《23》 共食い
「はあっ!」
巨大なプロキシーの左腕へと切りかかる雪希。普通のプロキシーであれば、この一閃で腕などは簡単に切り落とせる。
だが、今回は"普通のプロキシー"ではなかったようである。
「嘘……」
雪希の刃はプロキシーの皮膚に切れ込みを入れただけで、骨にも達することなく止められた。
プロキシーは雪希の頭を掴むため、死体を握っていた右手を動かした。
雪希はプロキシーの動きを見逃さず、回避するために勢いよく蹴り飛ばした。
蹴られたプロキシーは僅かにバランスを崩し、隙を見て雪希は後退。プロキシーの攻撃範囲の外へ出た。
(やっぱりキツい……)
出会ったことのないサイズのプロキシーを相手に、雪希は若干身の危険を感じた。
何せ、今回の相手は今までのプロキシーとは明らかに違う。分かっているだけでも体格と頑丈さが秀でており、既に攻略難易度はかなり高くなっている。
元々感じていた不安が大きくなった雪希。しかし偶然近くにいた沙織と日向子が参戦し、雪希の不安は若干和らいだ。
「西条さんに松浦さん!」
「廣瀬さん!」
「大丈夫!?」
夏休み中に雪希達は顔合わせをしており、変身後の姿でも認識できるようになった。
「油断せずに行くよ、日向子!」
「おっけー!」
「「変身!」」
2人は同時に変身し、プロキシーに攻撃する為に踏み出した。しかし、突如雪希の制止が入り足を止めた。
「待って! あいつは普通のプロキシーじゃない!」
「……確かに、普通の奴よりも大きいね」
「それだけじゃない。能力は使ってなかったんだけど、私の攻撃が通じなかった」
赤の能力は身体能力向上。自身の腕力や脚力は勿論、アクセサリーの切れ味も向上させる。
一応アクセサリー自体が切れ味のいい日本刀であるため、能力を使用しなくとも切断は容易。
しかし能力を使用していなかったとは言え、赤のアクセサリーで腕を切断できなかったのはこれが初である。
もし最初から能力を使用していれば、相手の腕を切断できていたかもしれない。戦いが始まって3ヶ月経つが、恐らく雪希は初めて自らの行動を悔いた。
「ちょっと待って……あれ!」
「……嘘でしょ」
日向子が気付いたのだが、雪希に斬られた腕はゆっくりと再生を始めていた。
プロキシーと共通した能力を持つプロキシーは存在するが、基本的に"プレイヤーが持たない能力"、具体的には再生能力などは持ち合わせていない。
それ以前に、プロキシーの身体の構造自体は人間とほぼ同じであるため、本来ならば"人間を超えた力"は持つはずがない。
しかし今、目の前に存在するプロキシーの傷口は確かに再生している。それが無意識なのか意図的なのかは分からないが、再生が事実であることは変わりない。
「~っ! メラーフ!」
雪希がメラーフの名を叫ぶと、直後に雪希達3人を除く全てが停止。さらに雪希達の背後からメラーフが現れた。
普段、メラーフは諸々の説明をする時以外は時間を止めない。しかし今回は相当な事態であったのか、メラーフは長話を予期して時間を止めた。
「あのプロキシー、一体何なの?」
「……僕にも分からない。だが恐らく、あれはプロキシーの進化態だ」
「進化態?」
「以前、プロキシーがプロキシーを捕食している所を目撃した。喰った方のプロキシーは体格が変化して、明らかに強さを増していた」
「プロキシーが……プロキシーを食べた?」
プレイヤー達は、「プロキシーは人だけを捕食する」と認識していたため、メラーフの発言は正直信じられなかった。
「そう。ただそのプロキシーは灰のプレイヤーに殺されて、今はもういない」
「待って。もしかして……プロキシー同士って仲間じゃなかったの?」
「……仲間っていう意識は無いと思う。実はプロキシーは人間に近いから、お互いの関係性も人間に近い」
「……つまり?」
「知り合いが1組も存在しない700人の集団ってところだね。仮に人間が700人集められて、自分以外の699人が知らない人間であったとする。君達は見ず知らずの699人を仲間だと思えるかい?」
プロキシーは人間ではないが、思考などは人間に近い。約700体のプロキシーはそれぞれ自我をもっており、個体にもよるが性格を持っている。
仮にフレンドリーな個体がいたとすれば、その個体は別個体を集めて友人、或いは仲間にする。
逆に人見知りな個体がいたとすれば、別個体との接触を避け、確実に単独行動をとるようになる。
プロキシーはどちらかというと後者が基本で、仲間を作ろうとするプロキシーは殆ど存在しない。
そのため個体同士の仲間意識は芽生えず、別個体が殺されたところで気にもとめない。それ以前に別個体が殺されたことにも気付かない。
「でも……何で食べる必要があるの?」
「……単純に食べたくなった。或いは、別個体を食べることで成長すると判明した……ってところかな」
「食べたくなったって……プロキシーって人間と似た思考なんじゃないの?」
「その通り。だがプロキシーには
プロキシーの間にルールは存在しない。言わば本能のまま生きようとする、一種の獣ののうな存在である。
そのため思考が人間と似ていたとしても、尊厳や倫理といったものは一切通用しない。
「逆に、プロキシーからすれば人間の方が異常だろうね」
「何で?」
「人間は共食いしないだろう?」
「当たり前じゃん!」
「じゃあ、なぜダメなんだい?」
「……いや、普通にダメでしょ」
「……訳が分からないな。他の生物は共食いしているのに、同じ生物である人間は共食いしてはいけない。一体誰が決めた?」
「それは……」
共食いをする生物。あまり知られていないかもしれないが、共食いして生きている生物この地球上に複数存在する。
カマキリ、ニワトリ、クマ、蜘蛛……同種の別個体を捕食し、命を保っている生物が存在する中、人間は共食いをしていない。
人類の歴史の中で、カニバリズムは犯罪ではなかった。古代の人間は食用として人間を殺め、そのまま食していたという説も存在する。
しかしカニバリズムは発病のリスクがあり、いつしか歴史の中で「よくないこと」とされ、現代では禁忌とされている。
ただ発病などの身体に影響を及ぼすリスクを除き、なぜタブーなのかと問われた時、人間は答えられるだろうか。
「誰が定めたかも分からない偽りの常識を持つ人間が、プロキシーの共食いを否定できるかい?」
メラーフの問いに、3人は揃って口を閉ざした。
「……話を戻そう。恐らくあのプロキシーは捕食を続けた結果、あんな姿になった。何体捕食したのかは分からないけどね」
「……私達だけで殺せる?」
「3人じゃ無理だね。ただ、3人のプレイヤーがここまで来てるから、6人が集まれば殺せるかもしれない」
「……それが分かっただけでも十分。メラーフ、動かして」
メラーフは雪希に従い、停止させていた時間を動かした。
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