《27》 灰

「ふんっ!」


 緑色のプロキシーに向けて、左手に持っていたチャクラムを投げた千夏。

 紫の光を帯びたチャクラムはプロキシーの腹部に刺さり、プロキシーは患部から血液を噴出させた。

 千夏はプロキシーの目の前まで走り、刺さったままのチャクラムを掴む。そして今度は左右両方のチャクラムに光を集約し、千夏はその場で身体を回転させた。

 左手のチャクラムは胴を裂きながら外に出る。直後に右手のチャクラムは患部をさらに抉り、切り口を深くした。さらに再び左手のチャクラムが患部を抉り、その後右手のチャクラムが抉る。

 6回繰り返したチャクラムの攻撃により、プロキシーの腹部はザクロのように裂けている。その周囲には血液と内臓の破片が散らばっており、直視し難い凄惨な現場と化している。


「グロ……」


 前に倒れかけたプロキシーを左手で支えた千夏は、僅かに残った背中の筋肉にチャクラムを密着させた。


「罰として殺す!」


 再度右手のチャクラムに光を集約させ、千夏はプロキシーの身体を両断した。

 身体が離れたプロキシーは地面に落ち、暫く痙攣した後に死亡。千夏に付着した返り血と共に砂へと変化した。


「うぇ……帰ってお風呂入ろ……」


 身体についた砂を落とし、周囲に誰もいないことを確認した千夏は、変身を解除して自宅のある方へと振り返った。

 帰るために歩き始めた千夏だったが、突如時間が止まったことに気付き足を止めた。


「やあ。調子はどうだい?」


 背後から何者かに声をかけられた千夏だったが、相手がメラーフであると分かっていたため振り向かずに返答した。


「良すぎるくらい。最初は身体が勝手に動いてたけど、今では自分の思った通りに動いてくれる。まるで自分の身体が従順な飼い犬みたい」

「……ひとつ聞くが、身体に何か異変を感じたことはあるかい?」

「異変? んー……特に無いかな」

「……ならよかった。呼び止めてすまない、時間を動かそう」


 メラーフは指を鳴らし、停止した時間を再び動かし始めた。


(何だったんだろ……まあいいや、さっさと帰っ……?)


 再び歩こうとした千夏だったが、視界の隅に光るものを見つけて動きを一旦止めた。

 光るものの正体を知るため、光った場所へと歩み寄る千夏。ある程度近づいた時、千夏は光るものの正体を理解した。


(アクセサリー!?)


 その正体は、千夏が所持しているものとはまた異なるアクセサリー。影であったため若干分かりにくかったが、アクセサリーの色は灰色。

 千夏はアクセサリーを拾いあげようと手を伸ばしたが、直後にあることに気づく。

 アクセサリーが落ちている場所には、死亡したプロキシーのものかと思われる砂が大量に落ちている。

 落ちているのはアスファルトの真上であり、周囲には自然の土や砂は一切ない。そのためこのような場所に、この量の砂が落ちていることは殆どありえない。

 千夏は少し躊躇ったが灰色のアクセサリーを拾いあげ、息を吹きかけて付着した砂を軽く落とした。


(お風呂入るんだったらお湯溜めなきゃいけないし、その間に洗面所で洗おうかな)


 千夏はアクセサリーを握ったまま、帰宅するために再び歩き始めた。

 千夏が去った直後に風が吹き、アクセサリーの周りに落ちていた砂の一部が吹き飛んだ。


 ◇◇◇


 帰宅後、千夏は湯を溜めた浴槽に浸かっていた。

 普段はオールバックの前髪だが、入浴時に前に下がってしまう。前髪を下ろすと、髪色は違うが変身後の姿に似る。


(灰色のアクセサリー……どんな能力なんだろ)


 千夏や心葵は、灰のアクセサリーが持つ能力を知らない。そのため能力を知ろうとしても、誰も知らないため知ることができない。


(まあいいや。あれは先輩へのプレゼント……私が使うことは無いから、別に今すぐ知らなくてもいいや)


 千夏は灰のアクセサリーを使用する気が無く、心葵の新しい力として後日譲渡する予定である。

 なぜならば、4日後の8月3日は心葵の誕生日。心葵が紙に等しい力を得るための、言わば新しい力としたのだ。


(誕生日には先輩を家に呼んでぇ……私の部屋に連れていっぱい御奉仕してぇ……)


 人前では晒せないような蕩けた表情で、人前では言えないような卑猥な妄想をしながら、千夏は右手で自らの乳房を掴み、揉み始めた。さらに千夏の興奮度が高まるにつれ、左手は下半身へと徐々に伸びていった。


「んっ……早く、3日にならないっ、かな……」


 戦闘で汚れた身体を清めるため、千夏は浴槽にぬるま湯を張った。あまり長湯をする予定ではないため、湯も若干少なめにしてある。

 しかし、結局千夏はのぼせてしまった。


 ◇◇◇


 千夏が浴槽で卑猥な顔をしている頃、予定を合わせていた舞那と龍華はリストの加筆を行っていた。

 加筆箇所として、心葵の「要注意人物指定」の赤線を修正。その後プロフィール内に「大野千夏の中学時代からの先輩であり、プレイヤーになった今も一緒に行動している」と加えた。


「そういえば、このリストのこと風見さんに喋っちゃったんだよね」

「はぁ? 何勝手に喋ってんの?」

「いやぁ……言わないと殺されそうだったから。まあでも、多分もう忘れてると思うよ?」

「……本当に忘れてるの?」

「……た、多分……ね?」


 龍華の怒りの視線から逃れるように、舞那は意図的に顔をずらした。

 しかし龍華も、言わざるを得ない状況だったのだと解釈し、ため息と共に怒りを外に吐き出した。


「そうだ、進展……じゃないけど」


 龍華は思い出したようにリストをめくり、緑のプレイヤー情報が綴られる予定のページを開いた。


「今はまだ白紙だけど、近々プレイヤーの写真が貼れるかもしれない」

「見たの!?」

「チラッとね。遠目だったからよく分からなかったけど、多分武器は弓。見間違いかもしれないけどね」


 龍華が見たのは、緑の髪のプレイヤーが「銀と緑の弓状のもの」を持っている場面。しかしそれだけでは緑のアクセサリーの正体は断言できないため、調査は次回に持ち越すことにした。


「とりあえず話戻そう。風見さんなんだけど、どうやら大野さんと恋愛関係にあるみたいだよ」

「あー……やっぱりね」

「知ってたの?」

「前に2人と会った時、何かそれっぽいこと言ってた。赤い糸がどうとか……」

「あ、赤い糸……?」


 心葵と千夏が通っている敷島しきしま高校は、本来女子校であったが数年前に共学化した。

 ただ、男子生徒の入学希望者数は少なく、現時点での男女比率は2:8。女子生徒の方が圧倒的に多い。

 そんな環境下故か、敷島高校では同性のカップルがよく生まれる。それは男女問わずである。

 心葵と千夏も、敷島高校内では「複数組存在するカップルのうちの1組」にすぎない。


「そういや私の知り合いも、敷島入ってパートナーができたって言ってたわ……相手女子だけど」

「うちの高校にもいるよ。同性カップル」


 舞那の通う五百雀高校にもカップルは存在する。

 因みに今舞那の脳内に浮かんでいるのは、沙織と日向子である。

 本人達はカップルという自覚はないのだが、舞那を含めたクラスメイトからはカップルとして認定されている。


「……なんと言うか、この辺りの高校は結構狂ってるね」


 龍華は、自分の性格はかなり歪んでいると自覚している。

 しかし今回に限り、「自分はノーマルなのでは?」と考えた。


「あと、これは書き足さなくていいんだけど……さっき、風見さんと大野さんは恋人だって言ったでしょ? けどさ……なんか、納得できないっていうか……」

「……何が?」

「いや、この2人の関係について調べんだけど……」


 龍華は調査として、心葵と千夏の友人、当時のクラスメイトなどに接触した。高校の友人は、共通して「2人は付き合ってる」という情報を提供した。

 しかし、中学時代に心葵のクラスメイトだった生徒達は、高校の友人とは反対の情報を提供。

 その情報は信じ難いものだったが、中学時代のクラスメイト達は皆同じ証言をした。


「どうも中学時代、大野さんは風見さんにいじめられてたみたい」

「虐め……?」


 「大野さんは、風見さんに虐められていた」と。

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