《22》 秘密

『3人目の紫のプレイヤーか……ってことは、これで紫は全部出揃ったね』


 千夏と対立した翌日、舞那は電話で龍華に報告をしていた。

 龍華から貰ったリストの紫の欄が1つ空いていたが、千夏が登場したことで紫のページは埋まった。


「けどごめんね。写真撮れるような状況じゃなくて、分かってるのは名前と、風見さんの後輩ってことだけなんだ……」

『いや、名前と立場が分かればすぐに特定できる。とりあえず情報入り次第連絡するから、木場さんは分かってる範囲内でリストに書き足しておいて』


 心葵の情報は既にあるため、龍華はその情報を元に「チナツ」という生徒を調べる予定である。龍華の情報収集能力があれば、千夏の情報は数時間で調べることができる。

 そしてそれとは別に、龍華はもう1つ調べ事をしていた。


『そうだ、廣瀬雪希についてちょっと調べてみたんだけど……やっぱり彼女には何かある』

「どういうこと?」


 以前龍華は「雪希が何かを隠している」という仮説をたてた。その仮説を証明すべく、龍華は雪希を優先的に調べていた。

 雪希に気付かれないように関連人物と接触し、普段の雪希やかつての雪希についてを聞き続けた。

 その最中、龍華はあることに気付く。


『廣瀬雪希の知り合いから聞いたんだけど、今年の5月くらいから急に性格が変わったらしい。見た目は変わってないのに、中身だけが別人になったみたいだって』


 それまでの雪希は、比較的明るい性格だった。しかしある日を境にその性格は一変し、闇を抱えているかのような鬱屈とした性格になったという。

 それがその日1日限りであれば、知り合い達は「何か嫌なことがあったのだろう」と考えたのだろう。しかしその性格は現在まで続いており、今はその性格の変化を疑問に思っている。

 元々ただの知り合い程度だった舞那はそんなこと知るはずもなく、特に違和感を感じることなく接していた。

 龍華は「性格が一変した」という情報を得て、それをさらに展開させて雪希を深く知ろうとした。

 しかし性格が一変したという情報以外は特に得られず、調査は停滞し今に至る。


『別に家族が死んだ訳でも、何か大きな問題があった訳でもないみたい。けど何かがなければそんなことありえない』

「……私、メラーフに聞いてみる。メラーフなら何か知ってるかもしれないし」

『……仮に知ってたとしても、雪希が口止めしてる可能性もある。けど、一応聞いておいて』


 ◇◇◇


 舞那と龍華が通話をしている頃、雪希は自室のベットに寝転がり、微動だにせず暫く目をつぶっていた。寝ている訳では無い。


「メラーフ、いる?」


 目を開けず、どこかにいるであろうメラーフを呼んだ雪希。

 数秒後にメラーフが室内に現れ、気付いた雪希は目を開けた。


「なんだい?」

「現時点で殺せてないプロキシー、何体くらいいる?」


 質問されたメラーフは渋い表情になり、表情の変化を見逃さなかった雪希はある程度察した。


「言っていいのかい?」

「……うん」

「僕が見逃したであろう分を除いて……600体くらいかな」


 メラーフはプレイヤー達の戦いや行動を観察しており、プロキシーが殺される度に残りのプロキシー数を把握している。

 戦いが始まった当初、プロキシーの個体数は703。そして現時点での残り個体数は609体。既にプレイヤーが何人か退場しているにも関わらず、94体しか殺せていない。


「3ヶ月で90体か……私達っていつになったら普通に戻れるのかな?」

「今のままだと"前回"よりも時間がかかりそうだけど、プロキシー全滅は確実にいけるだろう。ただ、この先想定外の出来事が起こることも否定できない。もしそうなれば……早く終わらせるどころか、プロキシーを全滅させることすらも難しくなるかもね」


 1日1体のペースで計算しても、プロキシー全滅には2年近く時間を費やす必要がある。

 仮に本当に2年間で全滅できたとすれば、その頃には高校を卒業しているかもしれない。

 卒業までの間、学校に通いつつプロキシーの相手もしなければいけない。最悪卒業しても戦いを続けなければいけない。

 貴重な高校生活をプロキシーに費やすのかと考えた雪希は、ため息を吐いて再び目をつぶった。


「そうだ、ついでに言っておくよ」

「……何?」

「君が"前の世界"のことを隠しているって気付き始めたプレイヤーがいる」

「っ!? 誰!?」


 映画などでは、「物事を知りすぎたため始末される」というシチュエーションが存在する。

 メラーフ達の隠し事を知ってしまったプレイヤーが現れれば、雪希は口封じのためにそのプレイヤーを殺めるかもしれない。

 そう考えたメラーフは、雪希にはプレイヤー名を明かさないことにした。


「それは秘密。もしかしたら、僕達が喋るよりも前に、彼女達が先に真実へ到達するかもしれないね」

「っ! そんなこと……ある訳ない」


 雪希とメラーフが共有している秘密は、他のプレイヤーは絶対に暴くことのできない程壮大で、理解し難い程複雑なものである。

 仮に龍華が今後何年かけて調べても、その真実に辿り着くことは絶対にないだろう。

 そうこう考え話していると、雪希とメラーフはプロキシー出現の反応を受け取った。


「プロキシーみたいだね。それじゃ、今日も頑張ってね」


 まるで他人事のように雪希を送り出したメラーフは、雪希が部屋から出た直後に真顔に戻った。


(僕に戦える力があれば、彼女達が辛い思いをすることはなかったのかな……)


 雪希の部屋に残ったメラーフは、プロキシーと戦う術を持ち合わせていない自分自身に呆れていた。

 神である自分自身が戦わず、人間である雪希達に戦いを押し付けている。メラーフは呆れと同時に、そんな自分の不甲斐なさを恨んだ。


 ◇◇◇


 突如現れたプロキシーに驚愕し、錯乱状態に陥った一般市民が複数人座り込んでいる。

 出現したプロキシーは紫であるため能力は持たない。

 しかし体格に関しては他のプロキシーとは一線を画し、腕は長く手は大きい。さらに驚く程筋肉質であり、ボディービルダーと言っても過言ではないような容姿である。

 プロキシーは市民を既に2人殺め、胃へと流し込んでいる。そして今は3人目を捕まえ、頭を持って胴体へ噛み付いた。

 プロキシーはさながら焼き鳥を食べるかのように、脊髄を引っ張り出す形で3人目を喰らった。

 目の前で行われるグロテスクな食事は、座り込んだ一般市民にも影響を及ぼした。一部の市民はその場で嘔吐し、残りのごく一部は恐怖のあまり失禁。

 さすがに目の前で人が、尚且つ中々なグロテスク加減で喰われれば、誰でも気分が悪くなる。


「変身!」


 プロキシーを確認した雪希は、走りながらアクセサリーを取り出しそのまま変身した。

 錯乱状態の市民達は、雪希の変身に気付かなかったため問題ない。そもそもプロキシーを殺せば記憶が無くなるため、変身を見られても問題は無いのだが。

 地獄絵図にも見えるこの状況を目撃した雪希は目を逸らし、なるべく吐瀉物や排泄物を見ないようにプロキシーに接近した。


(随分大きいけど……これ私だけで殺せるかな?)


 標準サイズのプロキシーであれば、プロキシー1人でも十分に戦える。

 ただ、相手は標準サイズよりもかなり大きめ。さすがの雪希でも、1人でこの状況を打破できるのかと少々不安になった。

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