見心葵。大野千夏を救う方法はただ一つ……殺すことだ。それも、なるべく早くだ」


 なるべく早く。そう聞いた直後、心葵の中に怒りが芽生えた。


「……つまり躊躇う時間も、悔やむ時間も与えてくれないってこと?」

「そうじゃない。僕達がこうやって話している間にも、大野千夏は死ぬ程の痛みを体感している」


 唐突に心葵の脳内で、虐めを受けていた頃の千夏がフラッシュバックした。

 千夏はかつて、虐めを受けて心身共に傷ついていた。その苦しみは、おそらく死を決意する程のものであろう。

 そして再び、千夏は痛みに苦しんでいる。その姿を思っただけで、心葵の心は押しつぶされそうになった。


「大野千夏はきっとこう思っているだろう。早く殺してくれ、とね」

「そんな……」

「まあ、大野千夏を殺すか殺さないかは君達次第だけどね。とりあえず、今日話せるのはここまでだ」


 メラーフは振り返り、プレイヤーとプロキシーについての話を終了させた。


「待って! まだ聞きたいことが……」

「だめだ。だが近いうち、プレイヤー全員にこの戦いの根源を話そう」


 メラーフはそう言い残しながら、その場から姿を消した。


 ◇◇◇


 プロキシーとなり、心葵達の前から飛び去ってから約2時間。理性を取り戻した千夏は変身前の姿に戻っていた。

 ただ、戻ったのはいいが、範囲が広がった変色から感じる激痛に千夏は呻いていた。


(私……もう人間ひとじゃない……)


 身体が震える。しかしその震えは痛みによるものではなく、自らが人でなくなったことに対する恐怖によるものだ。


「うぷっ……ぅえ……」


 嘔吐する。しかしその嘔吐は痛みによるものではなく、心葵達とは一線を画す存在になったことに対する絶望によるものだ。


(先輩……私もう、先輩の恋人でいられない……)


 涙が流れる。しかしその涙は痛みによるものではなく、二度と戻ることはないであろう「人としての日々」を想う一種の哀惜によるものだ。


 ―――私に殺される覚悟、ある?


 千夏が初めてプレイヤーとして心葵の隣に並んだ日、千夏は心葵から覚悟を問われた。

 その問いを思い出した千夏は、咳き込みながら自らのすべきことを定めた。そしてそれを実行すべく、千夏は震える脚で自宅へと歩いた。


 ◇◇◇


(よし……なんとか書けた……)


 自室で執筆を終わらせた千夏は、自らの思いを書き記した紙を畳んだ。

 続いて千夏は、あくまでもコレクションとして買った、お気に入りの封筒を引き出しから取り出した。先程4つ折りにされた紙は、そのままその封筒に入れられた。


(あとはこれを……)


 続いて、気に入っていた花柄の貼箱を取り出した千夏は、その貼箱の中に封筒、そして自らが所持していた紫のアクセサリーを入れた。

 最後にリボンで貼箱を縛り、貼箱と灰のアクセサリーを持って千夏は家から出た。


「っ!?」


 玄関から出ると、そこには舞那が立っていた。

 舞那は龍華から住所を聞き出し、偶然にも千夏が家から出た直後に到着した。


「木場……さん……」

「千夏……」

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