《21》 千夏
「千夏……あんた……!」
月明かりに照らされた千夏は、心葵の前で変身を披露した。
千夏が変身する瞬間を目の当たりにした心葵は、予想もしていなかった状況に驚きを隠せずにいた。
変身した千夏の服は龍華のものと同一であるが、髪は龍華よりも長く若干色も濃くなっている。
「2対1は少々卑怯ではありますけど、先輩が生き残るためには仕方がありません。さあ先輩、一緒に戦いましょう?」
心葵の隣に並び立つ千夏は、なぜか恍然とした表情でチャクラムを構える。
千夏が自分と同じく、「プレイヤーを殺すプレイヤー」になったことを理解した心葵は、千夏にプレイヤーとしての自覚の有無を確認した。
「……プレイヤーになった以上、いつか私達が殺し合うことになるかもしれない。私に殺される覚悟、ある?」
「もちろん。他のプレイヤーに殺されるのは嫌ですけど、先輩に殺されるのであれば私は幸せです。もし”その時"が来たら、迷わず私を殺してください」
偽りの無い笑顔を心葵へ向けた千夏。
心葵になら殺されてもいい。
心葵の為なら死ねる。
心葵が自害しろと言うなら自害する。
心葵が内臓を差し出せと言うなら差し出す。
心葵が殺せと言うなら殺す。
心葵が共に死のうと言えば死ぬ。
心葵に対する千夏の愛は、心葵が抱いている愛以上に深く、猟奇的だった。
「私は生き残れるところまで生き残って、最後は先輩の手で殺されたい。そのために、私は戦います」
舞那や龍華同様、千夏は神に等しい力などには興味が無い。
心葵のために尽くしたい。ただそれだけのために、千夏はプレイヤーとして戦うことを決めた。
他のプレイヤーは、自分が生き残ることを考えながら戦っている。それは舞那であろうと、心葵であろうと同じことである。
しかし心葵に対する自己犠牲の精神故か、千夏は自分が生き残ろうとは一切考えていない。死ぬ瞬間まで心葵と共にいることができるならば、仮にこの場で死んだとしても後悔はしない。
「……その時が来れば、私は赤い糸を切らなきゃいけない。それでもいいの?」
「糸を切って私が地獄に行っても、私は先輩を愛し続けます」
「……上出来。じゃあ千夏、とりあえず今日は2人共生きるよ」
心葵は改めて舞那と向き合い、殺意を放ちながらナイフを構えた。ナイフは僅かにオレンジ色の光を帯び、能力を使用することを既に示している。
千夏のチャクラムも紫の光を帯び、その光は千夏の目に移動した。
(瞬間移動と動体視力……このままじゃ負ける……)
対面する2人の能力は既に体験している。それ故に舞那は現状の厳しさを理解できた。
能力使用時の体力減少を考えても、この状況での舞那の勝率は低い。ただ、確率はゼロではないため戦えばどうにかなるかもしれない。
しかし舞那は降伏するかのように力を抜き、構えていた腕を下げた。
「戦いを放棄して死を受け入れたってわけ……いい判断じゃない」
「勘違いしないで。私は死なんて受け入れてない」
変身後の舞那が着ている巫女服のような衣装には、あまり深くはないがポケットがある。
舞那はそのポケットの中に手を入れ、中から黄色の染色がされたアクセサリーを取り出した。
「それは……!」
「そう。黄色のアクセサリー。風見さんが刺したプレイヤーから借りてきた」
理央が病院に搬送された際、舞那は理央からアクセサリーを預かっていた。自身の怪我が治るまでの間、一時戦闘から退くことが目的である。
しかし同時に、心葵対策としての役割も持っている。黄の能力は、橙の能力にある程度対抗できるものであるため、遭遇した際に役に立つかもしれないと考えたのだ。
(理央の力……借りるよ!)
舞那は理央のアクセサリーを銃へと変化させた。
直後、理央のアクセサリーが黄色の光を放ち始め、その光により舞那の身体は覆われた。
その光景は変身時と酷似しており、変身時同様に黄色の光は弾けた。
「変わった……!」
青かったスカートは黄色へと変化し、靴と靴下も黄色メインへと変化した。
姿が変わる瞬間を目撃した心葵と千夏は、一瞬だが戦意を喪失してしまう程衝撃を受けた。
しかし、一番驚いているのは舞那である。自身の外見が変化するとは全く予想していなかったのだ。無論、アクセサリーを渡した理央も知らない。
(すごい……力が湧き上がってくる気がする!)
舞那の中で、確かに力は湧いていた。しかしそれと同時に、僅かだが戦闘欲を感じた。
これまでの舞那は戦闘欲を感じようとしたことは無い。戦闘欲を感じてしまえば、プレイヤー同士の殺し合いを受け入れてしまう可能性がある為である。
個人差はあるが、プレイヤーは変身時に戦闘欲を擽られている。舞那はその擽りにいつも耐えられていたのだが、今回は耐え難いものだった。
(やばい……自分を抑えられない!)
舞那は銃口を心葵達へ向け、一切躊躇うことなく引き金を引いた。
心葵と千夏は能力で回避し、心葵は舞那の背後へ回るために再び能力を使用した。
しかし、瞬間移動したはずの心葵の目の前に、理央と交戦した時同様に銃口があった。撃たれることを恐れた心葵は、能力を使用して一旦距離を置いた。
(また予測された……もしかしたら黄色の能力って、相手の行動の予測?)
再び自らの行動を先読みされた心葵は、黄の能力の正体を予想した。
心葵の予想は的中とは言えないが、殆ど正解と言っても過言ではない。
黄の能力は"未来予知"。その名の通り、数秒後から数時間後、数日後の"確定した未来"を予知する能力である。能力の発動タイミングは基本的にプレイヤーの任意ではあるが、自身に危険が降りかかる際には自動で発動する。
理央と舞那は未来予知により、背後からの心葵の攻撃を予知した。その予知では心葵のナイフに背中を突き刺され、舞那が致命傷を負っていた。
舞那はその予知を回避するため、心葵が出現する予定の場所に銃口を向けた。その結果、心葵は攻撃を止めたため舞那は刺されずに済んだ。
黄の能力は確定した未来を予知するだけではなく、その未来を変えることができる。それにより舞那は、「心葵に刺されて致命傷を負う」という未来から「心葵の攻撃を受けなかった」という未来に改変できた。
「はあっ!」
黄の能力に気付いていない千夏は、チャクラムを1本だけ投げて舞那に攻撃を仕掛けた。
しかし案の定舞那は回避し、当たらなかったチャクラムはブーメランのように千夏の手元に戻った。
(能力が1つだけならどうにかなった……けど、多分今の
「千夏!」
千夏の背後に瞬間移動した心葵は、攻撃を仕掛けようとした千夏の腕を掴んだ。
「今日は帰るよ!」
「え、ちょ! 先輩!?」
心葵は自分達の勝率を考え、地団駄を踏む思いで退避した。何せ、心葵が舞那から逃げるのはこれが2回目。悔しさを感じるのも理解できる。
心葵と千夏がいなくなり、急激に孤独感を覚えた舞那はその場から去った。
帰宅途中、知らない男性2人に自身の姿を見られたが、舞那は特に気にすることなく家に向かって歩いた。
◇◇◇
一方その頃心葵と千夏は、深夜の公園で先程の戦いについて話していた。
「なんで逃げたんですか?」
「……千夏プレイヤーになったのっていつ?」
「公園で倒れてる先輩見つけた後、自販機に行った時にアクセサリーを拾ったんです。その後暫くして、メラーフが来て説明してくれました」
「……じゃあさっきの場面、私達が劣勢に立ってたことに気付いてなかったでしょ?」
「……気付いてないです」
「……まあ、戦いを続ければその内分かるようになるよ。とりあえず、明日は色々説明してあげるから、予定空けておいてね」
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