《20》 怠惰
心葵に腕を刺された理央は、治療を受けるため病院に残ることとなった。
舞那は自宅に戻り、改めてプレイヤーのリストの閲覧を始めた。閲覧開始数分後、リストに記載の無いプレイヤーの欄に、舞那は自身が把握しているプレイヤー情報を追加した。
判明している青のプレイヤーは舞那、「オカノ アヤネ」の2人。
橙は心葵、「マツオカ メグ(退場)」の2人。
赤は雪希、「クドウ アイリ」の2人。
紫は龍華、「シイナ ユカリ」の2人。
黄は理央のみ。
緑は記載無し。
黒は沙織、「キザキ ナオミ(退場)」、「ウエマツ リカ(退場)」の3人。
白は日向子、「カンダ エイコ(退場)」の2人。
灰は「スギハラ モモカ」のみ。
各プレイヤー毎に情報量は違い、詳しく書かれている者もいれば、名前と危険度しか判明していない者も存在する。
(ここに書いてないプレイヤーはちゃんと生きてるのかな……)
記載が無いということは、当然ながら龍華も舞那も遭遇していないということ。遭遇しない理由として、住んでいる場所が違うため遭遇確率が低い、そもそもプロキシー駆除に参加していないなどが挙げられる。
ただ、プレイヤー自体が何らかの理由で戦線離脱、或いは死亡している可能性もある。
舞那は心の中で「誰も死んでいない」ことを願いつつ、リストの閲覧を続けた。
◇◇◇
その頃、理央は病院で痛みに呻いていた。
病院の院長が理央の知り合いであるため、急患扱いで優先的に治療がされる。しかし今すぐにという訳にもいかず、治療が始まるまでの間理央は痛みに耐えるしかなかった。
「理央!」
「杏樹……ごめん、怪我しちゃった……」
連絡を受けて急遽駆けつけた杏樹は、顔を真っ青にして理央と対面した。
「プロキシーにやられたの? それともプレイヤー?」
「オレンジのプレイヤーだった。アクセサリーはナイフで……能力は瞬間移動」
「……っ!」
杏樹は踵を返し、病室から出ようとした。その形相はさながら復讐者であり、いつもの杏樹からは考えられない程の殺意を放っている。
「待って杏樹! 戦わないで!」
「でも! 理央を刺した時点でそいつは私の敵になった! 仕返ししてやる!」
「だめ! 一瞬だけど、あのプレイヤーは私の能力を超えた。戦うんだったら私達2人で戦わないと……殺されるかもしれない。お願い……」
心葵に腕を刺された瞬間、一瞬だが理央は自らの死をイメージした。そして今尚、理央の脳内には殺意を露わにした心葵の顔が焼き付いている。
つい十数分前に体験した恐怖は、理央が今まで体験した恐怖の中でも上位に食い込む程のものだった。
杏樹を引き止めた際の発言は事実ではあるが、理央の本心は「杏樹の傍にいたい」というものである。
人は何かしらの恐怖に怯えた時、無意識のうちに心の安らぎを求めようとする。友人、家族、恋人、趣味……人により安らぎの対象は異なる。理央にとっての唯一の安らぎは、杏樹の存在そのものである。
「理央がそう言うなら……」
恐怖に震える今の理央を癒すことができるのは杏樹のみ。それは杏樹も理解しているため、理央の心を癒すために再び踵を返した。
「けどその怪我が治るまでは、私が代わりにプロキシーと戦う。いい?」
「うん……たまには待つ側もいいかもね」
「……その怪我、早く治してね」
「……うん」
◇◇◇
時間は過ぎ、現在時刻は25時11分。
夏休みを利用し、普段はしない「夜更かし」を実行中の舞那。
しかし、舞那は意図して夜更かしをしている訳では無い。ゲームをした後、動画共有サービスである「Mytube」で動画を見ていたら、たまたま日付を跨いでいただけである。
(なんか最近、みんな似たような動画あげてるな……面白くない)
舞那はイヤホンを取り、スマートフォンの画面を一旦閉じた。
直後、プロキシー出現の反応により、出現場所が舞那の脳内にイメージされた。
(はぁ!? こんな時間にプロキシー!?)
今まで舞那は、深夜のプロキシー駆除をしたことが1度もない。プロキシーが出現しても反応範囲外であれば気付かないことに加え、深夜は大概寝ているため反応に気付かないこともある。
プロキシーは昼夜問わず出現し、その度にプレイヤーは反応を受け取っている。しかし反応が睡眠中であれば、プレイヤーは殆ど気付かない。
ごく一部の夜型人間、もとい夜型プレイヤーは、夜は基本的に寝ていないため反応に気付く。対して昼間は寝ているため昼の反応には気付かない。
24時間365日寝ないでいられる人間はいない。しかし夜型プレイヤーと昼型プレイヤーは期せずして連携し、昼夜問わずのプロキシー駆除を行っている。ただ残念ながら、この連携に気付いているプレイヤーは少ない。
(行かないとだめ……だよね)
舞那はベッドから下り、深いため息を吐きながら着替えを開始しようとした。しかし、クローゼットに手をかけた直後に舞那の手は止まった。
(待て待て……変身した状態で行けば着替える必要ないよね)
現在の舞那は、謎のキャラクターがプリントされたTシャツと水玉模様のブラとショーツのみを身にまとっている。外出には明らかに適していないため、絶対に着替えなければならない。
しかし舞那は考えた。駆除の度に着替えていては、それだけ時間をロスする、と。そして舞那はすぐ結論に至った。変身してから駆除に行けばいい、と。
駆除のためだけに外出用の服に着替えても、戦闘になれば必ず変身する。変身すれば服装は変わり、元々着ていた服ではなくなる。そして戦闘後帰宅すれば、再び部屋着に戻る。こう見れば着替えは無駄に思える。
さらに季節は夏。外に出れば確実に汗をかく。駆除のために着替えれば、外出中に汗をかき、結局その服は洗濯しなければならない。
以上のことを踏まえ、マイルド怠惰の舞那は外出前の変身へと踏み切った。
「変身(小声)!」
1階で寝ている誠一に聞こえないよう静かに変身した舞那は、部屋の窓を開けて屋根へと下り、窓を閉めてから道路に飛び降りた。変身中は身体能力が向上しているため、2階から飛び降りても綺麗に着地することができる。ただ、若干足の裏が痛くなる。
舞那は変身後の姿で深夜の道路を走り、プロキシーが出現した場所へと向かった。
◇◇◇
プロキシー出現場所近辺は、空き家が多いことに加えて街灯が少ない。月の光がなければ、深夜になり次第辺りは闇に包まれる。
幸い舞那はこの場所を知っていたため、迷うことなく出現場所に到着した。しかしこの日は生憎の曇り空。出現場所は闇そのものだった。
(暗……この状況で戦うのはちょっとキツイかな)
「……そこ、誰かいるの?」
(この声……)
プロキシーを視認できず辺りを見回す舞那に、暗闇から誰かが声をかけた。聞き覚えのある声と、アクセサリーから放たれる僅かな光を確認し、舞那は闇の中にいる人物を特定した。
「風見さんだよね。私の事分かる?」
「……その声、昼に会った青いプレイヤー?」
「そう。プロキシーの反応があって来たんだけど、もう終わった?」
「ついさっきね。プロキシーは殺したし、次はあんたを殺す」
「リストはいいの?」
「リストなんて甘えたもの、私には必要ない。立ちはだかる敵は全員殺す……そう決めた」
「……だったら、私ももう容赦しない。そのアクセサリーを破壊する!」
舞那は盾を前にして構え、心葵はナイフを持った手を突き出す。
まともに視界が確保できないこの状況での戦いは、双方にとっては良いとは言えない。
ただでさえどこから来るか分からない心葵を相手に、視認が困難な状態で戦う舞那。明るければ防御は不可能ではないが、この状況での盾による防御はほぼ不可能。
対する心葵は、瞬間移動先の場所が視認できないため、能力の使用は困難。仮に使用すれば、思ってもいないような場所に移動する可能性がある。
一触即発の空気だが、双方共に動こうとはしない。
さながらこの状況は、空気の入れ過ぎで爆発寸前の風船。暫く睨み合う2人だったが、突如現れた少女の乱入により風船の空気は少し抜かれた。
「心葵先輩、いるんですよね?」
「千夏!? なんでこんなところに!」
どこから湧いたのか、私服姿の千夏が闇の中から声をかけた。
空を覆っていた雲は途切れ、徐々に月明かりが舞那達を包む闇を消していった。
「私も、プレイヤーになったんです。これからは私が一緒に戦います。もう先輩1人に辛い思いはさせません」
千夏は手に持っていたアクセサリーをチャクラムへと変化させ、
「変身」
紫のプレイヤーへと変身した。
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