《30》 変化
腕が変色して以降、千夏は家から出ていない。戦うために変身すれば、変色箇所が拡大すると考えたのだ。
故に変色から2日経った今、1度もプロキシーとは戦っていない。
さらに変色の翌日、心葵から連絡があった。しかし千夏は体調不良だと嘘をつき、それ以降1度も通話していない。
(お腹空いた……)
腕は変色し、誰とも会話したくない、そんな気分である。
しかし千夏も人間。空腹には耐えられなかった。
千夏はベッドから起き上がり、昼食を求めて台所まで歩いた。
(何も無い……)
引きこもる数日前に買い物に出かけたが、気付けば食料は底をつきかけていた。
多少は残っているものの、空腹を満たすには明らかに不十分。さらに現時刻は昼前。食料を買わなければ夜までもたない。
(買い出し……行かないとダメか……)
千夏は自室に戻り、外出用の服に着替えた。
着用したのは半袖。しかしそれでは、腕の変色が周囲の人間に気付かれてしまう。
それを危惧した千夏は、ドレッサーの中に入れていた包帯を変色箇所に巻き付けた。最悪知り合いに見られても、包帯さえ巻いていれば怪我だと誤魔化せる。
(アクセサリーは持っておいた方がいい……よね?)
着替えを終え、アクセサリーを手に取った千夏。
アクセサリーをポケットに入れようとしたが、腕の変色を思い出し躊躇った。
だが仮に、アクセサリーを持っていない状態でプロキシーと遭遇すれば、千夏は戦いを放棄して逃走しなければならない。
逃走したとしても、プロキシーの能力と知能次第では捕食対象になる。そして捕食対象になれば、誰かがプロキシーを駆除しない限り逃げ切ることはほぼ不可能。
以上のことを踏まえ、千夏は"念のため"アクセサリーを持っていくことに決めた。
◇◇◇
2日間、エアコンの聞いた家から1歩も外へ出ていない千夏は、2日ぶりの直射日光を浴びた。
外の気温は37度。室内に篭っていた千夏は、その暑さに一瞬気を失いかけた。
(あぁ……だめ……このままだと死ぬかも……)
早くも限界を迎えかけた千夏は、近くにあった自動販売機で缶のサイダーを購入。今は使われていない駐車場が近くにあるため、千夏は駐車場でサイダーを飲むことにした。
駐車場は隣のマンションの影に隠れており、日光が入っていないため比較的涼しい。ただ若干気味が悪い。
しかし千夏はそんなこと気にすることなく、場内のブロックに座りサイダーを飲み始めた。
(サイダー飲むの久しぶりだな……)
数ヶ月ぶりのサイダーを味わう千夏。
そんな矢先、悲劇は起こった。
「あ、あぁ……ぅああ……」
近くを歩いていたカップルの男性側が、突如呻き声のような不気味な声を発し始めた。その声を聞いた千夏は飲むのを中断し、カップルの方を見た。
男性は痙攣し、その瞳は焦点が合っていない。さらに口からは唾液が垂れ落ち、数秒経てば血涙が流れ始めた。
隣にいる女性は驚きと恐怖が混じった表情で、何もできずにその場で立ち尽くしている。
(え、何!?)
「ががががががががが!!」
男の奇声はさらに大きくなり、身体の震えもさらに酷くなった。
そして男の眼球が黄色く変色し、瞬く間に全身が変色。変色時に鼻と耳が体内に吸収され、髪の毛は全て抜け落ちた。
まるで黄色い絵具を染み込ませたようなその姿は、千夏が見てきたプロキシー達そのもの。
男の身体は徐々に巨大化し、3mくらいまで身長が伸び、巨大化は止まった。
「プロキシー……!?」
男が変化した黄色のプロキシーは、痙攣が治まると同時に隣の女性を見た。
変化の過程を見ていた女性は一言も発することなく、ただ恐怖に怯え震えていた。絶望を感じさせるその表情は、死人のように白くなっている。
おそらく女性は現実を受け入れきれていないのだろう。プロキシーが手を伸ばしてくるのを見つめながら、狂ったかのような不気味な笑みを浮かべた。
「っ! 逃げて!」
千夏の警告も虚しく、女性は頭を掴まれ、そのまま潰されてしまった。
潰れた女性の脳や眼球、血液や脳漿が地面に落ち、首から下は痙攣を起こしながら地面に倒れた。
今まで見たこともないようなグロテスクな光景を見て、千夏の胃に入っていたサイダーが逆流を始めた。
しかし千夏はなんとか嘔吐を堪え、ポケットの中に入れていたアクセサリーを握った。
(戦わないと……でも……変身したらまた……!)
変身後の変色を恐れ、変身を躊躇う千夏。
そんな千夏をよそに、プロキシーは頭が無くなった女性を捕食し始めた。
「変身!」
「っ! 先輩!」
プロキシーが捕食を始めて数秒後、どこかから心葵の声が聞こえた。
心葵を溺愛する千夏が聞き間違えるはずがない。そのため千夏は、すぐ近くに心葵が来ていることに気付いた。
しかし千夏は、心葵に気付かれないように身を潜めた。
「はあっ!」
現れた心葵はプロキシーの背後に瞬間移動し、ナイフでプロキシーの脚を攻撃しようとした。
しかしプロキシーはジャンプで攻撃を回避し、そのまま背後の心葵へ後ろ回し蹴りを繰り出した。
寸前まで反応しきれなかった心葵だが、瞬間移動で何とか回避した。
(そういえば原色と白黒のプロキシーは能力使えるんだっけ……ってことは、こいつ未来予知を……)
黄のプロキシーは、理央同様に未来予知を使用可能。
青のプロキシー、及び黄のプロキシーは強力。故に相性のいい能力を持つプレイヤーでなければ、勝てる可能性は低くなる。
黄の能力に対し、橙はあまり相性は良くない。実際、心葵の瞬間移動先を理央と舞那は予知し、攻撃を防いでいた。
相手が人間サイズであれば心葵にも勝機はあったが、プロキシーサイズになれば話は別である。
(勝てるかな……)
自信をなくしてきた心葵だが、まだ諦めてはいない。なぜならば、現在生きているプレイヤーはまだ複数人存在する。
他のプレイヤーが助太刀に来れば、生き残る確率は上昇する。そう思いながら、心葵は暫く耐え凌ぐことにした。
(先輩……!)
そんな心葵を見て、千夏の中の戦意が揺れ動かされた。
今千夏が助太刀しなければ、心葵は死んでしまうかもしれない。仮にここで心葵が死ねば、千夏は生きる意味を失い自害するだろう。
千夏の中で、「心葵と共に戦い今を生きたい」という本音と、「変色させないためにも戦いたくない」という本音がぶつかり合い、突発的に頭痛を引き起こした。
「うああああああああああああ!」
そして頭痛を振り切った千夏は、アクセサリーをポケットから取り出し、
「変身っ!」
戦う覚悟を決めて変身した。
「先輩! 私も戦います!」
「ナイスタイミング千夏!」
千夏は能力を使用し、動体視力を限界まで向上させた。
「先輩は引き続き攻撃をお願いします!」
「……分かった!」
心葵は再びプロキシーの背後に瞬間移動し、先程同様ナイフで攻撃をしかけた。プロキシーはそれを予知し、攻撃を回避した後に再度左脚で後ろ回し蹴りを繰り出した。
プロキシーが心葵の方を向いた直後、心葵は瞬間移動で回避。そしてプロキシーの死角を移動していた千夏は、隙ができた右脚をチャクラムで攻撃。
一応プロキシーは千夏の行動も予知できていた。しかし後ろ回し蹴りに力を集中し、尚且つ回避が極めて困難な状態であったため、チャクラムによる斬撃で右脚を切断された。
(すごい……もう攻略法を見つけるなんて……! 前々から千夏の頭は信用してたけど、まさかここまでとはね)
「続けていきます! 先輩!」
先程と同じように、心葵がプロキシーの意識を引き付け、千夏が死角から攻撃。これを繰り返すうちに、気付けばプロキシーの四肢の先端は無くなっていた。
(千夏のチャクラム……あんなに切れ味よかったっけ?)
心葵は千夏の攻撃の鋭さに違和感を覚えた。
今までの千夏の攻撃では、プロキシーの四肢を切り落とすことなど不可能だった。しかし今の千夏は、難なく四肢を切断している。
「これで決める!」
そして最後に、千夏のチャクラムはプロキシーの首を刎ねた。
頭を失い死を迎えたプロキシーは、砂となり崩れ落ちた。
「よし、終わった……」
「あ、あれ? もう終わっちゃった?」
「……来るの遅くない?」
プロキシーが崩れ落ちた直後、反応を受けた舞那、沙織、日向子の3人が現れた。
3人は一緒の場所にいたのだが、ここへ来る途中に信号と踏切に阻害され到着が遅れた。
「千夏の活躍、木場さん達にも見せたかった。ねえ、千夏……千夏?」
千夏からの反応がなく、心葵は千夏の立つ方へ視線を移した。
「せん、ぱ……」
「ち……千夏……!?」
振り向いた千夏の顔は、4分の1程が紫色に変色していた。
服を着ているため分からなかったが、左腕全体は既に変色しており、胴体も半分以上変色が進んでいた。
「ぁぁぁあああああああ!!」
咆哮する千夏。
次第に、千夏の背に紫色の翼が生え、左の眼球全体が紫に変色した。
その姿は人でも、ましてやプロキシーでもなく、堕天使や悪魔に近い。
「何これ……」
「嘘……千夏!」
心葵の声すら届かず、千夏はどこかへ飛び去ってしまった。
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