《29》 償い

 2015年の冬、心葵と千夏は出会った。

 ドラマチックに出会い、互いに運命を感じる夢のようなシチュエーション……ではない。決してドラマチックではなく、運命も感じないような出会いだった。


「心葵遅ぉい! 新入部員来てるよ!」

「ごめんごめん。スマホ没収されちゃって……反省文書いてた」


 三崎みさき中学校放送部、の部室にて。

 3年生が引退し、2年生が各部活を統率していた。心葵の所属している放送部も例外ではない。


「いやーまさか、この時期に入部する生徒がいるとはね」


 心葵は部室に入る際、部室入口の二重扉を施錠した。

 ドアを開ける鍵は別の部員が現在所持しており、スペアキーは存在しない。

 よって、心葵が施錠したことにより、誰1人として部室に入ることができなくなった。


「ふーん……1年生のくせに、無駄にいい身体してるじゃん」


 心葵を含む5人の部員は、部屋の隅で1人の女子生徒を囲んでいる。

 女子生徒は制服を脱がされ、下着姿で恥辱の涙を浮かべている。


「ねえ、名前なんていうの?」

「ぉ、ぉぉ」

「声小さくて聞こえないんだけど?」

「っ……大野、千夏……です」


 これが心葵の千夏のファーストコンタクトだった。

 当時の千夏は長い前髪を下ろしており、目元は殆ど隠れていた。対する心葵は前髪を短く切っており、色を除けば変身後の髪型に近い。


「大野千夏ねぇ……それにしてもムカつく身体ね。私なんか全然胸大きくならないのに、1年遅く生まれたあんたはそんなデカい胸……妬ましいわ」


 心葵は千夏の胸を凝視しながら、自らの胸に手を当てた。

 そして自らの成長具合と、後輩である千夏の成長具合の差に若干苛立ちを覚え、心葵は手を伸ばして千夏の胸を掴んだ。


「ほんと……ムカつく」


 心葵は怒りを込めた右手で、千夏の胸を揉みしだく。


「やめ……やめて、ください……」

「だめ。やめない」


 ◇◇◇


(なんで……こんな時に思い出すんだろ……)


 浴室で座り込む千夏の脳内に、心葵と初めて言葉を交わした日の記憶が蘇った。

 千夏が放送部に入部して以降、心葵達は千夏を虐め続けた。

 よくあったのは、故意に散らかされた部室の掃除を押し付けられたことや、怪我をしない程度のゴミを投げつけられたこと。

 時には心葵のいない隙に、他の部員に過激で下劣なこともさせられた。

 何度も退部を試みたが、入部直後に撮られた下着姿の写真で脅され、いつしか千夏は退部を諦めた。


(あの頃の先輩……髪がまだ短かったな……)


 心葵達の虐めは、部外者になるべく知られないよう工夫されていた。

 生傷が増えれば虐めを疑われるため、千夏が負傷しない虐めていた。さらに、「教科書をトイレに捨てる」などといった典型的な虐めは、部外者に知られる可能性が高いためしていない。

 心葵はそのような典型的で非人道的な虐めを好まない。というよりも、そもそも心葵は基本的に虐めに参加していなかった。

 しかし千夏が虐められている場面を傍観していたことに変わりはない。


(先輩……今の私の腕見たら、なんて言うんだろう)


 かつての自分達を思い出しながら、千夏は変色してしまった自らの腕を掴んだ。


 ◇◇◇


 2016年夏。千夏は危機に瀕していた。


「いいの? 心葵に言わなくて」

「いいのいいの。熱中症で倒れてるのに、わざわざ呼び出すのは悪いでしょ?」

「だね。けど写真と動画はちゃんと送らないとね」


 心葵を除いた4人の部員は、放課後の部室で千夏を囲っていた。

 千夏は猿轡で口を塞がれており、まともに声を発することができない状態にある。さらに両手の親指をインシュロックで固定されており、ほぼ身動きがとれない。

 これから自分が何をされるのかを考え、千夏は目に涙を浮かべた。


「とりあえず今の写真送っとこ」


 部員の一人がスマートフォンで千夏を撮影し、心葵にその写真を送信。さらに「これから撮影会はじまるよ~」というメッセージを送信した。

 するとすぐに既読がつき、「撮影してどうするの?」と返信がきた。

 その後「とりま男子生徒とかに売る。稼ぐチャンス!」と返信。部員は通知設定を「off」へと変更し、動画撮影モードに切り替えた。


「さて大野さん、準備はいい?」


 部員の一人が千夏の制服のボタンを外し始め、他の部員2人がスマートフォンで動画の撮影を開始した。

 声にならない叫びを上げる千夏だが、その叫びが部員達の悪意をさらに駆り立てた。


「いいよ~その反応。これはマジで高く売れそうだね」

「あ! そうだ! 男子に大野レンタルしない? 30分5000円とかでさ!」

「天才すぎ! 大野さん中学生にして売女ばいた確定じゃん!」


 部員達が千夏のレンタル化計画を思いついた頃には、既に千夏はシャツを脱がされており、今度はスカートを脱がされようとしていた。

 千夏はできる限り抵抗するが、その抵抗も虚しく、スカートは脱がされてしまった。


「靴下脱がす?」

「脱がさない方がエロいし、脱がすのは下着だけにしておいて」

「いっそ脱がした下着売っちゃう?」

「いいじゃん! 動画見せた後だと絶対買うよ!」


 部員は千夏のスカートを放り投げ、今度は千夏のブラに手をかけた。


「んんんん! んんんんん!」

「ちゃんと撮りなよ!」


 部員は抵抗する千夏を押さえつけ、無理矢理ブラを外した。

 動画を撮影していた部員は千夏に接近し、露わになった豊満な乳房を撮り始めた。

 羞恥に泣き喚く千夏をよそに、撮影を楽しむ部員達。しかし十数秒後、部室は一瞬にして凍りつく。


「「「!!」」」


 突如部室の窓が割れ、破片が室内に散乱した。

 その音に驚いた部員達は一斉に窓の方へ振り向き、一瞬だが撮影のことなど忘れてしまった。

 窓枠に手をかけ、勢いよく室内に飛び込んできた生徒が1人。その生徒は、つい数十分前に熱中症で倒れ、保健室で寝ていた心葵だった。


「か、心葵!?」

「何やってんの!?」

「それはこっちのセリフよ! 何、撮影会って。それに撮った動画を売るなんて……やるにも限度があるでしょ!」


 心葵は部員からのメッセージを見た瞬間、千夏が性欲に満ち溢れた男子生徒に蹂躙される様を思い浮かべた。

 そして心葵は、自分達部員の愚行により、千夏の人生が狂いかけていたことに気付いた。

 虐めを傍観せずに止めていれば、自身のコンプレックスを理由に千夏に嫉妬していなければ、千夏がこのようなレイプまがいの恥辱を受けずに済んだのではないか。

 急速に自らの愚行に気付けなかった情けなさと、千夏への謝罪の気持ちに押し潰される感覚に陥った心葵は、保健室を抜け出して部室にまでやって来た。


「い、いいじゃん! 金貰えるんだよ!? それに心葵だって虐めてたんだし、そんなこという資格あるの!?」

「あるはずない! けど、そんな人身売買みたいなこと、許せるわけない!」


 人身売買。その言葉を聞いた途端、撮影していた部員達の表情は青くなった。


「私の愚行も、あんた達の愚行も、私が全部背負う。そんで部長である私が、責任持ってあんた達を制裁する!」


 ◇◇◇


 時間は過ぎ、部室には気絶した部員達と、破壊されたスマートフォンが残った。

 そして部室から去った心葵は、千夏の肩を借りて帰路についた。

 心葵の身体はボロボロになっており、1人ではまともに立てない程消耗している。そもそも熱中症で倒れていたため、心葵のダメージは予想以上のものである。


「大野さん、今更許してもらおうなんて思ってない。けど……ごめんなさい。自分達が満足したいからって虐めて……挙句の果てに恥ずかしい思いさせて」

「もういいです。風見先輩は十分償いました。手がそんなになるまで他の先輩達を殴って、私を助けてくれましたから」


 心葵の右手の爪は2枚剥がれ、部員を殴り過ぎたせいか赤く腫れている。


「……言ってしまえば、私達の行いは犯罪と一緒。誰も私達を許せる筈ない……」

「……いいえ、先輩は償いました。神様が許していなくとも、被害者である私が言ってるんですから、先輩の罪は帳消しです」

「……けど、それじゃあ私の気が済まない……」

「んー……なら、改めて先輩には償ってもらいます」

「……どうやって?」

「簡単です……ずっと、私と一緒にいてください」


 ◇◇◇


(先輩……私達、ずっと一緒にいられますか……?)


 かつて千夏が課した償いは、今でも心葵を突き動かしている。

 時間の流れとともに、心葵の感じていた罪悪感は薄くなった。勿論、当時約束した償いを忘れている訳ではない。


(私……先輩と離れたくありません……)


 千夏は恐怖していた。

 このまま腕だけではなく、全身が変色するのではないか。

 このまま本当にプロキシーになってしまうのではないか。

 考えれば考える程千夏の恐怖は強まり、いつか来るであろう心葵との別れを思い涙を流した。

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