《25》 癖
「千夏、終わったから帰るよ。諸々の説明はまだ終わってないし」
「はーい」
この日、心葵は千夏の家でプレイヤーやプロキシーについて、自信が分かっている範囲で説明をしていた。
その説明はプロキシー出現により阻害され、まだ半分程しか終わっていない。
「風見さん!」
変身を解除して、千夏の家に戻ろうとした心葵達。
続けて面々は変身を解除。そしてその直後、舞那は自身に背を向けている心葵を呼び止めた。
「……何?」
「私、木場舞那。もし気が向いたら、私達の仲間にならない?」
巨大プロキシーとの戦いを終えた舞那は、目的の為ならば自分達は協力できるということが分かった。
それを踏まえ、舞那は心葵を仲間に引き入れようとした。
「分かってるでしょ。あんたを含め、私はプレイヤーを全員殺す。馴れ合う気は全くない」
しかし心葵は自身の正義を貫くことを選び、舞那達の仲間になることを拒んだ。
「……けど、名前は覚えとく」
ただ今回の戦いは、僅かだが心葵の正義を揺るがした。
その証拠として、敵の名前を覚えようとない心葵が、敵である舞那の名前を覚えた。
仲間に引き入れることはできなかったが、舞那は心葵との距離が若干縮まったことを感じた。
「じゃあ私達も帰ろ、沙織」
「だね。そんじゃ2人とも、またね」
沙織と日向子がこの場から去り、残ったのは舞那と雪希の2人。
2人は会話もせず、十数秒に渡り沈黙が続いた。しかし沈黙に耐えきれなくなった舞那は、この場を乗り切るため先に口を開いた。
「じ、じゃあ私も帰るね」
「あ……うん。じゃあね……」
「じゃあ……」
別れ際まで静かなまま、2人はそれぞれ違う方向へと歩いた。
◇◇◇
ある程度歩いた頃、雪希は誰かの視線を感じた。
その視線は動物的なものではなく、監視カメラのように「何かを見張っている」ようなものとして感じられる。
さらに少し前から小さな音が聞こえていたのだが、よく聞けばそれは足音。
雪希はその視線と足音から、自分は誰かに監視されていると理解した。
(だったら……)
雪希は当初、自宅に戻る予定だった。
しかし雪希は途中で道を変え、自宅とは違う方向へ向けて歩を進めた。
そして暫く歩くと、隠れる場所が少ない拓けた場所に出た。車などは一切通っておらず、そもそも人すらいない。
「出てきたら? ここならどんな話しても、誰かに聞かれることは無いだろうし」
「……私、尾行には自信あったんだけどな」
「その割にはなかなか熱い視線だったけど。で? 私に何の用?」
細道の塀に隠れていた追跡者、龍華が姿を現した。
「私は犬飼龍華。つい最近までプレイヤーだった者よ」
「犬飼龍華……ああ、"舞那"にアクセサリー壊されたプレイヤー?」
「そう。ちょっと聞きたいことがあったから、2人きりになれる時を伺ってた」
龍華は雪希が気付くよう、尾行中は敢えて足音を大きくしていた。さらに雪希の性格を事前に把握していたため、人気のない場所へ龍華を誘うことも理解していた。
そして人気のない場所に来たことで、龍華は前々から抱いていた疑念を証明する機会を得た。
「廣瀬さん……今年の5月、何があったの?」
「……強いて言えばその頃プレイヤーになったけど、それ以外は特にないかな。それがどうしたの?」
「廣瀬さんの知り合いから聞いたの。5月くらいから廣瀬さんの雰囲気が変わったって。本当にそれ以外は何も無かったの?」
「まあ……無かったかな」
雪希は右手の人差し指に髪を絡ませながら、顔色一つ変えず龍華の質問に答えた。
「じゃあもう1つ聞きたいんだけど、何でさっき木場さんのこと"舞那"って言ったの? 普段は名字呼びなのに」
龍華はプレイヤーの情報を仕入れた際、プレイヤー同士の互いの呼び方等も研究した。その際、雪希が舞那のことを「木場さん」と呼んでいることも知った。
しかし会話が始まった直後、雪希は舞那のことを名字ではなく名前で呼んだ。
龍華はそれを聞き逃すはずがなく、名前のことを問われた雪希は多少なりとも焦り、不覚にも目を泳がせてしまった。
「……私と舞那はずっと前に知り合ってた。その頃はお互い名前呼びだったんだけど、舞那はもうそのことを覚えてない。今でもたまに、癖で名前呼びすることがあるの。これは舞那には内緒にしておいて」
雪希の発言は誤魔化しにも聞こえたが、龍華はその発言が嘘ではないことを見抜いた。何故ならば、雪希の発言が嘘か
「……分かった。あ、そうだ。最後に一つだけ教えておくね。嘘をつく時、廣瀬さんは指に髪を巻きつける癖があるから、これからは気をつけてね」
「っ!」
雪希は元々、指に髪を巻きつける癖があったのだが、成長と共に癖は改善されていった。
しかし成長した今は、嘘をつく時にだけ髪を指に巻きつけていた。癖であるため雪希本人は無意識。
何人かの友人には気付かれているが、指摘されたことがない。そのため、自身の癖について知ったのは今日が初である。
雪希は今まで何回も嘘をついてきた。もしも相手がその癖を知っていれば、嘘を見抜かれていたことになる。
さすがの雪希も焦ったのか、冷や汗をかき始めた。
「これは誰にも言ってないから安心して。それじゃあまた会おうね、廣瀬さん」
龍華はその場から去り、雪希が何かを隠していることを確信した。
その"何か"まではさすがに分からなかったが、隠しているという事実を確認できただけでも十分な収穫である。
(向こうから話すのも時間の問題かな……)
◇◇◇
龍華に癖を指摘された後、雪希は自宅に戻ってメラーフと会話をしていた。
「まさかあんなミスするなんて……」
「君らしくないね。まさか木場舞那の呼び方を間違えるなんて」
「舞那の前だと間違えないんだけど……これからは気をつけないと」
雪希は癖を治すのと同時に、舞那の呼び方を治すことを決意した。
「はぁ……」
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