《28》 腕

 7月29日の夜、心葵と千夏はそれぞれの家で通話していた。以前から定期的に通話をしていたが、夏休みに入って以降夜の通話は常習化している。

 千夏の両親は共に海外で仕事をしており、家に帰るのは月に数回。現在は千夏が夏休み中ということで、両親はその期間中は帰宅予定なし。

 しかしそれは千夏にとってはプラスでしかなく、こうして堂々と長電話できている。

 2人にとって、夏休み内での「一番の楽しみ」と言える通話だが、空気を読まなかったプロキシーが出現反応を発信。通話を阻害した。

 千夏は出現反応を受け取り、通話を中断してプロキシーの駆除に向かった。

 出現した時間が遅かったため、出現場所に到着する頃には日付が変わっていた。


(今日は先輩は来ない……けど、プロキシーごとき、私一人で十分!)


 心葵も出現反応を受け取っていたが、千夏に「私一人で大丈夫ですから、先輩は休んでてください」と言われ、結局千夏の優しさに甘えてしまった。

 何せ、この日はプロキシーが4体出現し、うち2体を心葵1人で駆除した。さらに、その2体のうち1体は通常のものより大きく、正直苦戦した。

 心葵が疲れていることを理解した上での発言だったが、仮に全く疲れていなかったとしても、千夏は同じように心葵の身体を優先しただろう。


「変身!」


 千夏は変身直後から能力を使用し、動体視力を向上させた。

 深夜の駐車場に出現した赤いプロキシーは、場内に停まっている車の運転手、及びその連れ人を捕食したと考えられる。

 その要因として、1台だけライトが点いたままになっており、左右のドアが開け放たれている。

 恐らく運転手と連れ人は、出現したプロキシーに驚き、車外へ逃走。しかしすぐに捕まってしまったのだろう。


(赤のプロキシーか……攻撃さえ当たらなければ問題ない!)


 千夏はプロキシーの背後からチャクラムで攻撃。2本のチャクラムは背中に突き刺さり、プロキシーは痛みに悶えながら身体を振った。

 プロキシーを引き抜いた千夏は、背中を蹴って距離を取った。

 着地直後、千夏はプロキシーに向かって走り始めた。そしてチャクラムに紫の光を集約させ、プロキシーの両脚を攻撃。


「はあっ!」


 2本のチャクラムはプロキシーのアキレス腱を切断し、プロキシーは立つことを維持できずその場に倒れた。


(このまま一気に!)


 再度チャクラムに光を集約させ、千夏はプロキシーに攻撃をしかけた。

 しかしプロキシーは"身体能力向上"の能力で腕力、スピードを向上させ、近付いてくる千夏へ向けて拳を加速させた。

 対する千夏は、戦闘開始時から常時能力を使用していたため、プロキシーの腕の速度にも対応。寸前のところで回避し、チャクラムでプロキシーの腕を攻撃。

 プロキシーの手首は若干細めであったため、千夏のチャクラムでも切断できた。


「だああ!」


 千夏はチャクラムに紫の光を集約させたまま、プロキシーの顔面に突き刺した。

 プロキシーは若干痙攣したが、数秒後に動きは止まり、死を迎え砂へと変化し始めた。


「ふぅ……さて、帰ろ」


 プロキシーが砂へと変化したところを確認した千夏は、変身を解除して歩き始めた。しかし、


「っ!?」


 突如、左腕に激痛が走り足を止めた。

 皮膚を剥がされ、熱した鉄を当てられたかのような痛みに、千夏は膝をついて左腕を押さえた。

 千夏は突然の痛みに驚きながら、恐る恐る痛む左腕を見た。


「え……?」


 外傷はない。痛みを感じるような行動をとった覚えもない。

 しかし痛みを感じている腕を見た千夏は、自身の腕に……否、自らの身に起きている異変に気付いた。


「なに……これ……」


 千夏は普段から、友人などに白く美しい肌だと言われている。千夏自身、その美しさは自覚している。

 しかしその自慢の肌は、腕の一部が紫色に変色していた。

 外傷による変色などとは格が違い、まるでペイントでもしているのかと疑うほど、濃く鮮明な紫色である。

 変色箇所はあまり大きくない。しかし変色箇所から血管のように色は伸びており、時間をかけてゆっくりと広がっている。


「いや……いやぁぁぁ!」


 千夏はその場から逃げた。

 走り、走り、ただ走り、暫く走った末、自宅に辿り着いた。

 千夏は浴室へと駆け込み、蛇口から水を出して自らの左腕に当て、変色箇所を擦り始めた。

 色を落とそうと必死になっているのだろうか、目は血走り身体中から汗が流れている。


「何で! 何で落ちないの!」


 叫ぶ千夏は、水を当てながら爪を立てる。擦ると言うよりも、掻きむしっており、変色箇所の周囲は既に赤くなっている。

 変色箇所から感じている痛みとは別に、自らを掻き毟る痛みに身体は気付いていた。

 しかし千夏はその痛みにすら気付かず、一心不乱に腕を掻き毟り続けた。

 右手の爪に皮膚が詰まり、右腕の皮膚は既に出血しかけている。

 それでも千夏は、掻き毟るのを止めなかった。


(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!)


 掻き毟り続けた千夏だが、途中で手を止めた。さすがに疲れたのだろう。


「これじゃあまるで……」


 千夏の腕は肘から手首にかけて、濃い紫色に変色した。暫くすれば色の侵食は止まったが、その後色が薄まることも、消えることもなかった。

 そして、千夏は変色したその腕には見覚えがあった。


「プロキシーじゃん……」


 水に濡れ、窓から差し込む月明かりに照らされた左腕は、紫のプロキシーそのものだった。

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